2015年09月17日23時55分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201509172355524

コラム

自民党憲法改正案「第十三条 全て国民は、個人として尊重される」(現行) ⇒「第十三条 全て国民は、人として尊重される」(改正案) 個人と人の違いとは? 

  平成24年に自民党が発表した憲法改正案では憲法9条だけでなく、さまざまな条文が改正されることになっている。その中で「?」と一瞬立ち止まってしまう表現の1つが憲法13条の改正案だ。 
 
  現行憲法「すべて国民は、個人として尊重される。・・」 
 
        ↓ 
 
  改正案「すべて国民は、人として尊重される。・・」 
 
  いったい個人として尊重されるのと、人として尊重されるのと、その違いはどこにあるのだろうか。わざわざ改正するのだから、改正案を作った自民党の議員はそこに意味を見出すから変えようとしているのである。 
 
  そこで定評のある憲法学者の芦部信喜氏が書き下ろしたテキストである「憲法」(岩波書店)を参照してみた。参照されるのは基本的人権に関する箇所である。「人間の尊厳性  人権の根拠」という見出しのくだりだ。 
 
  「・・・基本的人権とは、人間が社会を構成する自律的な個人として自由と生存を確保し、その尊厳性を維持するため、それに必要な一定の権利が人間に固有するものであることを前提として認め、そのように憲法以前に成立していると考えられる権利を憲法が実定的な法的権利として確認したもの、と言うことができる。したがって、人権を承認する根拠に造物主や自然法を持ち出す必要はなく、国際人権規約前文に述べられているように、「人間の固有の尊厳に由来する」と考えれば足りる。この人間尊厳の原理は「個人主義」とも言われ、日本国憲法は、この思想を「すべて国民は、個人として尊重される」(13条)という原理によって宣明している。」 
 
  基本的人権はもともと自然状態にあった人間が本来皆持っている人間固有の権利であり、だから、いちいち条文に書き記されていないものだった。それは自然権と呼ばれている。しかし、近代に入って君主たちの恣意的な統治を牽制するために、国の統治方針を記した憲法に君主といえども縛られるとする立憲主義が生まれ、憲法は一種の契約書であるから紙に書き記すことになった。だから、基本的人権は本来、契約書(憲法)に書き記すまでもなく人間が固有に持っている自然法上の権利だが、人間が定める、いわゆる実定法上の権利として憲法に書き記されることになったとされる。 
 
  そしてその際、芦部氏の説では生まれながらに人間が持っている「人間尊厳の原理」こそ「個人主義」であり、それは「すべて国民は、個人として尊重される」という言葉に集約される。つまり、基本的人権は個に由来するものであって、国や社会に由来するものではない。なぜならば社会契約説に基づくなら、契約を結ぶのは個々人であり、個々人がそれぞれに固有に持っている自然権を担保として結ばれる契約が社会契約だからだ。市民革命以後の国家はそうした社会契約=憲法によって構成される、と考えるのが近代民主主義の考え方である。 
 
  そもそも思想を抱いたり、表現活動を行ったり、信仰をしたりするのは個人である。だから、「国民が個人として尊重される」、という文章はそうした個人に基づく行動の自由を担保するものだろう。 
 
  自民党が国民は「個人として尊重される」という文を廃止して、「人」としてなら尊重される、と改正しようとする狙いはどこにあるのだろうか。ロックやルソーが構想した社会契約という考え方を改正憲法は放棄しようとしているのではあるまいか。個人が固有に基本的人権を持っている、という前提を崩して、人間の基盤が抽象的かつ実体の曖昧な「人」というものに由来する、という風に自民党はずらそうとしており、その「人」という言葉と個人との明瞭な違いは人が「個人」ではない、ということにほかならない。個人として尊重されないが、人としてなら尊重される。それは「人」が集団性を基盤にした概念ということではないだろうか。 
 
※自民党の憲法改正案 
https://www.jimin.jp/activity/colum/116667.html 
 
村上良太 
 
 
■ジョン・ロック著 「統治二論」〜政治学屈指の古典〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312221117340 
 
■ジャン=ジャック・ルソー著「社会契約論」(中山元訳) 〜主権者とは誰か〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201401010114173 
 
■トマス・ホッブズ著 「リヴァイアサン (国家論)」 〜人殺しはいけないのか?〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312292346170 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。