2026年07月21日14時14分掲載  無料記事
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入管

自主帰国の準備中になぜ収容 ナヴィーンさん、わずか2日後に監理措置へ

東京出入国在留管理局に7月14日から収容されていたスリランカ人のジャヤシンハ・アーラチラゲ・ウディット・ナヴィーン・ジャヤシンハさんについて、入管側は16日、収容を解いて監理措置とすることを決めた。ナヴィーンさんは翌17日、東京入管を出た。 
 
ナヴィーンさんは難民認定を申請し、日本人の妻との生活を理由に在留特別許可も求めてきた。しかし、訴訟でも主張が認められず、最終的に自主帰国へ方針を転じた。支援者によると、入管職員の指示を受け、自主帰国に必要な書類を準備していたという。 
 
当時、ナヴィーンさんは高血圧や食欲不振などで体調を悪化させ、支援者らは入管側にも健康状態を伝えていた。それにもかかわらず、14日の出頭時に収容された。支援者や国会議員らによる抗議や要請が続くなか、入管側はわずか2日後、監理措置への切り替えを決めた。 
 
自主帰国の意思は、なぜ収容判断に反映されなかったのか。支援者から伝えられた健康状態を、入管側は収容判断の中でどのように考慮したのか。一連の判断過程には、なお疑問が残る。 
 
 
──在留を求め続けた末に自主帰国を決断 
 
ナヴィーンさん側によると、ナヴィーンさんはスリランカで政治活動に関わり、暴行や殺害予告を受けたため、2004年に留学生として来日した。 
 
来日後、仲介業者に支払った授業料の一部が日本語学校へ納められず、通学を続けられなくなった。その結果、2005年に留学の在留資格を失ったという。 
 
同年、現在の妻であるなおみさんと出会い、約10年間の交際を経て2016年に結婚した。難民認定を2度申請し、日本人の配偶者であることなどを理由に在留特別許可も求めたが、いずれも認められなかった。 
 
その後、入管の判断を争った訴訟でも請求は退けられた。長年、妻と日本で暮らすことを望んできたが、最終的に自主帰国を決断し、その準備中に今回の収容が行われた。 
 
 
──自主帰国の意思はどこで途切れたのか 
 
一般社団法人反貧困ネットワークの瀬戸大作事務局長によると、ナヴィーンさんは6月の東京入管への出頭時、職員に自主帰国の意思を伝えた。 
 
職員からは、自主帰国の手続きに必要な9項目の書類を、次回の出頭時に持参するよう指示されたという。ナヴィーンさんと支援者らは、その指示に従って準備を進めた。 
 
ところが、7月14日に東京入管へ出頭すると、担当職員から「そんな話は聞いていない」と告げられた。約1時間の聞き取りを受けた後、そのまま収容された。 
 
瀬戸氏は「人の命に関わる情報が、なぜ入管内部で共有されていなかったのか」と疑問を呈した。 
 
反貧困ネット側は弁護士とともに、自主帰国の意思を聞いた職員や、必要書類の持参を指示した職員が誰であったのかを確認しているという。 
 
自主帰国の申し出が記録されていなかったのか。記録はされていたものの、職員間で共有されなかったのか。あるいは、事情を把握した上で収容を決めたのか。具体的な経緯は明らかになっていない。 
 
 
──抗議が続くなか、2日後に監理措置決定 
 
収容が判明した14日、支援者らは直ちに国会議員へ連絡した。 
 
ラサール石井参院議員は同日午後、東京入管を訪れ、強制送還を行わず、収容を解いて自主帰国の準備をさせるよう求めた。 
 
ラサール氏によると、自主帰国の意思を伝えていたにもかかわらず収容した理由を尋ねても、入管側は「個別事案については答えられない」と回答した。一般論として、自主帰国を希望する人を収容することがあるのかと問うと、「ケース・バイ・ケースである」と答えたという。 
 
14日には国会議員らが入管側へ要望書を提出した。さらに16日には、法務大臣と出入国在留管理庁長官に対し、12人の国会議員が連名で、収容解除と強制送還を行わないことを求めた。 
 
福島みずほ参院議員によると、16日の省庁交渉でも、入管側は「適切に対応している」などと繰り返したという。 
 
その一方で同日午後、入管側はナヴィーンさんを監理措置とし、翌17日に収容を解くことを決めた。保証金は30万円だった。 
 
収容解除という結果だけを見れば、支援者や国会議員らの働きかけが続くなかで、身柄の拘束が解かれた形である。しかし、当初の収容が本当に必要だったのかという疑問は残る。 
 
山添拓参院議員は、入管の裁量によって一人の人間の身柄が容易に左右されていると批判した。 
 
「入管庁は、個々の事情を適切に見ていると言う。しかし、結局は煮るも焼くも入管庁の匙加減である。これほど簡単に、一人の人間が拘束されたり解放されたりしてよいはずがない」 
 
 
──医師「医学的に収容はあり得ない」 
 
ナヴィーンさんの健康状態も、収容判断をめぐる重要な問題である。 
 
ウィシュマさんの国賠訴訟で、原告協力医として証人尋問を受けた今川篤子医師によると、ナヴィーンさんは今年3月頃から右頸部のリンパ節が大きく腫れ、喉が圧迫されて物を飲み込むことが難しい状態となっていた。検査では悪性を示す所見はなく、再発しやすい菊池病と判断されたという。 
 
ナヴィーンさんには高血圧や脂質異常症もあった。今川医師は、収容翌日の15日に首の痛みが再び出たと説明し、健康状態を懸念して診断書を作成した。 
 
「医学的な観点から見れば、収容はあり得ない。血圧の点からも、本来は日本で安静に過ごすべきであり、自主帰国すら望ましいとはいえない状態である」 
 
反貧困ネットの原文次郎理事は、ナヴィーンさんは流動食しか口にできない状態だったが、本人から収容後に流動食が提供されていないと聞き、健康状態を心配していたと述べた。 
 
支援者側から伝えられた健康状態を、入管側が収容判断の中でどのように考慮したのかについても、具体的な説明は示されていない。 
 
 
──花束に安堵、それでも消えない疑問 
 
反貧困ネットは16日夜、参議院議員会館で、ナヴィーンさんの収容に抗議し、即時解除を求める緊急院内集会を開いた。会場には報道関係者18人を含む121人が集まった。 
 
集会の直前、ナヴィーンさんを監理措置とし、翌17日に収容を解くとの知らせが入った。 
 
妻のなおみさんは、夫が帰宅できることへの安堵を語る一方、突然の収容への怒りをにじませた。 
 
「明日、一緒に外に出て帰って来られるという知らせを、先ほど入管から聞きました。本人は体調が悪く、収容に耐えられないほどです。今回、仮放免が許可・更新されず、そのまま収容されたことは許されないと思っています」 
 
なおみさんは、収容の知らせを受けてから一睡もできず、ショック状態が続いていたという。 
 
「たった2日間だけ収容して、一体何の意味があったのかという思いです」 
 
集会では、収容解除の見通しが立ったことを受け、ラサール氏からなおみさんに花束が贈られた。なおみさんは花束を手に、支援者や国会議員らへ感謝を伝えた。 
 
花束は、夫の帰宅を待つなおみさんや支援者らの安堵を象徴するものとなった。しかし、収容が解かれたことで、当初の判断に対する説明責任まで消えるわけではない。 
 
ナヴィーンさんの自主帰国の申し出が入管内部でどのように扱われ、健康状態を踏まえて誰が収容を必要と判断したのかは、明らかにされていない。 
 
わずか2日間で身柄の扱いが変わった経緯について、入管側には具体的な説明が求められる。 


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