2019年03月29日16時13分掲載  無料記事
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国際

アルジェリアの第二革命  歴史は終わらない   村上良太

  この春、アルジェリアで起きたブーテフリカ大統領の5選を目指す出馬に反対する民衆のデモについてアルジェリアのジャーナリストに率直に「どう見ているか」、と聞いてみた。日刊ベリタにもたびたび寄稿いただいたTV局、Canal Algerieの記者、アブデルマジド・ベンカシ(Abdelmadjid Benkaci)氏である。 
 
Q 今回の政変を率直にどうご覧になりますか? 
ベンカシ「これは甘い平和な革命です。あらゆる人々が参加しました」 
Q  イスラム主義者はどうだったんですか? 
ベンカシ「イスラム主義者はいません」 
 
 イスラム主義者とは、言葉の定義は様々だが、イスラム法であるシャリアに則った統治を目指す宗教原理主義者である。今回の政変ではイスラム主義勢力は前面に出ることはなかったようだ。ベンカシ記者が事態を肯定的に見ていて、これを平和な「革命」と称したことは興味深い。実際、ブーテフリカ大統領はデモを受けて、出馬しないことを表明した。 
 
  82歳のブーテフリカ大統領は以前から病気で大統領職はとても執務できないと言われていた。それが4月18日の大統領選に出馬すると知ったアルジェリア人たちは反対デモに町に繰り出した。ベンカシ氏によると、特定の利益集団ではなく、あらゆる層が参加した、ということである。 
 
  CNNによると軍のトップ、Ahmed Gaid Salah将軍も民衆の声が正しいと答えて、ブーテフリカ大統領に出馬をやめることを求めたと言う。フランスの雑誌L'OBSのインタビューではアルジェリア軍の将校だった作家のヤスミナ・カドラもまた、政権の政治家の中には権力を手放したがらない人もいるだろうが、もし民衆弾圧を政府から命じられたとしても軍は上から下まで民衆の側につくだろう、と語った。軍が民衆の声に忠実だったことは平和裏に事態が収束できたことに関係している。Ahmed Gaid Salah将軍は憲法を引いて、大統領が病で執務できないときは大統領職を解くことは憲法で認められており、民衆の声には正当性があると語ったのだ。このことはデモの前面にイスラム主義勢力が出ていなかったことも関係しているのではなかろうか。 
 
  大統領職を終えるブーテフリカ大統領はアルジェリア独立闘争に学生時代に参加し、20代で閣僚になっている。外務大臣としても名を馳せ、1974年の第29回国連総会では議長に選ばれている。これらが彼の政治家としてのキャリアの前半とするなら、後半は1999年に国の行政府のトップの大統領になって、1991年から続いた血みどろの内戦を終結させたことだろう。イスラム救国戦線が1991年の予備選挙で大勝しそうな気配を感じた民族解放戦線の政府は選挙を中止し、イスラム救国戦線を排除した。これはイスラム主義者と世俗派の政権との確執の引き金になった。ブーテフリカ大統領は数十万人が闇の中で殺されたこの暗黒時代を国民の和解をキーワードにして終結させることに成功した。 
 
  筆者は2004年12月にブーテフリカ大統領が来日して東京の国連大学本部で講演したのを聞きに行ったことがある。演題は「アルジェリアにおける民主化及び改革政策」だった。以下はその日本語訳のリンクである。 
http://www.japan-algeria-center.jp/info/images/20041220data.PDF 
  大統領の話を聞きながら、アルジェリアは本当にあの暗い流血の時代を終えたんだな、という思いがした。そして、アルジェリアは内戦を終えた結果、投資も増え、年6.8%の経済成長を達成しているというのだ。これはブーテフリカ大統領の功績と言っていいだろう。独立闘争から40年近く政界の中枢にいて様々な人脈を持っていたことと、きわめて優秀な外交手腕と言葉を持っていたからできたのだと思う。ナショナリスト、イスラム主義者、左翼などをまとめ上げた。 
 
  今回、平和裏に革命が成し遂げられた背景には皮肉ではあるが、ブーテフリカ大統領がおよそ20年前に成し遂げた国民和解という政治的成果が生かされたのではないかと思う。自分が政権から追われる事態だが、そのことを追われる彼自身が誰よりも誇ってよいのではないか。 
 
  アルジェリア独立戦争は1950年代半ばに始まり、宗主国フランスとの戦争を経て1962年にアルジェリアは独立を勝ち得た。この時の確執や傷跡はアルジェリアにも、フランスにも未だに影を落としている。極右政党の国民連合(国民戦線)が生まれたのもその起源には「フランスのアルジェリア」という植民地主義のモットーがあった。一方、アルジェリアにおいては独立戦争でフランスの暴力に抗する形で暴力が行使された。その暴力の政治は独立後のアルジェリア政界にも作用し、クーデターなども続いた。その延長線上に1991年以後の内戦とテロの時代があった。それをブーテフリカ氏は乗り越えようとした。今回の革命は、無血の革命だった。1962年の流血革命と2019年の無血の革命。これは冷戦終結の際に語られたフランシス・フクヤマの「歴史の終焉」という問いに反して、歴史が今も終わっていないことを示しているように思えてならない。 
 
 
※ベンカシ記者による日刊ベリタへの過去の寄稿 
 
■「国連事務総長が西サハラ難民キャンプにやってきた!」 
 アブデルマジド・ベンカシ(Abdelmadjid Benkaci) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603102002244 
■西サハラの難民たちはいつ故郷の地に還れるのか 悲劇の40年 アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリア人ジャーナリスト)Abdelmadjid BenKaci 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509162330123 
■アルジェリアからの手紙 生贄の祭りが今年も近づいてきた・・・ アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリア人ジャーナリスト Abdelmadjid Benkaci) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509130502210 
■メッカの惨事について  アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリアのジャーナリスト) Abdelmadjid Benkaci 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509260116556 
■アルジェにできた「プラスティックの町」 アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリア人のジャーナリスト)Abdelmadjid BenKaci 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201604210112214 
■アルジェリアからの手紙 生贄の祭りが今年も近づいてきた・・・ アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリア人ジャーナリスト Abdelmadjid Benkaci) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509130502210 
■西サハラの難民たちはいつ故郷の地に還れるのか 悲劇の40年 アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリア人ジャーナリスト)Abdelmadjid BenKaci 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509162330123 
■メッカの惨事について アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリアのジャーナリスト) Abdelmadjid Benkaci 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509260116556 
■「テロの嵐」 アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリアのジャーナリスト)Abdelmadjid Benkaci 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201511221811350 
■ティパサの1日 アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリアのジャーナリスト)Abdelmadjid Benkaci 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201511290316060 
■フランス地方選 二回目の決選投票のゆくえ アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリアのジャーナリスト) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201512091208543 
■「ホシン・アイット・アメッド 」 〜アルジェリア民主化の闘士、死す 享年89〜 アブデルマジド・ベンカシ(Abdelmadjid Benkaci) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201512302247283 
■わがカビリー地方の山々 アブデルマジド・ベンカシ(Abdelmadjid Benkaci) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201601281622544 
■アルジェリアの憲法改正 大統領職を2期までに制限 ベルベル語を第二公用語に アブデルマジド・ベンカシ(Abdelmadjid Benkaci) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201602101504293 


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