2016年04月30日00時26分掲載  無料記事
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文化

「嬬恋村のフランス料理」15 〜わが愛しのピエドポール〜 原田理(フランス料理シェフ)

  豚足いわゆる豚の足はフランスではPied de porc(ピエドポール)と呼ばれ、比較的ポピュラーな食材のひとつ。今回はそんな豚足のお話を。 
 
  日本で豚足と言えば一杯飲み屋で出てくる、刻んでぷにぷにのつまみを思い浮かべる方が多いとは思いますが、パリなどのビストロで豚足と言えば丸焼きか詰め物のことが多いです。豚足の丸焼きだけで商売している店もあるくらいで、丁寧に下処理された豚足は、これがあの豚の足なのかと思うほどに繊細で濃厚な味わい。大好きな料理の一つです。 
 
   そもそも僕が豚足の料理にこんなに夢中になったのは若い頃のちょっとした間違いがきっかけでした。とある日本の大きめの大衆フランス料理店に勉強がてら食べに行ったときのことです。有名だったその店はフランスをそのまま日本に持ってきたような雰囲気と料理が売りのひとつ。サーヴィスもフランス人でした。フランス人といっても日本のお店なので普通に日本語も喋れます。が、そこは覚えたてのフランス語を使ってみたい若者のこと、調子に乗ってフランス語でオーダーしてみます。僕が選んだメインデッシュはRis de veau(リドヴォー)仔牛の胸腺肉のことです。ウィ ムッシューとかしこまるフランス人。ですが、運ばれてきた料理を見てびっくり、Pied de porc(豚足の丸焼き)ではないですか! 
 
  発音の悪かった僕のイントネーションがピエドポールに聞こえたフランス人は胸を張って豚足を持ってきたのでした。けれども悪いのは僕。たどたどしい自分のフランス語を恨みながら、あきらめ半分に豚足の丸焼きを口に運んだのでした。そのときのことは今でも忘れていませんが、その美味しさと言ったら!こんな美味しいものがあったのかという表現では到底表せない衝撃的な旨さでした。 
 
  あの豚足がこんな素晴らしい料理になるなんて驚きと、肉屋で端に並び、自分含め、たくさんの人に見過ごされている豚足をこんなに旨いものに変えてしまうフランス料理の持つ底力に改めて感じ入ってしまったのでした。残念ながらその店はなくなってしまいましたが、その時のシェフは健在で、独立して自分のレストランを営んでいます。もちろん今でも豚足を食べることが出来るので、上京のときに機会を見つけては、あの時の衝撃を味わいに食べに言っているのですが。とにかく、それからと言うもの、僕は豚足と言う食材の持つ魅力の虜になり、今でも機会を見つけては豚足の料理を家でも作っています。 
 
  豚足と言う食材は厄介なもので、そのままゆでたり、焼いたりして食べるタイプの食材ではありません。丁寧な下処理を施してこそ、素晴らしい料理となりえます。丸焼きにする時には下茹での最中に曲がって形が変わってしまわないように腱を切って添え木をしてタコ糸で丁寧に縛ります。2回ほど茹でこぼしてから野菜とともに4時間ほど、ゆらゆらと液面が動く程度の火加減で煮てから、焼きあげます。詰め物にする時は茹で上がったあとに、32個あるという小骨を丁寧に取り除き、皮と身を分けて具材を加えて形を整え、更に脂で巻いてタコ糸で縛り、焼き締めたあとにまた野菜やワイン、出汁などと共に煮込んでいきます。下処理のときに出た茹で汁には良質のコラーゲンや旨みの基となるゼラチン質が豊富に溶け出しています。この茹で汁も取って置き、次に豚足を茹でるときに使うと更に旨みが増して美味しくなるのです。 
 
  とにかく家庭料理で考えると膨大な手間のかかる食材ですが、手間をかけた分は素直に美味しさとなって返ってきます。ただ、これがわかるまでには失敗の連続で、何本もの豚足を犠牲にしたことでしょう。先のシェフの店に通い、自分の豚足と何が違うのか、なぜこんなにシェフの豚足はうまいのだろうとなやみ、著作でコツを得るまでにはかなり時間を要しました。いまでもシェフに自分の豚足を試食してもらう勇気は出ないのですが。 
 
 妻も最初はその形のそのままな感じに手を出すのもおっくうだったのですが、そこは豚足の魅力、一度食べると病み付きになってしまったようです。最近では頻繁にリクエストが入るようになりましたが、さすがに6時間付きっ切りで料理をする余裕がなくなりつつある最近ではとんとご無沙汰の料理なのですが、小鳥がさえずり、木々も芽吹く嬬恋の遅い春に、豚足料理とワインで夫婦二人でゆっくりやってみるのもいいのかなと思い始めている頃です。庭の桜を眺めながら、下ゆでの豚足のアクを引きながら飲みすぎてしまわない様気をつけるのが豚足料理の最大の注意点かもしれません。 
 
原田理  フランス料理シェフ 
( ホテル軽井沢1130 ) 
 
 
■「嬬恋村のフランス料理」1 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」14 〜高級レストランへの夢 その2〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」15 〜わが愛しのピエドポール〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」16 〜我ら兄弟、フランス料理人〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」18 〜 魚料理のもてなし 〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」21   コックコートへの思い   原田理(フランス料理シェフ) 
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