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2010年05月22日09時02分掲載
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普天間問題
軍事力で平和は守れるだろうか? 朝日新聞投書に映し出される民意 安原和雄
沖縄県の米海兵隊普天間基地「移設」問題をめぐって鳩山政権は、「5月末決着」の期限を控えてなお迷走を続けている。多くのメディアの伝えるところによると、「移設先探し」が焦点になっているが、肝心なことを忘れてはいないか。それは真の民意は何か、軍事力で平和を守ることはできるのか、日米安保体制は本当に必要なのか、憲法9条の平和理念をどう守り生かすか、という根源的な問いかけである。 多くのメディアは避けているようにみえるが、朝日新聞投書欄「声」がこのテーマに迫っている。一方、同じ朝日新聞の社説は、読者の「声」とは対照的に「日米同盟維持」の姿勢をとっている。「メディアの迷走」とも表現できるが、日米安保の是非にからむ本質的な問題提起を忘れないようにしたい。
5月の朝日新聞「声」欄から沖縄普天間基地問題に関する読者の投書(大要)を紹介する。ただし氏名は省略する。いずれの「声」も日米安保体制の是非を問いかけ、「一方的破棄」を含めて吟味しようという姿勢が顕著である。
▽ 読者の「声」(1)― 普天間問題で鳩山首相 大貢献
*5月20日付=普天間問題で鳩山首相 大貢献(見出し、以下同じ) (横浜市栄区 無職 男性 63歳) 普天間問題をめぐる鳩山首相について「発言がぶれる」「リーダーシップがない」などの批判が起きている。しかし首相のこのような振る舞いによって、多くのことを国民は知ったり、あらためて自覚したりすることができたのではないか。 すなわち、国土のわずか0.6%の沖縄に、米軍専用施設の75%があること。それをずっと沖縄に押しつけてきたこと。基地施設を国内ではどこも歓迎しないこと。マスコミに登場するかなりの識者が、基地の軽減より米国の利益に立った発言をしていること。米軍への思いやり予算の膨大なこと。それが世界の中できわめて特異なこと。自民党前政権は、これらのことを積極的に進めてきたこと。日本に米軍基地が本当に必要なのか、を問いかけてくれたこと ― などである。 政治に無関心といわれてきた若者もいまや米軍基地の実態や、沖縄への負担の押しつけについて、気づき始めている。これは首相の偉大なる貢献ではないのか。米国からの一方的な関係ではなく、対等な関係に向かってかじを切る、新たな時代を切り開くきっかけになると考えるが、いかがか。
<安原の感想> 皮肉の効いた「大貢献」 「鳩山首相 大貢献」という見出しは、受ける印象とは逆に、「基地批判の世論を盛り上げる上で首相は大貢献」という皮肉の効いた褒め言葉である。たしかに「政治に無関心であるはずの若者たちもいまや米軍基地の実態や、沖縄への負担の押しつけに気づき始めている」とすれば、日本の将来に希望と期待を持てるのではないか。「首相殿、有り難う」とお礼を言うべきかも知れない。
▽ 読者の「声」(2)― 軍事力では平和は守れない
* 5月19日付=軍事力では平和は守れない (新潟県上越市 無職 男性 79歳) 基地問題で「米抑止力か自衛力強化か」とする意見には重大な誤りがある。 第一に、旧来の概念の軍事力では国の安全を守ることはできない。巨大な軍事力を擁する米国でも、ブッシュ前大統領をして「これは戦争だ」と言わしめた連続自爆テロを抑止することはできなかった。 第二に、軍隊は必ずしも国民を保護してくれるものではない。沖縄戦で地元民が日本軍にどう処遇されたかを想起しても、そのことは言える。 第三に、憲法9条は「武力の行使は国際紛争解決の手段としては永久に放棄する」と、非暴力による解決を宣言しており、軍事力で安全を図る思想とは相いれない。 非武装立国は現実的ではないとする人に聞きたい。世界監視の中で日本を武力侵攻するとして、失うものの大きさを相手の立場で考えれば、その可能性は限りなくゼロに近い。「ゼロ%でない限り備えねばならない」と危機感をあおり、商売に励む死の商人の姿が浮かび上がってくるのではないか。
<安原の感想> 陰でほくそ笑む軍産官学情報複合体 この投書の見出し、「軍事力で平和は守れない」は真理である。「米抑止力」依存か、さもなければ「自衛力強化」という論者は、軍事力はもはや打開力、解決力を失っていることに気づこうともしない。曲者は、陰でほくそ笑む「危機感をあおり、商売に励む死の商人」、もっと正確にいえば今日的な戦争勢力、「軍産官学情報複合体」である。その一員に組み込まれているメディアによる「軍事力信仰」のお先棒担ぎには要警戒である。
