2015年11月04日00時56分掲載  無料記事
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文化

「嬬恋村のフランス料理」10 冬のおもいで 原田理(フランス料理シェフ)

  美しかった紅葉も散り、落ち葉が道路をおおい始め、木々が裸になって冬の足音が聞こえてくると、初めて嬬恋に来た頃を毎年思い出します。あの頃の自分はひどく落ち込んでいて、肉体的にも精神的にも人生最悪とも言える状態でしたが、軽井沢の駅からシャトルバスに乗り、山道を進むうちに標高による気圧で耳の中がつんとしながらも、窓の外に見える、雪がうっすら積もった林と、壮大な浅間山がきらきらと美しかったのを昨日のことのように覚えています。 
 
  疲れた体を引きずって、ギターケースと包丁、着替え少々を携え、軽井沢まで来た僕でしたが、その疲れが一気に吹き飛ぶような息をのむ美しさでした。職場となるホテルに着き、一通り案内をされたあとに屋上のパノラマテラスから見た浅間山は都会の中に引きこもっていた僕にとっては眼の覚めるような自然への回帰を肌で感じたのでした。 
 
  とは言え、慣れない土地での日常生活や、初めて経験する大きな調理場に対しての緊張など不安要素はまだまだあり、どことなくぎこちない嬬恋村入りだったことも懐かしく思い出せるようになった今日ですけれど。 
 
  初めての職場への不安と言うのは誰しも体験する出来事のひとつだとは思いますが、11年間自分お店の厨房にだけ引きこもっていた僕は、自分のコミュニケーション能力や料理の腕に対する不安も大部分を占め、あれだけフランス料理をやりこんだつもりだった自分がとてもとても小さく感じたのでした。いや、いまでも小さいままだとは思いますが。先日10年来の当時からのお客様が今のホテルを訪ねてくれ、懐かしい話に花を咲かせましたが、当時の自分は「近づけば何でも切りつけるような危ない雰囲気だったよ。料理は抜群だったが(笑)」と言われたのには参りました。 
 
  厨房とは言っても自分の店のそれは4畳半ほどのスペースに機材を詰め込んだだけの台所とも言うべきもので、始めてみたホテルの巨大な厨房はとてつもなく広く見えました。忙しくなり、その厨房で昼夜あわせて1000人分の食事を用意している今では、もうちょっと広くならないのか、などと思うようになるのですから人間の欲は際限がないものです。 
 
  着任して二日目に雪がしんしんと降り続け、翌日の朝には銀世界となりましたが、その白一色の美しさもそうですが、まったく音の発生しないその静けさのほうが驚きでした。小鳥の鳴き声も、車の走る音も、人の会話も聞こえず、木の枝に積もった雪がその重みに耐えかねて、ときおり地に落ちてゆく音以外は耳鳴りのするような静けさ。苛酷な環境のはずですが、まったく抵抗できない自然の力によって、劇的に回復する自分の精神をひしひしと感じることが出来たのでした。 
 
  嬬恋村の冬は長く、年間5ヶ月ほどは雪を見て過ごします。11月にはスノータイヤを履き、ノーマルタイヤに戻るのはゴールデンウィーク明け。冬の間は車を出すときは雪かきからはじめて、出発まで約30分かかります。街に下りると雪はそこまで積もっていないので、これが高原の冬なのだとおもいます。帰り路のアイスバーンだけは非常に危ないので注意が必要ですが。 
 
  そんな快適とは程遠いように聞こえる嬬恋村の冬、特に冬入りの今頃の楽しみはなんといってもクリスマスの用意です。結婚して今の広い部屋に移り住んでからは毎年クリスマスに仲間とパーティを行います。雇用形態や役職にかかわらず、ここにいるスタッフが集まって楽しむクリスマスパーティはささやかな楽しみのひとつ。去年はたっぷり仕込んで無謀にも家庭でフレンチブッフェという暴挙?に出ました。一年間妻に作った料理の中から反応の良かったものを選んで仲間15人ほどと食べるクリスマス。今年は何を作るか考え始める時期がやってきました。まずはクリスマスツリーを時間をかけて飾るところから始めることにします。 
 
原田理  フランス料理シェフ 
( ホテル軽井沢1130 ) 
 
 
■「嬬恋村のフランス料理」1 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」2 思い出のキャベツ料理 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」3 ぼくが嬬恋に来た理由 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」4 ほのぼのローストチキン 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」5 衝撃的なフォワグラ 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」6 デザートの喜び 原田理(フランス料理シェフ) 
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■嬬恋村のフランス料理7 無限の可能性をもつパスタ 原田理(フランス料理シェフ) 
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■嬬恋村のフランス料理8 深まる秋と美味しいナス 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」9 煮込み料理で乗り越える嬬恋の長い冬 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」10 冬のおもいで 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」11 我らのサンドイッチ  原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」12 〜真冬のスープ〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」13 〜高級レストランへの夢〜 原田理(フランス料理シェフ) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603031409404 
■「嬬恋村のフランス料理」14 〜高級レストランへの夢 その2〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」15 〜わが愛しのピエドポール〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」16 〜我ら兄弟、フランス料理人〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」17 〜会食の楽しみ〜 原田理(フランス料理シェフ) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201609142355513 
■「嬬恋村のフランス料理」18 〜 魚料理のもてなし 〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」19 〜総料理長への手紙 〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」20 〜五十嵐総料理長のフランス料理、そして帆船 〜 原田理(フランス料理シェフ) 
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■「嬬恋村のフランス料理」21   コックコートへの思い   原田理(フランス料理シェフ) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201709121148442 
■「嬬恋村のフランス料理」22 原木ハモンセラーノで生ハム生活   原田理(フランス料理シェフ) 
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