2020年09月04日13時29分掲載  無料記事
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イヴァン・ジャブロンカ著 「公平な男性〜家父長制から新しい男性性へ〜」Ivan Jablonka 「Des hommes justes : du patriarcat aux nouvelles masculinités」

  男女間の差を示すジェンダー・ギャップ指数で日本は昨年、153カ国中121位と底辺の一角を占めています。女性の衆議院議員はわずか10%、参議院議員も20%程度と公平(パリテ)には程遠い状況です。国民の政治意思を示す国会の場で男女間の議員の数に圧倒的な格差が生じていることが日本の停滞の原因になっているのではないでしょうか。つまり、男性の考える制度が反映される結果、家庭や社会に起きている現実の様々な不具合が全くと言ってよいほど調整できないのです。そんな日本の読者に、大きな刺激を与えるのがフランスで1年前に刊行されたイヴァン・ジャブロンカ著 「公平な男性〜家父長制から新しい男性性へ〜」です。 
 
ご存知の方も少なくないでしょうが、 フランスの歴史学者イヴァン・ジャブロンカ(1973−)は40代半ばながら新しい知的潮流を起こしている知識人かつ作家です。彼は一人称である「Je=私」を重視した語りにより、人文社会学者は真実を追及する作家でもあり得ると提唱しています。今日、大学や高校、あるいは研究機関等々で研究に携わっている人々は学術的な論文とは別の形で、ノンフィクション文学を創造する可能性を秘めているのだと言っているのです。それによって人文社会学にイノべーションを起こすこともできるのだ、と。ジャブロンカの作品にはアウシュビッツで殺された祖父母の人生を徹底調査して描いた「私にはいなかった祖父母の歴史〜ある調査〜」や、18歳の娘が通りがかりの男にレイプされ惨殺されるというフランスで現実に起きた三面記事的なセンセーショナルな事件を、作家の目で被害者の生を徹底調査で描いた「レティシア」などの著作で知られています。これらの作品群が素晴らしかったために、彼の提唱に説得力を生んでいます。 
 
  そんな気鋭の歴史学者・作家のイヴァン・ジャブロンカによる本書「公平な男性〜家父長制から新しい男性性へ〜」は男性が権力を握る家父長制社会をどう乗り越えるか、についての論考です。「公平な男性」が問題提起しているのは男女間の不公平が現代の不幸の核心にあるというメッセージです。被害者には女性だけでなく、男性自身も含まれているというのです。特にグローバル資本主義が台頭し、産業構造が大きく変化した今、「父」が率いる家族を軸とした家父長制は深刻な機能不全を起こしていると指摘しています。家父長制は長い間、女性にとって抑圧的な装置でしたが、一方今日ではレイオフされたり、非正規労働者になって家族を養うことが難しくなった男性たちにとっても、家父長制が重くのしかかっているというのです。 
 
  著者のジャブロンカは、驚くことに、これらの社会問題を解決するためには、これからは<男性がフェミニストになる>べきだと言います。本書では、なぜそうなのかが400ページにわたり、4章で構成されています。 
 
,覆蔀棒が権力を持つことになったか〜家父長制の起源〜 
 
▲侫Д潺縫坤牘親阿呂匹始まり、誰がどう発展させてきたか 
 
20世紀終盤の脱工業化で男性が没落し、産業構造の変化から男性支配の終わりが近づいている 
 
いいに新たな男性性を打ち立て、男女の平等な社会を築くか 
 
  歴史学者の彼は男女間に存在する「出産」の可能性の有無が人類の社会制度を大きく分ける原因だったと言っています。男性は出産できないという男女間に存在する最大の機能的欠落をカバーするため、家父長制を創造し、女性を「産む」という機能と子育てだけに集約することにしたと言うのです。そして、出産と子育て以外の社会領域はすべて男性が支配するようになったというのです。 
 
  こうした男性支配の思想に大きな変化が起きたのが18世紀後半のフランス革命でした。フェミニズム運動が始まったのがこの時代だったのだと言います。しかし、フランスでは人権宣言を出したものの、1944年まで女性に投票権が与えられていませんでした。革命理念と現実の間には大きな隔たりがあったのです。そこで彼は200年以上にわたるフェミニズムの歴史を本書で語るのですが、そのことがなぜ重要かと言えば、著者の主張しているように男性が今後フェミニズムに参加するとすれば、その運動の歴史は〜今まで他人事に見て済ませてきた〜男性にとっても基礎知識となるからでしょう。歴史を見れば数は少なかったとしてもフェミニズムを支援した男性も存在していたことも本書で示されます。そもそも歴史的に活躍したフェミニストの多くは平等主義者の父を持っていたそうです。 
 
  1990年代から顕著になった工場空洞化で日本でも産業の軸が製造業からサービス業へ移行していますが、この変化に従来の男性性では対応できなくなり、逆にその結果、家庭でのサービスを歴史的に強いられてきた女性のサービス産業社会での活躍が目立ってきています。ジャブロンカは、女性のフェミニストたちがほぼ250年の間に男性社会から様々な知識や技術や経験を学んできたのと逆に、今は男性が女性から知識や技術や経験を学ぶ時であると彼は言います。料理、育児、介護、セックス、あらゆる領域が<新たな男性性>の前にフロンティアとしてあるというわけです。これらの領域の知識を新たに習得することをプラスと思って、<新たな男性性>を作ることが大切なのだと著者は訴えています。新たな男性性が確立されれば暴力性や歪んだ抑圧が減り、女性の2〜3倍高かった男性の自殺率も低下するのではないかと予測されるのです。そして、それによってしばしば財界にしか目が向かない男性国会議員の視野が広がることが期待できます。 
 
  本書に反論を出したい読者もいるかもしれませんが、何であれ今、日本が抱えている問題に対する鋭い問題提起であると思います。本書が一日も早く日本で翻訳出版されることを祈ります。 
 
 
※本書の版元であるスイユ社での紹介ページ 
https://www.seuil.com/ouvrage/des-hommes-justes-ivan-jablonka/9782021401561 
 
村上良太 
 
 
■イヴァン・ジャブロンカ著「私にはいなかった祖父母の歴史」  社会科学者が書く新しい文学 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201908021535275 
 
■イヴァン・ジャブロンカ氏の日仏会館における講演「社会科学における創作」 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201906250215032 
 
■日本に関心を持つ売れっ子イラストレーター、ノーラ・クリューク(Nora Krug)  村上良太 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201211130731222 
 
■パトリック・モディアノ著「ドラ・ブリュデール」(邦訳タイトル「1941年。パリの尋ね人」) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201602180848024 
 
■再開のための哲学  マチュー・ポット=ボンヌヴィル著「もう一度・・・やり直しのための思索」(Recommencer) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202007021457294 
 
■日仏会館のシンポジウム 「ミシェル・フーコー: 21世紀の受容」 フランスから2人の気鋭の哲学者が来日し、フーコーについて語った 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201805221137522 


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