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2017年06月26日21時36分掲載
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【核を詠う】(236)『昭和萬葉集』から原子力詠を読む(1)「既に三日昏睡続く久保山さん死の予定稿となり時を待つのみ」 山崎芳彦
今回から『昭和萬葉集』(講談社刊、全20巻、別巻1)の巻九〜巻二十に収載の短歌作品の中から原子力詠を抄出・記録していきたい。『昭和萬葉集』の原子力詠については、この連載の5回目(2011年9月4日付)から数回にわたり巻七・八に数多く収載された、広島・長崎の原爆被爆にかかわる作品を読み、その時から『昭和萬葉集』全巻の原子力詠を読み・記録することを考えていたが、それから6年近くが過ぎてしまった。この間、原爆詠をはじめ、原発にかかわって詠われた作品を非力ながら可能なかぎり読み・記録してきたが、読むほどに、この国の短歌人が原子力に関わる短歌作品を、広島・長崎・ビキニの原水爆、福島原発事故、そして原子力発電の導入とその定着による原子力社会の現状についてどのように向かい合い作品化して来たかをたどるためにも、『昭和萬葉集』全巻(昭和元年〜昭和50年の短歌作品を年代別に採録)を読みたいと考えた。その中で、原子力と核の時代からの脱却について、改めて考え、学び、いま何をなすべきかを、筆者なりに考えたい。
今回は巻九(昭和25年〜26年)と巻十(昭和27年〜29年)の作品を読んでいくが、都合により巻十のうち一部は次回にまたがるが、巻十には「死の灰の恐怖」として、「第五福竜丸事件」、「食えないマグロ」、「死の灰」、「放射能雨」、「核兵器の恐怖」…の項立てで作品が収録されているのが目立つ。 巻九、巻十に収載されている作品群は、1950年〜1954年の時代の実相を詠っているが、米ソ対立、東西冷戦の頂点ともいえる時代であり、1950年には朝鮮戦争が始まり、その翌年にはサンフランシスコ講和条約が調印され、続いて日本の再軍備、原発の導入へと続いた時代でもあった。ちなみに、『昭和万葉集巻九』の章立てを見ると、�気蓮崢�鮮動乱」(朝鮮動乱勃発、朝鮮出兵、動乱の地にて、動乱の響き、動乱の地を想う、動乱に想う、中国を想う、特需、マ元帥解任の項立てになっている。)、「冷戦の谷間で」(警察予備隊、再軍備の声、戦争の不安、レッド・パージ、追放解除、逆コース、政治不信、平和への祈り、講和成立、天皇)、「戦争の傷痕」(戦犯、抑留回想、復員、引揚者たち、放送、傷痍の者は、還らぬ人、原爆の傷痕、失われた領土、戦時追想、戦争の爪痕、かの戦を)の構成で、それぞれの項立てごとに作品が収録されている。�供屬呂燭蕕�人々」ほか、�掘嵒呂靴だ験茵廚曚�、�検岼Δ硫痢廚曚�、�后峪裕┐琉椶蹐ぁ廚曚�の章もあるが、それぞれ時代を精妙にとらえた構成である。
巻十の構成は、�気�「独立の現実」(講和発効、血のメーデー、破防法成立、再軍備論争、予備隊へ、保安隊、戦力なき軍隊、兵站基地・日本、李ライン、世界の動き)、「祖国の中の異国」(基地の周辺、進駐軍の姿、米兵と女、星条旗の下で、内灘の砲声、基地反対の声)、「死の灰の恐怖」(第五福竜丸事件、食えないマグロ、死の灰、放射能雨、核兵器の恐怖、『広島』より、ノーモア・ヒロシマ、広島・長崎にて)、�兇�「逆コースの時代」ほか、�掘屬�びしい生活」ほか、�検峪纏�のうた」ほか、�后岼Δ硫痢廚曚�、�此峪裕┐琉椶蹐ぁ廚曚�、の章立てで、大項目、小項目ごとに作品が収録されている。
