2023年10月20日21時54分掲載  無料記事
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ピエール・ロザンヴァロン著『良き統治 〜大統領制化する民主主義〜』 行政府の独走をいかに阻止するか?

  フランスの歴史学者で政治学者でもあるピエール・ロザンヴァロンはコレージュ・ド・フランスで教鞭を執っているそうだが、彼が最近書き下ろしたのが浩瀚な『良き統治 〜大統領制化する民主主義〜』である。日本では2020年3月に翻訳が出て(6人で共訳している)、序文を宇野重規教授が記している。本書の骨子は、民主主義の危機についてであり、いかなる危機かと言えば、大統領の権力および行政府の権力が強くなり、独裁的になっている問題である。ロザンヴァロンは、このテーマを歴史を長期スパンで振り返り、フランス革命で当初は国会(立法)が最高の主権者の機関であり、政治の最高位に長らくあったはずなのに、今では行政府と位置が逆転しているのはなぜか?と追及している。そして、そこから、いかに打開できるかも提案しているのだ。 
 
  今さらながらであるが、国会の権威こそがルソーの思想では国民主権の結実であり、統治=行政は国民全員=一般意思で決めた法律を個別に行うだけの〜いわば誰がやってもいい、くじ引きでもいい〜という位置づけあった。ところが、ドゴール大統領のように大統領が行政府を体現する個性が出てきて、第五共和政では大統領の権力が強くなった。さらにマクロン大統領のもとで首相をしているエリザベット・ボルヌ首相のように憲法49条3項を連発して、国会(下院)で採決せず、内閣が一方的に予算案や法案を通しているのが現状である。ロザンヴァロンの本書は先述の通り、このような大統領制の特権化がどのような歴史の過程から生まれてきたものかを検証したもので、フランス革命から19世紀のフランスの長々と続いた試行錯誤(帝政や君主制の復活)における政治システムの揺らぎの過程が詳述されており、いろんな発見があって非常に面白い。そして、ロザンヴァロンの解説とともに、それを振り返ることで、現代の民主主義を立体的に考えるヒントがここには詰まっていると感じた。このような書は快挙と言えるのではなかろうか。 
 
  ロザンヴァロンが結論として述べているのは、しかしながら、他の論客たちと〜僭越ながら小生も含め〜通底するように思われる。ロザンヴァロンは第四の権力が鍵になると提案するのだが、第四の権力がジャーナリズムではないことが要注意だ。現実の商業的マスメディアにはもう第四の権力を正当化できる能力も資質もないのだろう。では、ロザンヴァロンが新たに第四の権力と提案しているのは市民が参加する評議会である。これが「行使の民主主義」を打ち立てるとロザンヴァロンは言う。 
 
  「自らの活動の質を引き上げようと心を砕く民主主義は、次の3つの軸を中心として構成されるであろう。まず行使の民主主義を法的に定式化した原理(とりわけ、統治者の高潔さ、および政府活動と制度の透明性)の番人となる、民主的機能評議会。次に、公共政策の決定や行政組織の実務あるいは各分野での公的議論の開催に関して、それぞれの民主的な質の評価を担う公共委員会。そして、統治者の監督(応答性の分野、たとえば統治責任の全うや政治的発言の批評)を専門とし、市民の政治関与(の促進)、市民の教育、あるいは市民への情報提供の仕事を行う市民的監視団体。これら3つの組織が行使の民主主義の支柱を構成する。このような性質に基づいて民主的行動憲章が議論され、投票によって承認され、人権宣言に匹敵する地位が認められることになるであろう」 
 
  これは面白い!日本の現在の政権に対する第四の権力として、これを想像してみれば、ワクワクするだろう。政権のお仲間であるマスメディアには第四の権力の資格は全くない。そこでこれら市民で構成される3つの評議会が行政府をウォッチし、その逸脱がないか、説明責任を果たしているか、そういったことがきちんと監視され、悪質な政治家は放擲されるであろう。つまり、国会の監視を逃れて独裁化する行政府へのカウンターを権威づけて確立するものである。国会では常に選挙で多数派を構成した政党が支配するが、評議会は独立しているのだ。そして、評議会は政党のセクト的原理とは別の、公平さの原理で行政府をチェックすることが大切だ。これが力を持てば、今日の日本の閣僚たちのようなのらりくらりとした言い逃れはもはや許されなくなるだろう。そのためにも評議会には一定の権限を持たせる必要がある。本来は国会がやるべきことだが、議院内閣制であれば国会の多数派と行政府は同じ穴のムジナであるから、実質的に追い詰めることは不可能に近い。国会の質疑応答で閣僚が真摯に答えず、報道記者たちが忖度だらけの甘いインタビューしかできない時代が10年も続くと、腐敗した国になる。 
 
