民主党政権下で消費税引き上げ論が再燃してきたが、これには異議を唱えたい。引き上げ推進派は、財政赤字の是正には「歳出削減だけでは間に合わない」などの理由を挙げている。一見もっともらしい言い分のようだが、肝心なことは、消費税引き上げによる税収増が一体何に使われるのかである。有り体にいえば、自民・公明政権時代から続いている財政上の聖域、すなわち資産家・大企業優遇の不公平税制と平和に背を向ける軍事費の温存につながるほかないだろう。 民主党政権はこの聖域の打破に取り組んで、新たな財源を捻出する必要がある。これを怠り、やがて「消費税引き上げもやむなし」に転換するようであれば、民主党の支持率回復は期待しがたいだろう。
▽消費税引き上げをめぐる批判派と推進派の意見
消費税引き上げに関する賛否の両論を新聞記事から以下に紹介する。 *批判派=「疲弊した庶民に過酷 消費税増税に怒り」という見出しの投書(東京都西東京市 無職 73歳=朝日新聞・2月25日付東京版の「声」欄に掲載)
菅直人財務相が一石投じた消費税論議だが、増税が社会保障財源の決め手であるかのような意見もあり、それを熱心に唱えている新聞もある。しかし財源不足の原因を考えることが先ではないか。 高齢化による社会保障費の増大もさることながら、強まる構造改革によって広がった国民各層の疲弊こそが最大の原因と考えられる。国民からの税収・社会保険料が増えない、あるいは低下さえしているのだ。一方で、大幅な利益を上げた一部の大企業が利益に見合う税金を納めていない。大企業と高額所得者・大資産家への税制上の優遇は目に余るものがある。 消費税はあらゆるものに課せられ、疲弊した国民にこれほど過酷なものはない。景気回復を待って増税するにしても、国民の可処分所得をよほど増大させない限り、再び景気後退に見舞われることは明らかだ。消費税増税こそが財源問題の 切り札という考えはあまりに現実離れしている。
*推進派=「消費税増税の決断実行を」という主張(東大教授 伊藤隆敏=毎日新聞・2月25日付コラム「経済観測」に「ギリシャ化する日本」と題して掲載)
国債、財政についてギリシャと日本の違いを述べた後、次のように指摘している。 (日本の)財政赤字の規模を考えると、歳出削減だけでは間に合わない。増税が必要だ。しかし増税は経済活動を委縮(いしゅく)させ税収を減少させる。効率的増税となる税の種類とタイミングの選択が重要だ。つまり消費税率の引き上げしかない。待てば待つほど増税幅は大きくなる。人口が減少していくので、次世代の一人当たり政府債務(09年度で780万円)は加速度的に高くなる。 増税法案が否決される、あるいは増税したものの経済が大不況に陥れば、その時点で国債を買う人はいなくなる。資本逃避、人材流出で国家は崩壊する。そうならないためには、消費税増税を決断実行する必要がある。
以上、紹介した批判派の意見は、国民良識派の声といえるだろう。これに対し、後者の推進派の主張は、現代経済学者にみられる代表的な言い分といっていい。このどちらに賛成するかで、その人の立場が明確になってくる。どちらでも構わないなどと暢気(のんき)なことを言っているときではない。夏の参院選ではこの消費税上げをめぐる是非が大きな争点にもなるのではないか。私(安原)は前者の批判派の立場に与(くみ)したい。これまでもそうだったし、これからもそうでありたい。
▽ 今はムダの削減を先行させるとき
上述の消費税引き上げ論は、その理由として大まかにいえば、3つ挙げている。 その一つは、「歳出削減だけでは間に合わないから」である。 やがてそういう事態に直面するときも遠からずやってくるだろう。しかし今の時点で「だから増税を」というのは適切ではない。 ムダな歳出を徹底的に洗い出すことがまず先決であり、それが不十分な現状で、増税論を持ち出すのは、ムダの洗い直しに不満な抵抗勢力の使い古した手口である。ダム、高速道、地方空港など様々な公共事業を食い物にする既得権益派にいつまでも「甘い汁」を貢ぐ必要はない。当面の課題はムダの削減である。
