2020年04月07日06時33分掲載  無料記事
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みる・よむ・きく

黒田恭一著「はじめてのクラシック」

  40年前、私が高校生だった頃はどの町のどの駅前にも1軒はレコード屋があったように思います。LPレコードだったり、SPレコードだったりと、CD化される前の時代に私はブラスバンド部で金管楽器を演奏していました。学校の授業が終わると、部活で楽器を演奏して、下校時間になると、駅前のレコード屋に必ず寄って、さまざまなクラシック音楽のLPレコードを手にするのが楽しみだったのです。LPレコードは30センチくらいあるので、そのジャケットのデザインとか、裏面の記載を読んだりするのが楽しみでした。お小遣いで買えるのはせいぜい月に1枚だったのですが、それを部活の友人の家に集まってレコードをみんなで持ち寄り、一緒に聞いて合評したり、友人同士で貸し借りして、テープに録音して聞いたりしていたものでした。ある時はチャイコフスキーの交響曲4番だったり、ある時は、マーラーの交響曲9番だったり。しかし、今日、レコード屋はほとんど町から姿を消してしまいました。さらに何年か前、CDラジカセが壊れて以来、ぷっつり私は音楽を聴くことがなくなっていました。 
 
  前置きが長くなりましたが、音楽評論家の黒田恭一氏による「はじめてのクラシック」(講談社現代新書)を手にしたのは昨年の秋頃でしたが、再び音楽が聴きたい、という欲望に火をつけてくれました。レコード屋が町から姿を消しただけでなく、さらに新聞の夕刊から愛読していた吉田秀和氏の音楽時評がなくなっており、音楽評論に接する機会も失っていたことに気がつきました。こう考えてみると、様々な要素が複合されて、音楽から距離ができる、という状態を招いていたのでした。しかし、「はじめてのクラシック」を読んでいると、クラシック音楽に目覚めた10代の学生時代のワクワク感が戻ってきたのを感じました。本書で紹介されているエピソードで「へえ」と思ったのはヴィヴァルディの名曲、「四季」が日本でレコードが出たのは戦後の1954年で、戦前・戦中には出ていなかったという事実。これはSPレコードからLPレコードへ進化し、音色が鮮明に聞けるようになって初めてヴィヴァルディの「四季」の繊細な味わいがレコードで再現され得るようになったのだそうです。こうしたちょっとしたエピソードを夢中になって読んでいました。 
 
  さらに興味深いのは、レコードを買う時は好きな曲ではなくて、ちょっと難しい曲とか、ちょっととっつきにくい曲をあえて買え、と黒田氏がいささか説教調に書いていることです。今の時代、多くの労働者にとってレコードを1枚買うのも楽ではないはずですが、だからこそ買ったら繰り返し聞きたいもの。そこであえて難しいな、と思える曲こそ買うべきで、自宅で何度も多少我慢してでも聞き込むうちに次第にその曲の世界が理解できるようになるのだ、と言います。とくにクラシック音楽ではそうでしょう。聞いて一瞬に好きになる曲も多いですが、一度聞いただけでは理解できないタイプの曲もまたたくさんあります。とくに現代の作曲家によるものはそうです。さらにまた、年を取って初めて、若い頃に味わいがわからなかった曲とか指揮者、演奏家の良さがわかってくる、ということもあるに違いありません。 
 
  最近、私はロリン・マゼール指揮で、クリーブランド管弦楽団によるリヒアルト・シュトラウス作曲の交響詩「ドン・ファン」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」、「死と変容」の3曲を収録したレコードを何十年ぶりかで聞き直しました。若い頃、マゼールには気障な印象が先立って、いまいち私は好きになれなかったのですが、今回聞き直してみると、圧倒的に素晴らしい演奏に感じられました。こんなすごい指揮者だったのか、と見直しました。エンターテイナーとしての力には並々ならぬものがあります。インターネットでマゼールのことを調べてみると、カラヤンが引退した後、ベルリンフィルを誰が引き継ぐか、という時、マゼールが就任すると思われていたほどだったようです。しかし、結果はイタリア出身のクラウディオ・アバドに決まり、マゼールは寂しい晩年だった・・・みたいな話が出ていました。そういう意味では晩年に思わぬ不遇だったマゼールですが、逆に言えば世界の頂点に立ってもおかしくない指揮者だったことを示すエピソードでもあります。さらに10歳になるかならないかの幼少時代から指揮者として著名な交響楽団を指揮したり、ということもあったようです。こうした魅力を発見できたのもレコードを持ち続けていたからです。 
 
  黒田恭一著「はじめてのクラシック」は何ということのないエピソードや説教を近所の音楽ファンのおじさんに居間で聞かされているような感じの本ですが、今の時代、そういうおじさんは絶滅した印象もあり、懐かしく読みました。40年前はこうした音楽ファンの人々が日曜日に誰かの家に集まって、一緒にレコードを聴く、という会合は普通にあったものでした。40年前と比べると、進化した面もたくさんありますが、つまらなくなった面もたくさんあることに気がつきます。 
 
 
村上良太 
 
 
 
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