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フランスから来日した哲学者たち。マチュー・ポット=ボンヌヴィル(向かって左。リヨン高等師範学校、アンスティテュ・フランセ)と パトリス・マニグリエ(パリ・ナンテール大学)。 Mathieu POTTE-BONNEVILLE (ENS Lyon, Institut français), Patrice Maniglier (univ. Paris Nanterre)


日仏会館のシンポジウム(日仏会館・フランス国立日本研究所)「ミシェル・フーコー: 21世紀の受容」"Michel Foucault au XXIe siècle" 右は司会者のマチュー・カペル


英語版の" Foucault va au cinema”(フーコーが映画を見に行く)。著者の一人がパトリス・マニグリエ。 "Ses travaux sur la prison, l’hôpital, la sexualité répondaient à son désir de « penser autrement » et notamment de faire de l’histoire autrement, en s’attachant à tous ces micro-procédures dont nous ne sommes pas conscients mais qui décident certains des changements les plus profonds. Justement, et c’est ce que démontrent ici les philosophes Dork Zabunyan et Patrice Maniglier, le cinéma est un lieu où ces micro-changements inconscients peuvent être vus. La relation de la pensée de Foucault au cinéma est donc loin d’être marginale, comme l’apport de cet ouvrage à la réception de son œuvre."( frace culture) フーコーが映画について語った事柄を二人の著者が1冊の本にまとめた。これを読めば、フーコーの主要テーマである監獄や病院、セクシャリティと言った事柄やそれをどう語るかと言ったことがフーコーの映画に対する考察からうかがうことができ、映画に関するテクストが決してフーコーの仕事の周縁に位置する些末な内容ではないことがわかると書かれている。


マチュー・ポット=ボンヌヴィルの著作の1つ「再び始める」”Les philosophes se sont souvent penchés sur les premiers commencements de toutes choses ; on voudrait ici, en compagnie de penseurs et d’écrivains, interroger plutôt les deuxièmes coups, les nouvelles fois, sonder leurs pièges et leurs promesses, et explorer l’expérience individuelle ou collective du recommencement comme on se recoudrait une éthique en guettant le retour des beaux jours.”(Editeur: Verdier) ) 哲学者たちはしばしば物事の起源や最初の試みに拘泥しがちだが、むしろ二回目の試みを探求するための方法を語ったものらしい。それは過去に陥った数々の陥穽を避け、失敗も含めて過去を見直し、物事の持つ可能性を今日再び豊かに生かすための方法を語ったものらしい。歴史が一回戦で決着すると考えず、失敗の中にも素晴らしい萌芽があったことを見逃さないことでもあるだろう。ダメな歴史も再生できる・・・フーコーの今世紀における読みもこれと無縁ではないかもしれない。




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