次に「効率的増税としての消費税引き上げ」である。 消費税はいったん導入すれば、たしかに徴税側にとっては効率的なのであろう。徴税コストも抑制的であるのかも知れない。しかしこのことは納税者からみれば、否応なく徴税されるという感覚で、それを「効率的」という名目で正当化されるのではたまらない。現代経済学者は徴税する側の感覚なのかも知れないが、これではテレビドラマ「水戸黄門」に登場する江戸時代の悪代官とダブって見えてくる印象が残る。
さらに「資本逃避、人材流出で国家は崩壊する」を挙げている。 だから増税を、という主張は矛盾していないか。かつて北欧諸国で人材流出が話題になったことがある。流出の理由は「高い税金」であった。だから有能な高額所得者が税負担の低い国外へ脱出を試みるという事情があった。 しかし今では「資本逃避、人材流出」は経済のグローバル化の下で日常茶飯事となっている。トヨタ(豊田章男社長)のリコール問題にからむ米議会公聴会のニュースが世界中を駆けめぐっているが、トヨタの欧米への資本進出も言い方を変えれば、日本から国外への「資本逃避」ではないか。資本の「国外脱走」ともいえる。なぜなら国内の雇用増につながらないからである。一方、日本が嫌いで、海外へ利を求める「人材」諸君には「どうぞ」と言うほかないだろう。 「国家は崩壊する」という表現もいささか大仰にすぎるが、有り体にいえば、自民・公明政権時代こそが国民大衆の安心・生活を蔑(ないがし)ろにして、国家(政府)としての本来の役割を放棄していたとはいえないか。それをどう再生させるかが民主党政権の大きな課題である。民主党政権にも弱点は少なくないが、前政権よりはまし、と認識してしばらくは見守りたい。
▽ 日米軍事同盟に軍資金を送るのはお人好し
政府予算の財源が足りないから、その穴埋めのためには消費税引き上げしかない、というのが引き上げ派の言い分である。消費税を1%引き上げれば、自動的に約2.5兆円の増税・増収となるのだから、徴税側にとっては笑いが止まらない、いわゆる安定財源である。これに対し納税する消費者はどうか。所得に対し税金を納める所得税と違って、消費税は、仮に失業していて、所得がなくても、消費する限り消費税は例外なく負担せざるを得ない、いわば大衆課税である。食べ物などモノを消費しない限り、人間は生きてゆけないからである。しかも所得の低い人ほど負担感の重い不公平税である。
重要な点は、こうして集められた巨額の税金が何に使われるのか、である。消費税を導入(89年4月、税率は3%)したときの政府側の言い分は高齢社会に備えて社会保障費の充実に回す、であったが、現実には特に小泉政権時代に顕著だったように社会保障費は抑制された。では一体何に使ったのか。その一つはダムなど無駄な公共事業であり、もう一つは軍事費(年間防衛費は約5兆円)である。 ここでは特に日米軍事同盟下の軍事費に注目したい。具体的には以下のような柱を中心に、その必要費用は数兆円にも及ぶと推計される。 ・特に北朝鮮を敵視して進めている弾道ミサイル防衛(BMD)システムの日米共同開発と整備 ・米軍のアフガニスタン、イラクへの侵攻に伴う「人道支援」という名目の自衛隊派兵 ・沖縄における米海兵隊普天間基地の移設に象徴される在日米軍再編 ― など
これらの事情を考えると、消費税の大半は日米軍事同盟の軍資金に化けていると読み解くこともできよう。日米軍事同盟が持続される限り、消費税引き上げは、さらなる軍資金の補給という性格を帯びてくるのであり、そういう軍資金は無用に願いたい。この仕掛けを察知しないで、消費税引き上げ論を唱えるのは、いささかお人好しとはいえないか。逆に承知のうえでのこととすれば、その性根には感心できない。 日米軍事同盟と一体化した軍事費は本来、非経済的で、資金・資源の浪費を意味する。だから民主党政権としては事業仕分けの対象にすべき性質の予算だが、前自民・公明政権と同様に聖域視しており、採点すれば大幅減点というほかない。
