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2013年02月21日12時46分掲載
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文化
【核を詠う】(90)『現代万葉集 2012年版』(日本歌人クラブ編)から原発短歌を読む(2) 山崎芳彦
前回に引き続いて、日本歌人クラブ編『現代万葉集2012年版』に収録された作品から、原発にかかわる短歌を読んでいくが、本連載でこれまでに読んできた作品も含めて、3・11の福島原発事故以前から原発の危険な実態に着目して詠い続けた歌人が少くない作品をさまざまな形で発表してきたこと、そして3・11以後福島、東北に限らない全国で原発にかかわる作品が詠われていることに、短歌文学のもつ優れた、貴重な意義を、改めて痛感する。
この国の歌人は、あの広島、長崎の原爆体験についても、きわめて多くの、優れた作品を詠ったが、まことに不幸な体験、詠わないですむ歴史こそが求められるのだが、実際に遭遇した耐えがたいほどの苦難のなかで、歴史に残る、未来に告げる作品を実らせてきた、そして今も生み出していることは、短歌文学の役割を果たしていることだと思う。 今、この時代に歌人が原発から目をそむけ、関心を持たないとしたら、短歌文学の衰退につながったことだろう。
◇岡井隆氏の原発についての言説◇ このようなことを考えながら、筆者は先に読んだ角川『短歌年鑑 平成25年版』の特集「震災・原発と短歌」の中のひとつの論考である、岡井隆氏の「ぼくのほうからの提案」という評論に、強い違和感を持ったことを改めて考えている。少し触れておきたい。今回読む作品の最初が岡井氏の歌であることも、筆者を刺激した。(「原発はむしろ被害者、ではないか小さな声で弁護してみた」 岡井隆)
岡井氏の論考は、いかにも氏らしいといってよいのか、話し言葉で書かれているのだが、 「短歌年鑑に久しぶりに、歌についての感想書くんだけど、<震災・原発と短歌>といふテーマでは本当いふと気がすすまないなあ。」 というのだから、読むほうも「気がすすまないなあ。気がすすまないんなら書かなければいいんじゃないの、岡井さん。」といいたくもなるのだが、この連載でかつて(43回)、岡井氏が原発事故の後に日本経済新聞に発表した「大震災後に一歌人の思ったこと」(2011年4月11日朝刊)について触れて批判的な感想を述べたこともあるので、読んだ。岡井氏は、その日経新聞に書いた文章を2011年12月に刊行した、自伝的な内容の『わが告白』(新潮社刊)に全文に収録し、さらに他の媒体にも再録している。
『短歌年鑑』の「ぼくのほうからの提案」のなかで、「大震災後に一歌人の思ったこと」のなかの氏の原発擁護の作品や言説について、 「大震災大津波の後あまりに近かつたのでうろたへて原発擁護に立つたので、あの後の状況の変化で考へも変つたんでは? なんて思ふ人があるとしたら(笑ひながら言ふが)馬鹿にしちやあいけない。何十年つて評論を書いて来てゐる。・・・その後・・・冷静に原子力発電あるいは人類の原子核エネルギー開放の科学上の快挙を肯定する人が(マス・メディアの大勢<たいせい>に反してでも)語りだしてゐます。つまり、科学技術の進歩についての信仰告白なのです。」 と述べ、福島第一原発の壊滅的事故による被災者苦難や、災害の深刻さ、ますます明らかになってきた全国の原発の安全性に対する根拠のある不信と不安、使用済核燃料や廃棄物の処理の方法がないことによる将来への危険のつけ回しなどが明らかになっても、岡井氏の原発、科学技術進歩信仰に揺らぎがないことを誇るように述べている。