  ロザンヴァロンの提言では市民への教育やジャーナリズムもこれら評議会の行動に含まれているようだ。(私見ではあるが政治経済社会などを扱う公共分野のジャーナリズムは評議会が受け持ち、文化商品も含めて様々な商品の宣伝を行うのは商業新聞でよいだろう)この評議会は、ハンナ・アレントが『革命について』で触れたアメリカ革命(独立)では十分に叶えることのできなかったあのトマス・ジェファーソンが考えていた評議会の豊かな可能性を、ロザンヴァロンが本書でついに具体的なアイデアにしたもののように私は感じた。もちろん、理論通りに行くとは限らない。ジャーナリズムに関しては多分個の力が最も大切なのだ。 
 
   ただし、ロザンヴァロンはメディアの役割を否定しているわけではない。むしろ、インターネットやSNSにおけるデータや情報の量的拡大を前に、メディアは正しい分析や評価を行うプロフェッショナルとしての役割があり、むしろ、それは拡大するだろうとすら言っていることは注意が必要だ。承認の民主主義から行使の民主主義、すなわち選挙をしたら終わりではなく、参加する民主主義を形成するためには、情報公開がなくては絵に描いた餅だと言っているのである。 
 
  今日行政府の独裁化は先進国で顕著になりつつある傾向である。拙稿『民主主義の統治能力 日本・アメリカ・西欧〜その危機の検討〜』『右派保守政権による独裁制に向かうイスラエル この秋政府が提出する法案が分岐点』『日本の司法は独立を保てるか? 最高裁判事が全員、安倍首相の応援団になる日 自民党改憲案の真の怖さ』などを読んでいただければ、それはエスタブリッシュメントたちの確信犯的な行動に基づいてそうなってきたのである。そして、自民党などが画策する憲法を改正して緊急事態条項を加えることは中でももっとも危険なものだ。それに対して、市民はどう立ち向かえば良いのか?本書におけるロザンヴァロンのアイデアは一考に値すると私は思った。 
 
 
村上良太 
 
 
 
 
■日本の司法は独立を保てるか? 最高裁判事が全員、安倍首相の応援団になる日 自民党改憲案の真の怖さ 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201606160619394 
 
■モンテスキュー著「法の精神」 〜「権力分立」は日本でなぜ実現できないか〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312260209124 
 
■ハンナ・アレント著 「革命について」 〜アメリカ革命を考える〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201401201800171 
 
■「独立宣言と米憲法」(The Declaration of Independence and The Constitution of the United States) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201401102038235 
 
■ジャン=ジャック・ルソー著「社会契約論」(中山元訳) 〜主権者とは誰か〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201401010114173 
 
■『民主主義の統治能力 日本・アメリカ・西欧〜その危機の検討〜』(サミュエル・P・ハンチントン&ミシェル・クロジエ&綿貫譲治、日米欧委員会編) 1975年に提言された新自由主義の起源 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202310201011165 
 
■テレビにおける啓蒙と野蛮 〜テレビ改造論その1〜 チャンネルを分割して社会貢献している様々なグループに隔年入れ替えで託す 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202310102205142 
 
■パリの「立ち上がる夜」 フランス現代哲学と政治の関係を参加しているパリ大学の哲学者に聞く Patrice Maniglier 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201605292331240 
 
■地域の子供に無料の作文教育を 子供の教育を変えたサンフランシスコの ”826 Valencia” , One-on-one tutoring can help students make great leaps in their writing skills and confidence. 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201702080540363 
 
■国会パブリックビューイングを見に行く 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201902062355103 
 
■国会パブリックビューイングを見に行く  その2 〜国会を市民に『見せる』(可視化)から、市民が国会を『見る』(監視)に〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201902111906321 
 
■国会パブリックビューイングを見に行く 4 菅官房長官記者会見における質問制限・質問妨害問題 
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