2014年01月10日20時38分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201401102038235

みる・よむ・きく

「独立宣言と米憲法」(The Declaration of Independence and The Constitution of the United States)

アメリカを旅すると、空港の書店に「独立宣言と米憲法(The Declaration of Independence and The Constitution of the United States)」というペイパーバックの本が置いてあった。どの空港で買ったのかは覚えていない。あちこちの空港に置いてあるのだ。2.95ドルで比較的薄っぺらい本、というより冊子に近い。表題の通り、1776年に発表された独立宣言と、1787年に生まれた米憲法、さらに1791年に発表された修正米憲法が収録されている。 
 
  独立宣言。いったいどこの国から米国は独立したのか?ドイツか?ロシア?あるいはカナダか?否、大英帝国である。米国が今ではあまりに超大国すぎて、米国がかつて植民地で、本国から軽くあしらわれていた歴史を知らない人もいるかもしれない。キッシンジャー著「外交」によると、米国が超大国への道を歩み始めたのは100年前に始まった第一次大戦に途中から参戦して以来だそうである。それまでは力の均衡(バランス・オブ・パワー)で世界は動いていた。さて、独立宣言には冒頭のあたりに次のような記載がある。 
 
  WE hold these Truths to be self-evident ,that all Men are created equal ,that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights,that among these are Life, Liberty, and the Pursuit of Happiness-That to secure these Rights, Governments are instituted among Men, deriving their just Powers from the Consent of the Governed ,that whenever any Form of Government becomes destructive of these Ends ,it is the Right of the People to alter or abolish it,and to institute new Government,laying its Foundation on such Principles,and organizing its Powers in such Form ,as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness. 
 
  WE, Truths,Creator, Men, Right, Powers...やたらと大文字で始まる単語が多い。すべての人間は生まれながらに生命、自由、幸福追求などの奪われてはならない権利を持ち、創造主から平等に創造された。政府は統治される人々の合意によって形成されたが、その目的はこれら天賦の権利を守るために他ならない。だから、もし政府がこの目的を逸脱するようなことがあれば人民は政府を改造するか、あるいは廃止して新たに政府を創設してかまわない・・・。独立宣言には明らかに英国のロックが唱えた抵抗権の思想が反映している。 
 
  この後、独立宣言ではかつての大英帝国がいかに植民地・米国に圧制を敷いたかが列挙されていく。これらは先述の通り、目的を逸脱した政府であって、市民は新たな政府を組織することができるという論理になっている。そこで我々米市民は大英帝国から独立を宣言するのだ、と。 
 
  「米憲法」はこうして独立することになった米国の13邦(states)が連邦政府を創設するにあたって作ったものである。すでに13邦の中には独自の憲法を有している邦もあったが、それだけでは欧州の列強と対等に交渉するのが難しいし、13邦同志で個別に通商条約などを結ぶのも面倒だから、といった理由である。 
 
  「米憲法」の第一条第一項はこうである。 
 
  All legislative Powers herein granted shall be vested in a Congress of the United States ,which shall consist of Senate and House of Representatives. 
 
すべての立法権力は米議会に存する。米議会は上院と下院から構成される。この後の条文では大統領のことや裁判所のことなどプラクティカルにどう米連邦政府を運営するかが記載されている。 
 
  一方、この本に収録された「修正米憲法」の第一条第一項はこうである。 
 
  Congress shall make no law respecting an establishment of religion,or prohibiting the free exercise thereof;or abridging the freedom of speech ,or of the press ,or the right of the people peaceably to assemble ,and to petition the Government for a redress of grievances. 
 
 議会は国政において宗教を確立する法律を作ってはならないし、また宗教上の行為を自由に行うことを禁じる法律を作ってもならない。さらに自由な言論や出版を禁止する法律を作ってはならないし、また平和的に集会を行ったり、政府の政策に対する不満からその修正を請願することを禁止する法律を作ってはならない。 
 
  「米憲法」と「修正米憲法」とでは冒頭が随分異なる。そもそも「修正米憲法」とは何なのか。映画でも、新聞でもしばしば目にとまるが上に掲げた修正第一条なのである。特に、ジャーナリズムを国が弾圧しようとしたときに、しばしばジャーナリストの側から修正第一条が言及されるのである。 
 
  慶応大学教授・阿川尚之著「憲法で読むアメリカ史」によると、これは「権利章典」と呼ばれるものだ。歴史でよく出てくる英国の名誉革命のときの「権利の章典」とは違う。 
  1787年に書かれた米憲法には信仰の自由や言論の自由を保証する条文あるいは国民の自由を保証する条文がなかったことから、後で追加したそうである。このことは米憲法が連邦憲法であり、それぞれ独立国家(「邦」)の主権と連邦国家との関係がまだ手探りであったことにもよるのだろう。そこで米憲法制定から一段落した1791年にまず10条の権利章典と呼ばれる条文が米憲法の冒頭に書き加えられることになった。それ以後、修正憲法になったという経緯のようだ。 
 
  修正第二条では自由な「邦」を守るために市民が武装してもよいと書かれている(これが現状では市民が銃を保有してよい根拠と解釈されている)修正第三条と四条では市民が軍隊や警察によって不当に家に入られたり、捜査されたりしないことなどを歌っている。これら十条がBill of Rights(権利章典)とされ、米国民の自由と権利の根拠とされている。 
 
  ちなみに修正憲法はわずか26条しかない。日本国憲法は103条まである。そもそももとになった1787年の最初の米憲法はもっと少なくて、わずか7条しかない。「憲法で読むアメリカ史」によると、フィラデルフィアで行われた4か月の憲法制定会議では7条を作るだけで、米政治家たちはへとへとになったようである。これが採択されると、起草者たちは近くの酒場に行ったそうだ。 
 
  戦後日本で新憲法を起草した米国人たちは基本的人権について精神は同様ながら、政治のシステムとしては日本の憲法を米憲法とはかなり違うものに仕上げている。たとえば修正第二条の市民の武装権の記載はないし、修正第一条で一気に盛り込んだ言論や出版さらに信仰の自由を日本国憲法では細かく条文で分けている。また平和憲法の由縁とされる憲法第九条もそうだし、天皇制の記載も異なるところである。さらに大統領制を取らず、議院内閣制にしている。 
 
  日本国憲法を起草した米国人スタッフたちは米憲法に限らず、世界各地の憲法を取り寄せて比較検討したとされている。日本人は憲法を論じるにあたって、この与えられた日本国憲法という額縁で常に議論している。その議論はこれを微動だにせず守るか、改めるかである。絵の模倣者は常にオリジナルの絵を越えることができないと言われている。その理由は模倣者がすでに完成された絵しか見ていないのに対して、オリジナルの画家は自然を自分の目で見ていることである。このことは憲法を論じる日本人にも当てはまる。民主主義を生んだ英国や、米憲法を生んだ米国のように、世界の法律を参照しながら独自に憲法を生み育てることができなかったことが今の憲法論議をも、窮屈にしているところがあることは否定できないだろう。 
 
 
■ジョン・ロック著 「統治二論」〜政治学屈指の古典〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312221117340 
 
■「ザ・フェデラリスト」(ハミルトン、ジェイ、マディソン) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201211252338410 
 
■沖縄の基地問題をアメリカに学ぶ 2 
  〜 トーマス・ペインという生き方 〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201006151440112 
 
■モンテスキュー著「法の精神」 〜「権力分立」は日本でなぜ実現できないか〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312260209124 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。