氏の原発観は、社会の、多くの人びとが原発事故によって耐えがたい苦難を受け、将来不安を強めている現実があっても、 「『亡ぶなら核のもとにてわれ死なむ人智はそこに暗くこごれば』というのはわたしの旧作だが、わたしたちは原子核エネルギーを受け入れそれとうまく付き合っていくほかない道を、すでに選んでしまっている。原発は、人為的な事故をおこしたわけではなく、天災によって破壊されのたうちまわっているのである。原発事故などといって、まるで誰かの故みたいに魔女扱いするのは止めるべきではないか。これはあくまでしょうすういけんであろうから、『小声』でいうのである。原子核エネルギーとのつき合いは、たしかに疲れる。しかしそれは人類の『運命』であり、それに耐えれば、この先に明るい光も生まれると信じたいのだ。」(『わが告白』より) との考え、信仰は変らないと言うのである。 「わたくしたちは」とは誰なのか、少数意見といいながら人々をひとくくりにして論じられてはたまらない。
「ぼくのほうからの提案」で岡井氏は、とてつもないことを言う。 「歌の世界のことでいへば、原発論議は小さな話で大ていの歌人はその件に興味をもつてないでせう。東北に住んで直接生活に影響をうけてゐる歌人を除けば、大テーマではありません。」 と言うのである。岡井氏は「歌人」というとき、なにか特別の基準を持っているのだろうか。いささか、どころか大いに、詠う人々を見おろして物言う暴論ではないだろうか。「原発の是非は、当方に電気が来るかどうかといふ点では大問題だ。」などともいう。 「ほくの方からの提案」と言うのは、実は�_里噺渋綮蹇△△襪い聾渋綰亢腓呂匹Δ靴討海鵑覆砲呂覆譴討靴泙弔燭里�。��現代仮名づかひと、歴史仮名づかひを、歴史仮名づかひの方へ統一すべきである。・・・という氏にとっての大テーマを論じる場に転換してしまい、やはり、「気がすすまない」震災・原発と短歌という特集テーマからは離れた、異様な文章になっている。
岡井氏が、現代短歌の代表的存在であるかのように評する歌壇の風潮があるようだが、原発、原子核エネルギー問題が深く人間存在にかかわることであることを考えると、氏は「少数派」といいながら結果的には原発を守り、推進し、輸出までしようとしている権力と同じ立場での言説を、独特の韜晦的な曲がりくねった文体で述べているのであった。氏の著『わが告白』の帯に「八十三歳、歌会始選者・宮内庁御用掛の大胆なる『私小説』への挑戦」と謳われていることは、この際関係がないが、岡井氏の立ち位置の一側面であるのかとも思えるので、あえて記しておきたい。
『現代万葉集』の「東日本大震災」の項には、原発にかかわって詠われた全国的な広がりの歌人の作品が多く収録されている。
◇東日本大震災� � ▼原発はむしろ被害者、ではないか小さな声で弁護してみた (三月十八日 <金>) 1首 岡井 隆(東京)
▼まだ恋も知らぬわが子と思うとき「直ちには」とは意味なき言葉
ゆきずりの人に貰いしゆでたまご子よ忘れるなそのゆでたまご
子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え 3首 俵 万智(沖縄)
発災のさなかの映像駅に見るさながら日本壊滅のさま 1首 秋葉四郎(千葉)
▼パイプ椅子冬日に光り講演は原発汚染の果てなきを言ふ
廃絶を唱へて四十余年とふ無念の言葉低く鋭し
「安全」を信じたる責自覚せぬ大人の多し吾(あ)もその一人 3首 秋山かね子(山梨)
▼沢の水呑むなと云へり安達太良山(あたたら)の雪にセシウム降り積むゆゑに 1首 秋山佐和子(東京)
▼僧さへも防護服に慰霊祭警戒区域の魔界の画像 1首 浅野由美子(愛知)
▼おくるみにすっぽり包まれ帰りゆく赤子にセシウムの害なくてあれ 1首 有賀智枝子(福島)
▼重篤な患者の容態聴くごとく原子炉建屋の荒廃を見る
