2017年01月18日07時24分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201701180724343

人権/反差別/司法

共謀罪法案の核心は逮捕の要件を危険性の有無(現実の危険性)から動機の有無(主観)の方に刑法の重心を移すことではなかろうか

  今年の通常国会に政府がまた共謀罪法案を提出する見込みだと報じられています。昨日の海渡雄一弁護士の寄稿にもありましたが、共謀罪法案の大きな問題点は逮捕の要件がこれまでよりも大幅に現実の危険性の有無から、犯罪を行おうとする主観の有無へと重心を移していくことだと私は考えます。これは刑法の大きな転換点になりえる危険性を孕んでいると思います。 
 
  海渡雄一弁護士「『新法案』では、冒頭で述べたように、準備行為を処罰条件とした。しかし、預金を下ろしたり、メールを送っても準備と言われかねない。十分に限定されたと見ることはできない。合意の成立だけで犯罪の成立を認めた当初の政府案は、あまりにも犯罪構成要件が広汎かつ不明確であって、刑法の人権保障機能を破壊しかねず、条約に「悪のり」したものであっただけで、新法案による修正は当然のことをしただけであるといわざるをえない。」 
 
 
◆客観的な危険性の有無と主観の有無 
 
  現実の危険性の有無と主観の有無、というとわかりにくい印象もありますが、法学部の刑法の講義ではよく次のようなケースが取り上げられます。甚だしいケースではありますが、わかりやすいケースとして扱われており、空ピストルのケースと言われています。 
 
 『 ある人物AがBを殺そうと考え、所持していた銃でBを撃った。しかし、偶然、銃には弾が入っていなかったためにBを殺すことはできなかった。この場合、Aは殺人未遂になるのかどうか。』 
 
  銃の所持の問題はここでは置くとして、Aの行為が殺人未遂になるかどうかを問う場合、現実の危険性という観点から見ると、AにはBを空砲で殺すことはできないから殺人未遂にはならない、ということになるでしょう。しかし、殺そうと思ったという主観を重視すれば、現実の危険性があろうとなかろうと殺人未遂ということになります。刑法をどう考えるかによって、Aの犯罪の処罰は大きく変わってきます。 
 
  では、丑の刻参りの場合はどうか。AがBを殺そうと思い、深夜に神社の境内で藁人形に五寸釘を打って呪い殺そうとした場合です。呪いで人が殺せる、という立場に刑法は立っていませんから、現実の危険性という観点からとらえたら殺人未遂にはならないでしょう。しかし、主観を重視する立場に立てば、現実の危険性があろうとなかろうと、先ほどの空ピストルの場合と同じで殺人未遂という風に評価されてしまう可能性があります。 
 
  客観的な危険性の有無と主観の有無、どちらに重心を置くかは刑法観を左右する刑法学会の大きなテーマでした。そして今、共謀罪の導入を引き金に大きく主観性の有無に傾斜しようとしているようです。それは自白のウエイトが大きくなることとも関係してくるでしょう。 
 
  では海渡弁護士が書いているように、仮に警察がAさんとBさんで反政府的な会話を居酒屋でしていたことを記録し、そこに共謀があったとみなした場合、あとは犯罪の「準備行為」があれば逮捕できることになります。その場合、AさんかBさんのどちらか一人が銀行の自分の口座からATMで10万円を引き出した場合はどうでしょうか。その10万円は生活費に過ぎなかったとしても、「共謀」があったと認められていると、その10万円は凶器や犯行を行う準備に用いるものだと見なされる可能性もある、ということだと思います。準備行為がいったい何をもって、どの段階をもって準備行為になりえるのか、そうしたことが明確になっていない、ということを指摘しているのでしょう。現実の危険性、という要件を必要としていれば少なくとも実際にナイフや薬品など犯罪の実行に直接結びつく物品を入手しないと逮捕できない、ということになるのです。 
 
  ATMで引き出した10万円は凶器を買うためだったんだな?と万一警察に尋問されたり、決めつけられたりした場合に、裁判でAさんの犯行の準備行為があったかどうかを判断する決定的な鍵を握って来るのがAさん(あるいはBさん)の普段の言動や思想ということになってくると思います。Aさんが「今こそ抵抗権の行使が必要だ」といったことをブログや日記などに書き込んだり、新聞や雑誌で表明していれば、Aさんの10万円はその準備行為だったと結びつけられる可能性は高まるのではないでしょうか。そういう意味では普段から、思想や言動がチェックされたり、密告されたりする社会がそこまで来ている可能性があります。仮に警察がそうした逮捕を控えたとしても、抑止効果として自由にものを言いにくい社会になっていくでしょう。刑法が現実の危険性の有無から、犯罪を行う主観の有無へと軸を移していけばいくほど、思想や表現の自由は脅かされものが自由に言えない時代になっていくと思います。 
 
 
◆共謀罪が政敵の始末に使われる危険性 
 
  歴史を振り返れば1933年にヒトラーが首相になった時、共産党や社会民主党などの政敵をその時起きた国会議事堂の放火犯人に結びつけて一網打尽にし、権力の座を確実にし、ドイツのファシズム化を決定づけました。放火は政敵を捕まえるためのやらせだったと言われています。客観的な危険性ではなく、主観だけで人を逮捕できる刑法観に近づけば近づくほど、こうした事態が容易に起こってしまいます。たとえ最終的には有罪とならなかったとしても、起訴されて裁判を繰り返しているうちにもしその人が政治家であれば死に体にされてしまうでしょう。かつての民主党時代の小沢一郎氏の場合が思い出されます。 
 
 
村上良太 
 
 
■「共謀罪」対象、約300に 政府検討、原案の半数以下(朝日) 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170117-00000007-asahi-pol 
 
■平成の治安維持法・共謀罪法案の国会提出に反対しよう!  弁護士・海渡雄一 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201701171435452 
 
■ナチスの指導者原理 最初は党内の掌握から 党の姿を見れば次の社会が見える 山口定著「ファシズム」を読む 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509092044433 
 
■労働組合と安保関連法制 ドイツ労働戦線(DAF)と産業報国会 ドイツでは労組がまず解散させられた 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509061907550 
 
■ヒトラーが作った政治犯の強制収容所ダッハウ 〜ナチスの暴力の学校〜 対抗勢力は一網打尽 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312122243414 
 
■山口定著「ファシズム」2 〜全権授与法(全権委任法)と国家総動員法〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312031412342 
 
■焚書の光景 〜ナチはまず大学から真実を奪った〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201307191146165 
 
■山口定著「ファシズム」(岩波書店) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201307301109292 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。