ここでは、時代の実相、そこで生きる人々の姿や思いを詠った厖大な、そして貴重な作品群の中から、原子力詠を抄出・記録していくのだが、6年前に読んだ広島・長崎の原爆詠を読み返しながら、さらに1950年代の核兵器開発競争、核爆弾の威力を強め、その使用をより容易にするための核兵器運搬方法の開発を進める核実験が、米・ソ対立のなかではげしく行われた歴史について文献をも読んでいる。1954年3月から6月にかけてアメリカが太平洋ビキニ環礁で6回にわたる一連の水爆実験を行い、なかでもヒロシマの1000倍に匹敵する核爆弾の破壊力、実験海域のあらゆる生物を殺戮し、あらゆるものを放射性物質にし、「死の灰」を広範囲まき散らしたが、そのなかでビキニ環礁から160キロの海域で操業していたマグロ漁船「第五福竜丸」がこの死の灰を大量に浴び、乗組員23名全員が身体に異常を感じ、無線長の久保山愛吉さんが1954年9月に死去したこと、ビキニ水爆実験当時1000隻近くの漁船が操業していたが放射能調査や乗組員の健康調査などが十分に行われなかったこと、マグロだけでなく多くの魚が放射線により汚染されたことが明らかになったこと、日本各地の雨に驚くべき放射能が検出されたこと、アメリカが当初被害漁船を「スパイ船」扱いをしたり、久保山さんの死の原因を原爆症ではないと反論したこと、日本政府に対して「法律上の責任問題とは関係なく、慰謝料として200万ドルを日本政府に支払う」と連絡し日本政府がそれを了承するなどという「独立の現実」の実態が示されたこと…などへの怒りによって、各地から草の根の原水爆実験反対・原水爆禁止の運動が高まり始めた。 しかしその一方で、アメリカのアイゼンハウアー大統領による「アトムス・フォー・ピース」、原子力の平和利用キャンペーンに乗って、原子力発電の導入を目指す策謀が進められて、正力松太郎、中曽根康弘らの米国との共謀ともいえる原発導入の動きが進んでいたこと、そしてそれを許してしまった歴史を、いま日本の原発をめぐる状況を踏まえて見なければならないと思う。
また、ビキニの核実験で日本の漁船・漁民が受けた深刻な被害とともに、さらに大きな被害に苦しんだマーシャル群島・ミクロネシアの住民について思えば、核大国のアメリカをはじめとする核保有国がどれほど世界の人々、環境に害悪をなしてきたか、そして今も核を脅迫と支配の力として手放そうとしないことの罪、さらに核発電を続け人々の今日と未来に不幸をもたらし、もたらそうとしている日本の原発促進勢力も含めて、「核の亡者」を許し難いと改めて思う。 『昭和萬葉集』の作品を読みながらの筆者の思いを、まとまりなく書いてしまった。
『昭和萬葉集』の巻九、十から原子力詠を読んでいく。
◇原爆の傷痕◇(『昭和萬葉集巻九』) 澄みし空に原爆の恐怖感ずと言う去年も友はかく言いたりき (廿日出信次)
原爆の瓦礫の中ゆもえ出づる草の芽摘みてわれ活きんとす (杉田 茂)
汝(な)が死にしあたりはいまなお荒地にて日照り雨降る青草の上に (前畠幸枝)
広島より吾に来りしこれの瓦(かはら)原爆に焼け金属音たつる 今宵ひとりしみじみ怒りつつ赤く焼かれし瓦をしまふ (2首 青木辰雄)
爆心地に娘生き残り七輪煽(あふ)ぐ蟋蟀(こほろぎ)は根絶されて鳴かず 青ざめし顔して布団かぶりをり今日広島に来て心石となりぬ (2首 堀内 薫)
復興のアトム広島鶴嘴(つるはし)のとどく浅土骨出で止まず 焼跡の十円芝居に老妻と明るきうちより来て坐りをり (2首 加納節尋)
吾が父を死に逝かしめし原子弾を人は云ふ和平の神の如くに (青井正之)
やうやくに原爆症も癒えゆきて血の色あかし今宵の夫よ (保垣美恵子)
逝きし日も処もさだかならねども八月六日を命日とする 原爆の日より五年も過ぎぬれど汝を待つがに吾が一人寝る (2首 桑原規一)
この春をはじめて芽ぶく桜ありて雨やはらかに焼跡濡らす あどけなき少女のごとく微笑みし君の白血球は千八百五十 (2首 島 昭)
石の面に残る爆死者の影ありていま淡々と冬の日は差す (吉田垂穂)
