2012年07月08日18時48分掲載  無料記事
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瀬川正仁著「アジアの辺境に学ぶ幸福の質」(亜紀書房)

  瀬川正仁著「アジアの辺境に学ぶ幸福の質」はテレビドキュメンタリーディレクターの瀬川氏がこれまでアジアの辺境を数多く旅して報じてきた経験から、日本人の幸福を考えた本である。瀬川氏がこれまで旅した地はタイ、インド、ミャンマー、パレスチナ、インドネシアなど。圧倒的に途上国が多い。本書ではそれらが地域別に記述されるのではなく、テーマ別に書かれている。〇間について△金について仕事についてゅについてヌ燭砲弔い董最後に「辺境の民とは私達のことだった」と気づくことになる。 
 
  瀬川氏が本書で書いたことはグローバル市場主義の価値観と異なる「辺境」の幸福である。瀬川さんによると、ミャンマーの山岳民族やパレスチナのサマリア人の村など辺境には人類を何万年も存続させてきた原点が残っている。たとえばイスラエル領内で暮らすサマリア人たちは安息日を大切にしている。安息日は生産活動を一切してはならず、火も使ってはいけないから車の運転や料理も禁じられる。そのため隣近所の人々とゆったり過ごしたり、のどかに1日を過ごしたりできる。 
 
  我々にとって身近な日曜日もそんな意味だったのだろうが、キリスト教信仰が強く、日曜は商店を閉めていた欧米でも近年、店を開けるようになっており、その結果、本来教会に出かける日だった日曜に出勤する人も増えている。また、インターネットや携帯電話の発達で仕事のONとOFFの境もなくなりつつある。そうした資本主義の時間感覚は急速な勢いで世界の果てまで浸透しつつある。そこで「時間について」瀬川氏は歩きながら考える。先進国でうつや不安、不眠症が蔓延している。それらはお金に換算できない苦しさをはらんでいる。こうした時間との関係や仕事との関係を考える機会が必要ではないか、と瀬川氏は問いかける。 
 
  一方、仕事と私生活のONとOFFが消滅しつつある中にあって人間関係はONとOFFを日本では必要にしたがって使い分けていると瀬川氏は指摘する。濃密な人間関係を疎み、必要な時だけ他人とつながっていたいという感覚があるという。これは濃密な人間関係が残るアジアのスラムに行くと、よく感じるのだそうだ。無機質な東京や先進国の大都会にはない暖かい血の通ったコミュニティがあるという。「人生を豊かにするのは他者の存在でしかない」という風に考えられなくなったことが先進国の寂しさの背景にあるという。アジアの貧しい村落においては何かを得ようとすれば他者と様々な形で関係するほかない。そこに感謝したり、感謝されたりという人間の関係がしっかりと根づいている。たとえば、カンボジアには年金も介護保険もないが、老人に敬意を表し、面倒を見る習慣があるため、老後に不安を持つ人はいないという。 
 
  アジアの旅から帰ってくると日本の風景がこんな風に見えてくるという。 
 
  「一昔前は、誰もが乗り物の中で眠っていた(あるいは人と目を合わさないように瞳を閉じていた)。最近では、ほとんどの人が携帯電話の画面を見つめている。あたかも他者が存在しないかのように。あるいは自分の存在を消すかのように、ひっそりと風景の中に埋没しようとしている。うまい言葉が見つからないが、葉っぱの殻をかぶって風景に同化し、外敵から身を守って冬を超える蓑虫のような感じがする。密告が横行する軍事独裁の社会でもない限り、そんな風景は世界中探してもなかなか見つからない。なぜ日本では、町ですれ違う人同士が目を合わせないのだろうか。あるいは不自然に目をそらすのだろうか。」 
 
 社会が豊かになればなるほど孤独が増す。過去数十年先進国はそうした方向に突っ走ってきた。瀬川氏は長い間、日本人は欧米の価値観の呪縛にあってきたが、今こそ、自己の足元を見つめる時だという。その時、欧米の価値観とは違ったアジアの辺境にこそ、日本人の幸福のヒントがあると考える。 
 
  近年、先進国はコンピューターを駆使しながら「持続可能性」というキーワードを打ち出しているが、辺境はもともと持続可能な社会だった。それを経済目線でなく、幸福の問題として瀬川氏は提示した。過去30年あるいは過去40年間に日本がたどってきた歩みと、今、世界の辺境が蒙っている変化を重ねて考えられる本である。瀬川さんはいつもテレビ業界の常識の一歩外から物を考え続けてきた人のように思う。 
 
■テレビ制作者シリーズ3 再生の希望を辺境に見る、瀬川正仁ディレクター 
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■公教育の辺境から学べること(2011年2月寄稿) 
 
  「一昨年、バジリコという出版社から『若者たち〜夜間定時制高校から視えるニッポン』を出した。その本を読んだ岩波書店の編集者から連絡をいただき、月刊『世界』で教育をテーマにした連載を1年にわたって書かせてもらうことになった。3月8日発売になる4月号から始まる。 
 
  テーマはずばり「教育のチカラ」だ。このところ教育現場からどんどん活気が失われている。そうした中で元気のある学校、あるいは単なる知識の詰め込みではなく、人が人として成長してゆける公教育の現場を紹介するのがこの連載の目的である。」(瀬川正仁) 
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★岩波書店から『教育の豊かさ 学校のチカラ』が7月13日発売予定 


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