2026年11月01日14時25分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=202611011425410

政治

反対のアリバイ作りは、もうたくさんだ: 衆院比例31減と「不屈」を掲げる党の沈黙

 10月29日、自民・維新・国民民主の三党は衆院比例定数31削減に正式合意し、今国会での成立をめざす方針を確認しました。民意をもっとも正確に映す比例代表が、またしても削られます。日本共産党の塩川鉄也議員は、小選挙区制という根本問題を棚上げにした削減だと批判しました。その批判は正しい。いつも正しい。 
 
 しかし、正しいだけです。この夏にも、同じ光景がありました。皇室典範改定案について、共産党は「国民の総意」に背くと批判し、わずか3時間余りの質疑で採決することは許されないと訴えました。議院運営委員会で抗議し、記者会見を開き、参院では反対討論に立ちました。そして、衆院の本会議でも参院の本会議でも、反対のボタンを押しました。法案は成立しました。 
 
 野党が理を尽くして反対する。与党は聞き流す。採決のボタンが押される。国会は次の議題に移る。いまや反対の声は、「反対しました」というアリバイとして機能しています。 
 
【扉をふさいだ人々】 
 
 1979年の四十日抗争。選挙に敗れた自民党は、党首をめぐって分裂しました。反主流派は、両院議員総会が開かれる党ホールをバリケードで封鎖し、そこへ大平側の浜田幸一が単身で乗り込んでこれを撤去する場面が、テレビに流れました。私は、あの映像とともに育ちました。 
 
 権力の中枢にいる人々は、自分たちの派閥の利害のためなら、扉をふさぎ、体を張って争いました。民意の議席が削られようとしているいま、野党は何のために体を張るのでしょうか。国会前でペンライトを振り、記者会見で理を説くだけで足りると、本気で考えているのでしょうか。 
 
【共産党は、かつて牛歩の列に並んだ】 
 
 1960年、社会党は審議を引き延ばして法案を葬ろうとし、強行採決の末に条約は発効しましたが、岸内閣は7月に退陣に追い込まれました。1992年のPKO法審議では、共産党は社会党とともに牛歩戦術に加わり、衆院本会議で17人の議員が投票を遅らせました。法案は成立しました。しかし当時の与党は、押し通すために代償を払ったのです。 
 
 2015年の安保法制でも、野党は引き延ばしで抵抗しました。手法には批判があり、法案も止められませんでした。止められなかった抵抗にも、与党に代償を課すという意味はありました。いま、与党に代償を払わせようとしているのは誰でしょうか。 
 
 共産党の衆院議席は4。自民党は単独で315、3分の2を超えています。数で止められないことは、誰でも知っています。1960年の社会党も、1992年の共産党も、勝ち目の薄い闘いに身を投じました。拒否の力は議席数に比例しません。「それなしでは物事が進まない」位置にいれば、少数でも拒否は力になります。 
 
【「どうせ通る」「責任ある政党は議事妨害などしない」】 
 
 「どうせ通る」という声があります。ならば、これまでの経過を見てほしい。先の特別国会に出された比例45減案は、野党の反発で継続審議になりました。与党は45から31へと削減幅を縮めた「折衷案」を出さざるをえなくなりました。抵抗が与党の計画を動かしうることは、すでに示されています。動かせるのなら、より強い抵抗はより強く動かし得ます。 
 
 「政権を担う責任ある政党は、議事妨害などしない」という声もあります。しかし共産党は政権を担う党ではなく、権力を監視する党です。その党の4議席は、すべて比例代表で得たものです。しかも10月30日の声明で、共産党自身が、この法案を少数政党の排除をねらった「謀略的な改悪」と呼び、国会の政府監視機能を弱めるものだと述べ、与党の独裁を可能にする手段であり、その先に社会保障負担増、大軍拡、改憲があると位置づけています。党の議席の土台を壊し、監視機能を弱め、独裁への道を開く法案だと言いながら、ボタンを押すだけで済ませる党は、いったい何に対して真剣なのでしょうか。 
 