被爆国日本が吐きし放射能すでに六三万テラベクレル
「万テラ」は0が十六並ぶ桁 空へ海へと放射能散る 3首 安楽嘉子(千葉)
▼浪江町駅前通り人影なく荒れ果てし街に信号灯る 1首 飯野不二麿(栃木)
▼原発の風評被害に泣かされる福島県の農業漁業
東電の社員の誇り今失せり原発事故に息子は元気か 2首 五十嵐智子(福島)
▼一品また一品と菜(さい)を作りつつ心疼きてつかふ電力 1首 池田邦子(神奈川)
▼福島の媼(おみな)のくれし桃の味忘れられずも夜汽車の旅の 1首 石川安子(沖縄)
▼ふるさとにある原発の原子炉が事故爆発し制御振り切る
ふるさとの海山死して懐かしやランプの火屋(ほや)を磨きし母ら
幼き日ちち戦死させ今にまた原発事故でふるさと失くす 3首 泉洋一郎(栃木)
▼「汚染雨」と知れば言葉を失ふに濡れて彩(いろ)増す紫陽花の青
眼に見ゆる核と思ひぬ汚染土壌を詰め込みたりし砂袋の山
汚染なきキヌヒカリとぞ添へ書きの付箋付きなる新米届く 3首 伊田登美子(神奈川)
▼一時帰宅に配布のビニール袋持つ福島原発周辺住民
二時間でビニール袋に入れるものわが大切なものを考う
七〇センチ四方の袋に入れ来たる位牌アルバム過去へと繋ぐ 3首 井谷みさを(和歌山)
▼メルト・ダウン?これは何事東電の幹部たんたんと顔色も変えぬ 1首 伊藤澄子(神奈川)
▼アメリカの傘のうちなるニッポンのわが家の暮らしも原発傘下
原発十基据ゑにし過疎の町々は天領なるかや電気を貢ぐ 2首 伊藤正幸(福島)
たたなずく安全神話崩れたり人災なれば神のたまわず 1首 稲垣道子(愛知)
▼迸るシャワーの水勢肩に受けひと日の汚染を思ひきり流す 1首 稲村恒次(千葉)
▼現代に警報告ぐるかのごとし大震災も原発事故も
原発の事故の怖さはじわじわと放射能汚染にさらされること 2首 上木名慧子(千葉)
▼くじけるなと外つ国よりの声届くもちろんがんばるセシウムに負けず
夕食に供するサラダは福島産はうれん草とトマトとキャベツ 2首 上野貴子(神奈川)
▼汚れたる草に罪なし禁断の火を手にしたる科の深さよ 1首 臼井良夫(秋田)
▼大地震(なゐ)と原発機の事故重なりて被災地の人らの苦しみいかに
大地震 津波 原発被災地の人びと酷暑をいかに過ごさむ 2首 内田くら(東京)
▼風評は風より早く飛来して朝の茸は積まれしままに
芋を掘るかたはらに来て線量計地球の熱を拾いよみする
地震津波に放射能 この後に何が続くかわが子孫(こまご)達 3首 鵜木義信(栃木)
▼見のかぎり汚染田ならむ素枯れつつ泡立草の黄花群れ立つ 1首 遠藤たか子(福島)
▼放射能の拡散数値に恐れをり食物空気ベランダの風 1首 及川ひで子(宮城)
▼散水が空より建屋にそそがれし白き条線を恃みきあつく
くろぐろと沈む夕日のしづけさよ建屋の壁灼き溜り水灼き 2首 大朝暁子(北海道)
▼拒みたる人らも安全神話にて東電誘致せし四十年前
福島の十数万人余の避難者のあはれ人災と言ふべきならずや
かくまでに苛酷なる悲劇過去となる日のあるらんかわが生のうち 3首 大方澄子(福島)
▼生活のレベルと価値観の見直しを迫るがごとく災害ひろぐ
この星を支へるものは何ならむ 原子の恣意(しい)か原初の思惟(しい)か
豊かさとエコの暮らしを較べ見る 課題は重しわれ等・水星(みなぼし) 3首 大芝 貫(埼玉)
▼天罰といふ人のありぬくぬくと生きて来たれば吾も受けるや
祈りつつ見守るばかり最悪の事態の決して起こらぬやうに
短冊に幼の書きし願ひごと「おそとでげんきにあそびたいです」 3首 大島邦子(山梨)
次回も引き続いて『現代万葉集』から原発詠をよむ。
(つづく)
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