2026年06月15日20時09分掲載
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反戦・平和
激動の中東情勢を見つめて−上板橋で生きるイラン人店主が語る「100年先への祈り」
【1品の料理に込められた、目の前の人を慈しむ心】
東武東上線・上板橋駅から少し歩いた街の一角で、30年以上にわたり地域の人々の胃袋と心を支え続けている小さな居酒屋「花門」がある。おつまみメニューの全てが「400円(税込)」という驚きの安さで提供されているこの店には、忘れられない原点がある。
まだ開店して間もない頃、予算を気にして食べたいものを我慢していた妊婦のお客さんの姿を見た店主のマンスールさん(62)は、「値段なんか気にせず、お腹いっぱい食べて元気になってほしい」と、メニューの一律値下げを決意した。
時代の波でどれほど物価が上がろうとも、マンスールさんはその時に決めた「目の前の人を笑顔にする」という約束を、頑なに守り続けている。そんな優しい心を持つイラン出身の彼だからこそ、いま遠く離れた母国や世界で起きている情勢に、人一倍胸を痛めている。
【誰もが無関係ではいられない、戦争がもたらす世界の連鎖】
現在、マンスールさんの母国であるイランは緊迫した情勢にあり、日々流れる痛ましいニュースは彼の心を締め付ける。なぜ世界から争いは無くならないのか。マンスールさんの視線は、特定の国や政治の主張ではなく、その裏にある大きな世界の仕組みや、一般庶民の暮らしへと向けられる。
「世界には、兵器の製造や流通といった経済の大きな循環が存在します。社会の構造が動いている限り、世界のどこかで争いが続いてしまう現実がある。そして戦争が起きれば、政治の主張がどうあれ、必ずどこかで普通の庶民や家族が泣くことになる」
その悲劇の影響は、遠く離れた私たちの日常にも物価高騰や燃料不足という形で直撃する。
「自分の生活に負担がかかって初めて、みんな大変なことなんだと気づく」
世界の経済も人の暮らしもすべては繋がっており、誰も公の悲劇の連鎖から無関係ではいられないのだと、マンスールさんは特定の陣営を責めることなく、世界の構造そのものの痛みを静かに指摘する。
【「みんなで笑い合える場所を」−−街に愛される店主の思いやり】
今回、私がお店を訪れた際、非常に印象的な出来事があった。開店前の店先に立ち、マンスールさんへ挨拶をしようと店内の様子を伺っていたところ、通りかかった街の人が親しげにこう声をかけてくれたのだ。
「マンスールさんなら今、犬の散歩に行ってるよ。すぐそこにいたから、もうすぐ戻ってくると思うよ」
見ず知らずの私に対しても、ご近所さんがごく自然に店主の動向を教えてくれる。この短いやり取りこそが、マンスールさんがどれほどこの街の人々に受け入れられ、深く愛されているかを物語る何よりの証拠だった。
母国の情勢をめぐり、社会にはそれぞれの立場で平和を求め、熱心に声を上げる人々やデモ活動が存在する。そうした情熱的な活動に、マンスールさんは理解や共感を寄せている。
しかし、彼自身が大きな政治の場に身を置いたり、特定の立場から声を上げたりすることはない。一人の人間として、自分の手が届く身の回りの日常を大切に、平凡で穏やかな日々を地道に守り続ける。それこそが、彼の静かな生き方の選択なのだ。
そこにあるのは、街の日常を守る一人の市民・店主としての謙虚な視点だ。
「世界を動かす大きな政治の動きは、私たちが預かり知らぬ遠いところで決まっていくことも多い。だからこそ、市井に生きる私にとっては、何よりも『日々の平凡な生活』や『目の前のお客さん』を大切に守ることが第一なんです」
様々な考え方を持つ人々が集まる場所だからこそ、特定の立場に偏ることなく、誰もが嫌な思いをしないように見守る。それによって、長年築いてきた周囲との温かい人間関係を維持していく。それが、地域に深く根ざして生きるマンスールさんが一貫して守り抜く、思いやりに満ちた知恵なのだ。
【今日生まれた子供たちの100年先のために】
様々な話を伺う中で、マンスールさんが繰り返し口にしていたのは、とてもシンプルで、だからこそ重みのある言葉だった。
「平和が一番ですよ。平和があれば、人は視野が広くなって、他人のことも、いろんな国のことも、宇宙のことまで考えるようになる。だけど戦争になったら、自分のことしか考えられなくなる。どうやって逃げるか、どうやって生き残るかだけで頭がいっぱいになってしまうから」
彼が今、居酒屋のカウンターの向こう側で見つめているのは、目先の政治の勝ち負けではない。「今日生まれた子供たちの未来」そのものだ。100年先を生きる次の世代のために、今を生きる大人が何を遺せるのか。その責任感を忘れてはならないと語る。
「どんな形であれ、国民が楽で平凡な生活をできるのが一番。子供が泣かない世界が一番いいんですよ」
世界がどれほど殺伐としようとも、マンスールさんは今日もカウンターの向こう側から、訪れるすべての人を温かい笑顔で迎え、美味しい料理を振る舞っている。彼の願う平和は、高尚な政治思想や偏った主張などでは断じてない。「世界中の子供たちが泣かず、誰もが平凡に、明日の心配をせず大切な人とご飯を食べられる」という、極めてシンプルで、最も尊い庶民の祈りそのものだった。
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