▽ 読者の「声」(3)― 被爆国に「抑止力」発想の惨めさ
* 5月17日付=被爆国に「抑止力」発想の惨めさ (横浜市磯子区 無職 男性 75歳) そもそも、被爆国に「抑止力」とは何と滑稽(こっけい)で惨めな言葉でしょう。親を武士に無礼打ちされた農民が、武士の刀で身を守ってもらうような発想である。 鳩山首相は沖縄訪問でも、米軍基地の撤去縮小を求める県民の悲願に耳を貸すどころか、核の傘を想起させる「抑止力」を錦の御旗に掲げるだけだった。 米国の戦略に奉仕して抑止力を訴えるのではなく、日本としての独自の戦略を考え、まずは「安保の壁」を突き破り、互恵平等の日米関係を築くことが先決と考える。そこで初めて「米軍基地の国外移設」が現実味を帯び、有言実行できる。 政権交代を機に一刻も早く、独立国としての気概を取り戻し、米国はもとより、中国、北朝鮮などとも平和外交を展開する。それが日本の道ではないか。
<安原の感想> 「抑止力」の罠を超えて、「互恵平等の日米関係」を 抑止力について「親を武士に無礼打ちされた農民が、武士の刀で身を守ってもらうような発想」という指摘は、言い得て妙である。ここに日米安保体制下での抑止力なるものの本質が浮かび上がってくる。そういう「抑止力」の罠(わな)から抜け出すためには何が求められるのか。「日米安保」破棄を長期的視野に収めて「互恵平等の平和友好的な日米関係」の構築をどう展望していくかであろう。
▽ 読者の「声」(4) ― 安保50年、新たな条約論議を
*5月9日付=安保50年、新たな条約論議を (山梨県北杜市 設計事務所経営 男性 62歳) そもそも独立国である日本に外国の軍隊が常駐しているのは不自然ではないか。日米安保条約第6条に極東の安全維持のため、米国は日本国内に基地を置ける旨が書いてある。 極東情勢を脅かす要因といえば北朝鮮が思い浮かぶ。しかし北朝鮮の脅威に対して米軍が必要なのかは疑問である。北朝鮮の暴走を阻むため国際社会が懸命に外交努力をしている。中国は米国といまや緊密な関係にある。となればいま日本に米軍が駐留する必要性は、少なくとも日本側にはないのではないか。 第10条には、条約締結から10年後は、終了の意思を通告すれば1年後には一方的に破棄できる旨が書かれている。50年経てば国際情勢も変わる。日本が米軍の駐留を容認する安保条約を根本から見直し、時代に合った新しい条約を新たに結ぶ。そのための議論を政府は国民に問う必要があるのではないか。
<安原の感想> 日米安保条約の「一方的破棄」を 沖縄の米軍基地問題を含めて日米安保体制のあり方を吟味するためには、日米安保条約(1960年改定)をしっかり読んでみることが先決である。投書が指摘する通り、第10条に「条約締結から10年後は条約終了の意思を相手国に通告すれば、1年後には条約は終了する」とある。つまり1970年以降、いつでもこの破棄条項を活用できる。問われるのは、中長期的展望の下にそれを実行する日本国民の意思であり、気概である。
▽ 読者の「声」(5) ― 「普天間」にみる民意の成熟
*5月3日付=「普天間」にみる民意の成熟 (埼玉県富士見市 無職 男性 62歳) 米軍・普天間基地の移設問題で鳩山内閣の迷走ぶりが目立つ。だがその背景には、鹿児島県徳之島での移設反対大集会や、9万人が参加した沖縄県民大会などで示された「基地はいらない」との民意が存在することはいうまでもない。 このような民意は、イラクやアフガニスタンで罪もない市民が数多く犠牲になる戦争の悲惨さを我々が知るからだけではない。戦争放棄を定めた憲法9条の存在が、憲法施行から63年の間に「戦争は否定するべきもの」との意識を育んできたからではないか。 普天間問題で「日米同盟関係を優先せよ」との主張に多くの人々が屈することなく、自らの意思や主張によって、政治の現実を確信し、行動できるのも、国民主権を原理とする現憲法の力にほかならない。
<安原の感想> 憲法9条と国民主権に基づく行動力 とかく平和憲法の理念を邪魔者扱いするのが日米軍事同盟推進派である。しかしお気の毒だが、彼らは日本国民の民意とはかけ離れている。最近の民意は、「米軍基地はいらない」である。そういう民意は平和憲法の理念をしっかり踏みしめている。一つは憲法9条(戦争放棄、非武装、交戦権の否認)であり、もう一つは国民主権、すなわち国民が主人公という自覚に立つ行動力である。