【理念は、背骨があって初めて意味を持つ】 
 
 共産党はこう言うでしょう。「われわれは国会でも街頭でも、一貫して反対している」と。10月30日の声明も、法案を断固阻止するために、広範な世論を結集することを呼びかけています。各地で緊急行動も続いています。その通りです。討論番組にも出ている。機関紙でも訴えている。問うているのは、反対を何で裏づけるのかです。 
 
 アルンダティ・ロイは2004年、色とりどりのデモや週末の行進は不可欠だが、それだけでは戦争は止まらないと語りました。止めるのは、兵士が戦うことを拒み、労働者が武器の積み込みを拒み、人々が帝国の経済拠点をボイコットするときだ、と。国会に置き換えれば、それは牛歩であり、審議日程の合意の拒否であり、討論時間の限界までの行使であり、委員会室の前に座り込み、扉の前に立ちはだかることです。院外では、労組、法曹、学者、地方議会が、それぞれの持ち場で拒否を組織することです。 
 
 もちろん代償はあります。登院停止という懲罰もありえます。除名には3分の2が必要で、自民党は単独でそれを持っています。ここが本気かどうかの分かれ目です。 
 
 共産党は、理念の党であることを誇りにしてきました。それは美点です。しかしその誇りは、いつのまにか、闘わないことの言い訳になっていないでしょうか。 
 
 1992年、共産党は衆院に17人の議員を擁して牛歩に加わりました。いま、議席は4です。社民党は、衆院で唯一の議員だった新垣邦男氏が昨年離党して以来、衆院に議席を持たず、先の総選挙でも取り戻せませんでした。党勢の後退の原因は一つではありません。それでも、理念を語り、反対を表明し、外で灯りを振り、次の議題へ進むという同じ手順を繰り返して、同じ結果が続くなら、その手順そのものを疑うべきです。 
 
 共産党が、衆院に議員を一人も送れない社民党のような道を辿ることを、私は望みません。それより悪い道を歩むことも望みません。しかし、国会の外でペンライトを振りながら歌うだけの党が、自民・維新の連立がこの国を押し進める先を止められるとは思えません。沈みゆく船の上で、理念の旗を握りしめたまま魚たちと沈んでいくのか。それとも、目を覚ますのか。 
 
 理念は、それを守るために闘う背骨があって初めて意味を持ちます。背骨のない理念は、墓碑銘にしかなりません。 
 
【三つのことを求める】 
 
 公明党、民主改革の会、参政党、チームみらい、いのちの各党も、31減案に反対しています。左右を超えたこれほどの反対を、院内の一つの行動に束ねる責任は、反対を最も一貫して訴えてきた党にあります。私が共産党に求めるのは、三つです。 
 
一、院内でも使える手段はすべて使うという覚悟を、党として表明すること。 
二、他の反対五党に、共同の院内行動を公開の場で呼びかけること。 
三、法案が提出されてから採決に至るまで、行動をやめないこと。 
 
 手の内を明かせとは言いません。しかし10月30日の声明は、世論の結集を呼びかけるだけで、院内でどう闘うかという覚悟には触れていません。聞こえるのは談話と会見だけです。 
 
 規約に「不屈の先進的な役割」を掲げる党が、後衛にとどまっている。「前衛」の言葉は捨てても、その自負は捨てなかったはずです。私はそう言わざるをえません。私は共産党員ではありません。だからこそ言います。国会前の灯りは尊い。けれども、灯りは院内での行動の代わりにはなりません。今年7月、私は日刊ベリタに「反対だけでは足りなかった」と書きました。三カ月余りで、同じことを書かざるをえなくなりました。 
 
 この原稿を書いている時点で、法案はまだ提出されていません。「反対しました」という記録を残すだけで終えるのか、使える手段を使い、組める相手と組むのか。次の議題に進む前に、答えを出してほしいのです。 
 
 寄稿者:YouTube「Red & Rising」チャンネル運営者。日本共産党員ではなく、批判と連帯を両立する立場から執筆。 
https://www.youtube.com/@RedAndRising 
 
 ※本稿は2026年10月30日時点の情報に基づく。 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。