2026年09月16日12時32分掲載
無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=202609161232533
農と食
あのコメをめぐる右往左往は何だったのか(上) 結局はこの国の労働者の貧しさに行き着く
「令和の米騒動」とはいったい何だったのか。一時期、市場からコメが消え、あっという間に値段が高騰した。右往往しているうちに一転コメ過剰がいわれだし、生産者は米価暴落の予感におびえなければならなくなった。そして政府の政策は、「大規模化と自動化・AI化・バイオテクノロジー化を進め、需要に合わせる生産政策は堅持しながら、米価は市場に任せる」というこれまでの基本方針をいっそいう強化する方向を打ち出した。あの”騒動”はこの先に教訓として何を残したのか、論点をきちんと整理し、これからどうするか。それぞれの場で、そのことをきちんと整理しなければならない。本稿は、筆者なりのそのためのささやかな試みのつもりで書いている。(大野和興)
1,貧困と分断
ごく短い時間軸をいうと、異変はコロナ禍のなかでおきていた。1990年代半ばから始まった米価の低落は限界に達していた。60キロ玄米の生産者売り渡し価格はピーク時の2万円代半ばから1万2000円程度と半値以下に落ちていた。コロナによる需要減がそこを直撃、1万円そこそこになっていたのだ。コメづくり農民のコメ生産からの離脱が 相次ぎ、この国のコメ生産力は衰弱の一方だった。そこへ令和の米騒動が襲った。
25年秋、このコメ騒動をめぐる映画作りが始まった。製作に乗り出したのは非営利活動方針アジア太平洋資料センター(PARC)。そしてこの6月『農と食の民主主義 米価ショック米価ショックと私たちの選択』と題する短いドキュメンタリー映画が完成した。監修者の一人としてこの映画製作の一端に関わりながらいくつかのことを考えた。
舞台回しをするのは若い非正規女性労働者。現代日本における典型的な低所得階層だ。米騒動の前、低賃金とはいえ財布を心配することなくいつでもコメは買えた。逆に言えばそれだけ米価は安かった。いきなりコメ騒動が始まり、コメが食べられなくなった。「なんで」と思った。「コメ作っている人は儲かってるんだろうな」とも思った。
貧困は分断を生み、分断は差別と排外に転化する。ここで映画では識者が出てきて、農民も大変なんだ、米価が余りに安すぎ、米作りをやめる人が続出している、と教えてくれる。「そうなんだ」と舞台回しの女性労働者はなんとなく思う。でも、都市で働く人間のうち多数派を形成する非正規低賃金労働者たる自分がお米を食べられなくなったのはなぜか、はよくわからない。コメ問題が提起した課題は、この国の社会、経済のあり方総体につながってくる。
Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。