▽ 投書とは対照的な「日米同盟維持」の朝日新聞社説
ここでは最近の朝日新聞社説(5月14日付)を紹介し、上記の読者からの投書に比べて対照的な「日米同盟維持」の主張になっていることを指摘したい。 同社説の主見出しは、「普天間移設問題 仕切り直すしかあるまい」で、以下、文中の小見出し(*印)とともに社説の骨子を紹介する。
*首脳外交が機能不全 今回の朝日新聞の世論調査では、県民の53%が県外移設に賛成と答えた。昨年は38%にとどまっていたから、民意は大きく変化した。 県内への基地集中と過重な負担が、政権交代でやっと改善されるのではと期待したのに、裏切られようとしている。その失望と怒りが、最近は「沖縄差別」という言葉となって噴き出してもいる。 基地を提供する地元の理解なしに、日米同盟を安定的に維持していくことができるはずはない。その意味で県民を逆なでする結果を招いた首相の取り運びのまずさは何とも罪深い。 この間、日米間の首脳外交の機能不全も目を覆うばかりであった。
*安保の根本の議論を 首相は今後、安保とその負担のあり方を大局的な見地から議論し直すべきである。 日米両国にとって、この地域での脅威は何なのか。それにどう対処すべきか。そのなかで、米海兵隊はどのような機能を果たすのか。 東アジアの安定装置として日米同盟の機能は大きい。在日米軍の存在は必要だ。だが海兵隊はずっと沖縄にいなければその機能を発揮できないのか。 そうした日米安保の根本を見据えた議論を日米政府間で、また日本全体を巻き込んで起こすことが不可欠ではないか。それ抜きに、安保の負担の分かち合いという困難な方程式の解にたどりつくことはできないだろう。
*米国も一層の理解を 米国にも一層の理解を求めたい。 米国がグローバルパワーたりえているのは、太平洋からインド洋までをカバーする在日米軍基地があってのことだ。オバマ大統領が日米関係を米国の「要石」と語った通りだ。 日米安保の安定的な運用には、米国にも責任がある。米国政府も柔軟な発想で、日本政府とともに真剣に沖縄の負担軽減を探ってほしい。
▽ 朝日新聞もついに墜ちたか
朝日社説を読みながら、違和感を感じて、素通りできない表現にいくつか出会った。それは以下のような表現であり、認識である。 ・「基地を提供する地元の理解なしに、日米同盟を安定的に維持していくことができるはずはない」 ここでは「日米同盟を安定的に維持していくこと」に主眼があると読める。 ・「東アジアの安定装置として日米同盟の機能は大きい」 ・「在日米軍の存在は必要だ」 ・「日米安保の安定的な運用には、米国にも責任がある」 ここでも「日米安保の安定的な運用」を前提として、そのための米国の責任に言及している。
一方、社説に次のような指摘もある。 ・「日米安保の根本を見据えた議論を日米政府間で、また日本全体を巻き込んで起こすことが不可欠ではないか。それ抜きに、安保の負担の分かち合いという困難な方程式の解にたどりつくことはできないだろう」 この指摘のうち「日米安保の根本を見据えた議論を」は、日米安保体制の是非を根本から問い直す提案のようにも読めるが、本意はそうではない。後段に出てくる「安保の負担の分かち合い」のための議論であり、あくまでも日米安保体制の維持、運用が前提となっている。
以上のように読み解くと、この社説と読者投書「声」との隔たりがいかにも大きい。大づかみに言えば、社説は日米同盟維持・推進派の主張であり、読者の投書は日米同盟批判ないしは破棄に力点が置かれている。同じ新聞がこのような質的に異なる二つの意見、主張を掲載するのは何を意味するのか。 多様な意見を尊重する朝日新聞流のバランス感覚ともいえるが、本音はそうではないだろう。主体はあくまで社説にあり、投書は外部の意見であり、アクセサリー(お飾り)ともいえる。しかし私(安原)の印象ではアクセサリーの方が立派で、堂々としている。時代への認識力も優れている。 これに比べると、朝日社説は権力に接近している姿勢であり、これでは朝日新聞もついに日本版「軍産官学情報複合体」のメディア宣伝班に墜(お)ちたのか、という印象が拭えない。このままではやがてその歴史的責任を問われるときが来るのではないか。釈迦に説法だが、ジャーナリズムの原点は「権力批判」であることを改めて胸に刻みたい。
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