2017年04月28日20時01分掲載  無料記事
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畑山敏夫著 「現代フランスの新しい右翼 ルペンの見果てぬ夢」(法律文化社)

  フランスの大統領選で決選投票に進んだマリーヌ・ルペン国民戦線党首。2002年に父親のジャン=マリ・ルペン先代党首が決選投票に進んで以来の躍進となった。アンケート調査ではエマニュエル・マクロン候補が優勢と見られているが、それでもまだ最後までわからない。今回、紹介する本はこの5年ほどの間に急成長し、三大政党の一角に入った「国民戦線」(Front National)の歴史と思想、戦略を詳しく描いた貴重な一冊である。 
 
 
■山口定教授の欧州右翼研究グループから 
 
  畑山敏夫著「現代フランスの新しい右翼 ルペンの見果てぬ夢」(法律文化社)はフランスの極右政党である国民戦線がいかに成長してきたか、その歴史をたどった貴重な一冊である。著者の畑山氏は大阪市立大学でナチスやファシズムの研究をしていた山口定教授の弟子である。山口教授はドイツ方面の研究が中心で、その射程には戦後の欧州の右翼運動も含んでいた。畑山氏の対象は隣のフランスの政界である。この本では国民戦線の創設者であるジャン=マリ・ルペンだけでなく、その右腕でイデオロギーの面で国民戦線を躍進させたブリュノ・メグレのことも十分に述べられていて興味深い。ジャン=マリ・ルペンはカリスマを持っていたとしても、思想的な進化を遂げるのに貢献したのは国民戦線の中でも新右翼と呼ばれたグループだった。このグループには官僚や大学教授などが参加していて、右翼運動に思想的な正統性を与えようと努力していたのだと言う。 
 
 
■新しい人種主義の思想 「差異」を重んじよ 
 
  本書によればこのグループの理論の1つに、新しい人種主義の主張がある。それは民族間や文明間の優劣に由来する従来の人種主義と異なり、「差異」「多様性」「アイデンテイティ」などをキーワードに、「相違への権利(le droit a la difference)」を主張しているということである。つまり、一国には特有の文化やアイデンティティがあり、それを尊重せよ、という主張のようだ。だから普遍主義、世界市民主義を背景に、移民が流入したらみんな平等であるために、特定の文化やアイデンティティを贔屓するな、という主張とは真っ向から対立することになる。それぞれの国にはその国の伝統文化があるのだから、移民はそれを重んじろ、ということだろう。国民戦線が「フランス文化を尊重しない人には出て行ってもらう」と言明しているのはこのことである。この考えの源は普遍主義と平等主義のユダヤ・キリスト教が流入する前の、インド・ヨーロッパ語族の社会だったという。それぞれ固有の文化や生活様式に分かれて暮らしていた頃の社会を理想としているのだと言う。国民戦線にこういった思想を持ち込む上で最も貢献したのがNO2だったブリュノ・メグレだった。メグレのおかげで国民戦線は「『混血』の脅威に対して『相違』の価値を防衛するという新しい人種主義に立脚した反移民キャンペーンを展開することになる」。 
 
 
■支持者の窮乏化を背景に、戦略を転換 
 
  立ち上げ当初の1970年代は国民戦線の支持者は商店主や自営業者などの一定の経済基盤のある中小経営者が少なくなかったが、1990年代以後は支持層が変わり、その多くがプロレタリアート化していったという。本来は労働組合などを支持して左翼政党に投票していたであろう人々が国民戦線に鞍替えしていったのだ。1990年代と言えば日本と同様で、冷戦終結後にグローバル化の波が押し寄せ、国内工場が空洞化したり、外国から廉価な商品が流入して大規模スーパーで売られ、小さな商店がつぶれシャッター通りが出来たりした時代である。こうした時代に、窮乏化した市民が国民戦線の支持者になっていったというのだ。実は国民戦線の側でも、時代の変化を察知して戦略を切り替えていた。つまり、80年代までの国民戦線は基本的にはグローバリズムとサッチャリズムを称揚する新自由主義路線だったというのだ。新自由主義と自国民優先主義・移民排除の組み合わせが以前の国民戦線の経済戦略だったが、90年代に起きた支持層の変化を受けて、<国民国家の枠組みの中での自由主義経済>という方向に戦略転換した。つまり自国民優先主義・移民排除に加えて今度は反グローバリズム・反欧州連合の組み合わせに切り替えたのである。このことは現在、マリーヌ・ルペン党首が唱えている欧州連合やユーロへの反対とつながることである。この戦略転換によって共和党からも社会党からも一定の支持者を奪い取ることができ、それが三大政党への躍進に結びついたようだ。 
 
  この国民戦線のイデオローグだったメグレはルペンの娘のマリーヌ・ルペンが台頭する前に、先代のルペン党首とたもとをわかって分裂していくことになる。本書は国民戦線が立ち上がる時に過去のアルジェリア戦争時代の右派勢力や、戦時中のペタン首相をいただくヴィシー政権の流れ、さらには王党派など様々な右翼勢力の離合集散をつづっており、フランスの右翼運動の歴史を総覧することができる。そして、極右と言われながらも時代時代で思想的進化を試みたり、戦略を変えたりと、必ずしも同じ顔ではないことも理解することができる。 
 
  今回の大統領選挙ではまさに欧州連合・グローバリズムの守護者であるエマニュエル・マクロン候補と国民国家の枠内での自由主義経済を標榜するマリーヌ・ルペン候補との一騎打ちとなる。社会党のブノワ・アモン候補は一回戦で敗退したが、現職のオランド大統領(社会党)は<国民戦線のマリーヌ・ルペン候補が大統領になり、欧州連合から撤退したらフランス人の購買力は低下し、その保護貿易主義政策により失業が増え、物価は未曽有に高騰するだろう。さらにはその(排外主義的な)テロ対策はフランス国民を分裂させることになる>と警告を発し、5月7日の決選投票ではマクロン候補に自分は投票すると訴えた。 
 
 
村上良太 
 
 
 
■山口定著「ファシズム」(岩波書店) 
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■山口定著「ファシズム」2 〜全権授与法(全権委任法)と国家総動員法〜 
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■労働組合と安保関連法制 ドイツ労働戦線(DAF)と産業報国会 ドイツでは労組がまず解散させられた 
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