▽ 軍隊を持たないコスタリカに注目するとき
日米など軍事強国と180度異質で、軍隊を持たず、新しい国造りに取り組んできた中米のコスタリカに注目したい。 1949年の憲法改正で軍隊を廃止したコスタリカは、最近ではわが国でもかなり知られる存在となっている。軍隊廃止の背景には前年48年の内戦で約2000人の同朋の犠牲者を出したこと、もう一つ、米軍の原爆投下による広島、長崎の惨劇から「平和こそいのち」という教訓を得たこと ― などが挙げられている。つまり軍事力を持っているからこそ対立抗争、戦争に走るのだ、と覚(さと)ったのである。たしかに軍隊がなければ戦争はできない。またコスタリカ人たちは軍隊を持たないからこそ、外国から攻められる危険もないと確信している。 軍隊廃止の利点は、軍隊廃止で浮いた財政資金を自然環境の保全、平和・人権重視の教育、医療・福祉の充実などに回して、国民生活の質的改善に充てていることである。私がコスタリカを訪ねたのは、米軍によるイラク攻撃開始(2003年3月20日)の2か月ほど前で、人々は街中で胸を張って堂々と歩いているのが印象に残った。
一方、肝心のわが日本は平和憲法(1947年5月施行)9条で「戦争放棄、非武装、交戦権の否認」を折角うたいながら、コスタリカとは逆に再軍備へと方向転換した。今や日米軍事同盟下で日米共同の軍事演習が日常化するほどの強大な軍事力を保有し、米国と並んで生活の質が悪化し、貧困大国に転落している。コスタリカとは対照的に下を向いて足どりも重く歩いている人々の群がいかに目立つことか。
平和憲法9条の本来の理念を生かして、日本が非武装国家に転換すれば、当面の財源に不足することはない。半世紀以上も昔の60年前にはコスタリカが日本に学んだのだ。そのコスタリカに今度は日本が学ぶ番ではないか。
▽ 高負担の福祉国家、「スウェーデンの秘密」に学ぶこと
わが国では福祉など社会保障を充実させるためには、消費税引き上げは不可欠という考えが根強い。社会保障を重視している北欧諸国をみよ、というわけである。例えばスウェーデンの場合、消費税導入時の4.2%から始まって現在25%という高率である。 しかしここで重視する必要があるのは、スウェーデンと日本とでは国や財政のあり方が根本的に異質であることだ。この点を無視して、高率消費税だけを借用しようとするのは、悪質なつまみ食いの類というべきである。
問題はスウェーデンではなぜ高率消費税が国民に受け容れられているのか、である。結論を先に言えば、高率消費税は国民からみれば「政府への貯蓄」に等しい。つまり国民にとっては自らの生活充実のために還元される資金である。そこに「高負担の福祉国家、スウェーデン」が国民の支持を得て成り立っている秘密がある。 一方、日本の場合はどうか。政府への信頼度が低いから、「日常生活」の万一の事態に備えて自分の責任で貯蓄をせざるを得ない状況に置かれてきた。昨今はその貯蓄もままならないほど失業、貧困が広がっている。高齢の年金生活者も増えている。高い消費税を召し上げられることになれば、反政府感情が日本列島上に高まってくるとしても当然のことといえよう。
さて日本とスウェーデンの税社会保険料、社会保障給付費などを比較してみよう。 税社会保険料負担26.4/50.4 教育費公的負担・・・3.4/6.2 社会保障給付費・・18.6/31.9 (内訳) 医療・・・・・・・・6.2/7.1 年金・・・・・・・・9.2/10.4 その他・・・・・・・3.3/14.4 (単位:%、GDP=国内総生産=比、数字は左側が日本、右側がスウェーデン)
