特定秘密保護法案(10月25日の東京新聞発表によるバージョン。審議で多少文言が変わっている可能性あり)をもう一度、読んでみる。
http://www.tokyo-np.co.jp/feature/himitsuhogo/zenbun.html ごく大雑把に言えば以下の骨子である。
①行政機関の長が秘密を特定する。(衆院の審議で秘密指定期間の上限は60年に改定されたらしい) ②特定秘密を取り扱う者の思想身上調査を行い、適すると思う人物のみが特定秘密を扱う。 ③特定秘密を漏洩した場合は処罰する。特定秘密を不当な形で入手し、公開した者も処罰される。未遂も処罰する。
メディアとの関係、国民の知る権利との関係で言えば以下の文言が盛り込まれている。
(この法律の解釈適用) 第二十一条 この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず、国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない。 2 出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。
「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」とある。さらに「法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする」。 一応、報道には配慮する、と書かれているが、ここで「法令違反」または「著しく不当な方法」が何を指すのか曖昧であることが大きな問題になっている。別の条文に書かれているのだが、特に「特定秘密保護法案」が想定する、「特定有害活動」や「テロリズム」の定義が非常に広範になっており、テロリズムの定義に思想犯(「政治上その他の主義主張」を「強要」)が解釈によっては射程に含まれていることもその理由の1つである。どんな記事でも「政治上その他の主義主張」を強要する行為と解釈されればテロリズムと解釈され得る。だから報道内容が「著しく不当な方法」または「法令違反」とされる可能性がある。これは非常に驚くべきことである。どんな内容でも「テロ」と恣意的に解釈されうる意味で、表現の自由が、一夜にして奪われてしまう可能性がある。普通、「政治上その他の主義主張」をする行為だけなら、それはテロではありえない、と考えられるが自民党の石破幹事長がデモをテロとほぼ同一視したあの発言で、それもあながちありえない話ではない、ということを国民が知ることになった。しかも、神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏がブログで指摘しているように「強要」というのも解釈一つである。表現者は「説得」と考えたとしても、当局が「強要」と判断すれば違法になってしまう。判断するのは当局であって表現者ではないからだ。 「法令違反」もしくは「著しく不当な方法」の取材と判断された場合、特定秘密の管理者を欺いたと解釈されれば、10月25日付の東京新聞記事を読む限りでは、「10年以下の懲役」と書かれている。5年以下ではない。 また、「出版または報道」がブログなどのネット媒体や市民の自主印刷物などの場合は該当するのか、しないのか、という議論が行われてきた。マスメディアが「特定秘密保護法案」の報道で腰が重く、ブロガーやネット媒体、ツイッターの方が比較的真剣に報じた理由の1つも、ここに関係しているかもしれない。先述の通り、「テロ」と解釈されれば仮に懲役刑をまぬがれてもブログやウェブサイトが当局の判断一つで閉鎖を強いられる可能性がある。実際米国では当局の指示により、相当のブログが閉鎖を強いられたと聞く。
そして法案によると、特定秘密を管理する者の「適正評価」は以下の文言である。つまり思想・身上の調査の基準である。
2 適性評価は、適性評価の対象となる者(以下「評価対象者」という。)について、次に掲げる事項についての調査を行い、その結果に基づき実施するものとする。
一 特定有害活動(公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう。別表第三号において同じ。) 及びテロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。同表第四号において同じ。)との関係に関する事項 (評価対象者の家族(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下この号において同じ。)、父母、子及び兄弟姉妹並びにこれらの者以外の配偶者の父母及び子をいう。以下この号において同じ。)及び同居人(家族を除く。)の氏名、生年月日、国籍(過去に有していた国籍を含む。)及び住所を含む。)