スウェーデンは日本に比べ負担も高いが、社会保障給付費や教育費公的負担も高い。たしかに高負担高福祉となっている。見逃せないのは高負担でありながらスウェーデンはなぜ元気なのか、つぎの4点を挙げることができる。 �〇唆塙渋ぁΩ柩儿渋い涼椴賄�変動 ��家庭からの女性の解放政策の推進に伴う出生率の上昇 �J〇禮餡汎値�の高度の所得再配分機能による、市場経済下の格差拡大の是正 �ち換颪砲錣燭螳貭蠅諒〇秧綵爐魍諒櫃垢襪箸いκ〇禮餡箸箸靴討療�然の政策に伴い、国と地方あるいは都市と農村などの経済力格差拡大の是正 ここでは�〇唆塙渋ぁΩ柩儿渋い涼椴賄�変動に限って日本とどう異なるかを紹介する。
上記の社会保障給付費のうちの「その他」は介護や児童保育などの福祉サービス、職業訓練などの再チャレンジ関係の支出が主なもので、日本に比べ4倍以上の手厚さとなっている。このことが雇用構造に大変化をもたらした。 高福祉国家への転換政策が始まった直後の1965年とそれから35年後の2000年を比較すると、製造業と農林水産業の就業者比率は大幅低下(製造業30%から19%へ、農林水産業12%から2%へ)し、一方、公共部門が倍増以上(15%から32%へ)の伸びを見せている。民間サービス業も若干の増加(43%から47%へ)となっている。 就業者実数をみると、民間就業者は30万人減少したのに対し、公共部門は70万人増加し、差し引き40万人の雇用増となった。公共部門での就業者増はコミューン(市町村)での増大によるもので、この分野のほとんどは教師、介護士、保育士たちで、コミューン就業者の4分の3は女性である。(なおスウェーデンの総人口は約900万人) このように教育、福祉サービスの充実に熱心であるところが、日本との違いといえる。
〈ご参考〉上述の「スウェーデンの秘密」は、ブログ「安原和雄の仏教経済塾」に09年2月9日掲載の記事「高負担福祉国家がなぜ元気なのか 変革モデル、スウェーデンの秘密」の一部再録(要旨)です。
▽ 聖域 ― 不公平税制と軍事費 ― をなくせば財源は十分
財源問題を含めて財政のあり方を考える場合、望ましい税制はいかにあるべきかは避けて通れないテーマである。政府税制調査会は2月24日、税制抜本改革の議論を開始し、所得税、法人税、消費税のほか環境税まで幅広く論議をすすめると伝えられる。 まず指摘したいのは、民主党政権は先の衆院選マニフェスト(政権公約)で「消費税は4年間引き上げない」とうたっていることである。この公約は守らなければならない。 次の問題は所得税、法人税をどうするかである。重要な視点は「税制による所得分配機能の回復」であり、「応能負担の原則」(能力に応じた負担)を実現することである。所得税は70%だった最高税率が今では40%まで引き下げられている。証券優遇税制(株式譲渡益や配当への優遇)も見逃せない。税率は欧米諸国に比べて格段に低い。これではいわゆる金持ち優遇が顕著といえる。一方、法人税引き下げによる大企業中心の実質優遇措置も進んできた。
不公平な税制と軍事費が前政権では聖域とでもいうべき分野として扱われてきた。「変化」を求めたはずの民主党政権も同様に聖域視しているといわざるを得ない。しかし聖域に固執するのでは折角の事業仕分けが泣くだろう。「応能負担の原則」を生かして税負担の格差を是正することが緊急の課題である。その上、軍事費の大幅削減に取り組むことによって、聖域をなくせば、財源は十分に捻出できるだろう。 以上のような視点に背を向けて、大衆課税の典型である消費税引き上げに走ることは、不公平な税制と軍事費という二つの聖域を温存することにつながる。これは道理に合わないし、容認できない。民主党政権の支持率浮上も期待できないだろう。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/
|