条文は続くのだが、ここまで読むと、先述の通り、テロリズムの解釈(「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し」)が常識を大幅に逸脱していることがわかる。森まさこ担当大臣が答弁で「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。」という文言における「又は」は「かつ」だという意味だと説明をしたらしいが、これも内田樹氏が指摘しているように、文章を読む限り、日本語としてそう受け取ることは不可能である。殺傷や施設の破壊と無縁の表現者であっても、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し」が独り歩きして、テロリストに認定される余地を残している。担当大臣が今、どのような答弁を国会でしようと、法の執行は将来の当局者の解釈によるからだ。重要なのは森まさこ氏がどんな答弁をしたかではなく、条文に何が書かれているかなのである。これはあの1973年9月11日にピノチェット将軍によって行われたチリのクーデターを思い出させる条文である。
また防衛に関して特定された情報の漏洩も「特定有害活動」とされ、それに関する報道が一切できなくなると考えられる。とくに文言に「核兵器」と書かれているのは将来核兵器開発に防衛省が着手したとしても、その情報に一般市民もメディアもタッチできないことになる。核兵器が開発されるという情報を国民に知らせることは「有害活動」なのだろうか。
以下は処罰規定である。未遂も罰するとされる。また、公務員と酒を飲みながら記者が情報を得る行為についても、「欺いた」ということで、処罰される可能性が高い。つまり、「著しく不当な方法」と解釈されるだろう。未遂も処罰されるのであるから、報道関係者も市民も、特定秘密管理者に近づくことがリスクを伴う行為になる。しかも、特定秘密が何かも一般市民も報道陣も知りえない。
第七章 罰則 第二十二条 特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密を漏らしたときは、十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金に処する。特定秘密の取扱いの業務に従事しなくなった後においても、同様とする。 2 第四条第三項後段、第九条又は第十条の規定により提供された特定秘密について、当該提供の目的である業務により当該特定秘密を知得した者がこれを漏らしたときは、五年以下の懲役に処し、又は情状により五年以下の懲役及び五百万円以下の罰金に処する。同条第一項第一号ロに規定する場合において提示された特定秘密について、当該特定秘密の提示を受けた者がこれを漏らしたときも、同様とする。 3 前二項の罪の未遂は、罰する。
第二十三条 人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得した者は、十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金に処する。 2 前項の罪の未遂は、罰する。
「特定秘密保護法案」には細かい文言が続くが、以上は議論になった箇所を筆者の記憶に基づいて拾ったものである。しかし、問題は条文に書かれていることだけではなく、書かれていない事の方が大きい。つまり、スノーデン氏のケースのように、国民の公益のために内部告発をした場合の保護規定がないことである。また、外交や防衛、スパイ対策、テロ対策などの幅広い分野で特定秘密が指定されると、環境問題や核兵器の問題など国民の生命や安全に関する情報に主権者である国民がタッチできないという大きな問題をはらんでいる。これは2011年3月11日の東日本大震災の際、福島第一原発事故で多大な被害を被った福島の人々への裏切りであろう。実際、福島で行われた公聴会で全員から出された反対意見をまったく考慮しなかった。 安倍政権は原子力発電推進の立場なのだから、原発事故は将来も起こり得る。その場合、福島以外の人々も情報から隔離される可能性が高い。東日本大震災の直後、毎日、真実がどこにあるのか、真実が知りたい一心で国民がテレビ・新聞を真剣に見守った日々を今一度思い出したいものである。「特定秘密保護法案」はそうした国民の切望を冷たく突き放すものである。
さらに、特定秘密の指定内容が適正かどうか、過剰に多くなっていないかどうかをチェックする独立した外部機関を設置しなくてはならないという条文もない。つまり、外部によるチェックが何一つ法案の条文にないことが大きな問題なのである。そして米国のような情報公開の原則もない。つまり行政官は情報を隠匿することにより、その行為が国民の審判から免れうることになる。 そんな中で国民の知る権利を奪う意味で、あるいは思想良心の自由を奪う意味で日本国憲法に違反すると思われるこの法案が今日にも可決される可能性が高い。
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