幻にかの日の惨を追ふまひる地下の工事の音絶え間なし 爆心に曝(さ)るるドームの鉄骨を鳴らしつつ夏の風は閃く ケロイドの癒えたる頬をやさしみつつなほ語りつぐ友はかの日を (3首 木俣 修)
川浅くなりたる街を今日は行く夕べさびしき広島の鐘 崩れたる築地(ついじ)にありし祖母の墓すべて彼の日に亡びたるまま 通ふなきかなしみと知り吾ら会ふ声絶えて行く広島の街 (3首 近藤芳美)
片頬は耳にひきつく焼痕をもてる少女に席ゆづり立つ (平林一彦)
敗れたる国にうごめく一人にて水素爆弾とふ語は憎しみを越ゆ (荻野 進)
水素爆弾―。でかでかと書いてある新聞に 弁当箱をくるみていたり。 (小泉義国)
水爆におびゆるごとく告ぐる声果敢(はか)なき言葉妻と交はしつ (渡辺於兎男)
◇死の灰の恐怖◇(『昭和萬葉集巻十』) 久保山さん久保山さんとわが祖母は縁者のように日々口にする (石本隆一)
久保山さんの容態伝へる録音はわが補聴器のマイクをたたく (浅見正夫)
ビキニの灰に爛(ただ)れし後頭部土偶の如く写されてあり (佐野四郎)
隣室の老爺(おやぢ)が偉き人かと問ふ久保山氏容態をラジオ告ぐるに (大路 匡)
既に三日昏睡続く久保山さん死の予定稿となり時を待つのみ (藤田義海)
版重ねしだいにきびし放射能に侵されし漁夫のことを伝へて (松野谷夫)
ビキニ患者生命の危機去らぬといふラジオは低し夜の静まりに (戸谷高明)
洋中(わたなか)の空より降りし灰あびて臓腑も骨もきずつき死ぬる こときれし夫を哭(な)く声聞くわれら死の灰の怒りと恐怖のうちに (2首 窪田章一郎)
原爆実験やめざる国の代表が漁民葬に列しかなしみを述ぶ (川村濤人)
日本漁夫スパイかも知れぬとまつ先にあびせし言葉のろはれてあれ (四賀光子)
原住民治癒の声明のもつ嘘をわれら知る水爆受けし日本人故 (木沢 和)
◇食えないマグロ◇(同) 終戦の後の如くにまた痩(や)せむ今日まで十日魚を食らはず 死の灰をまじへてふるてふ梅雨(つゆ)のあめに濡るる草木とわれと悲しき 朝夕の心の曇ここにして遠きビキニの灰被(かぶ)るらし 曇る日をあふぎてなほもゐねばならず死の灰くだる空のしたびに (4首 尾上柴舟)
夕白き庭となりつつ花を植う魚を恐るる話などして うかららの魚を恐れて食はぬ日のこの春の日になほつづくべし 若くして身に沁み入りし学説のかくは思はしむビキニの灰を (3首 谷 鼎)
死の灰を浴みし鮪(まぐろ)の並ぶ見れば紡錘形とは淋しきかたち (黒田正彦)
検査済みの判を押されしマグロの腹白じろと潮の光を放つ 腹白きマグロにチューブ当てし時ガイガー標示器に火の走る見つ クラゲいくつ浮遊してをり放射能計られてゐる船をめぐりて (3首 池田鶴彦)
ガイガー計数器にあてし鮪の放射能反応するをまざまざと聞く (大和てるみ)
放射能鮪かもしれぬ特売の刺身を外食券食堂に食ふ (土橋一夫)
水爆マグロ怖れて刺身を戻す客売れぬ夕べの店洗ひをれば (岡本典子)
野島沖にまぐろをすてし記事のこと怒りひそめてみじかくいひぬ (逢坂定子)
つぎつぎに投げ捨つる放射能鮪白き腹見せて浪に沈みゆく (相馬信子)
放射能もてる鮪を埋めゐし狭き空地(あきち)に雨そそぎをり (由谷一郎)
◇死の灰◇(同) 語気しづかにビキニの灰をいきどほる会堂にけふ患者らは来て 誘蛾燈ともる水の田眼に見えぬ灰はこよひも降らんぞといふ (2首 木俣 修)
かへりたる平和に安らぎゐる我ら死の灰にまたおびやかさるる (鈴木敬冶)
島一つえぐりとりたる水爆の降らす死の灰日本に及ぶ (岡部靖子)
「死の灰」の言葉鵜のみにおぼえたる幼な子を夜の床に抱きしむ (神林幸雄)
死の灰の降り来る下に桜みつ酔うては何を忘れむとする (井戸 茂)
絶えまなく放射能灰降りゐむに桜咲きぬと人集ひ酔ふ (山根次男)
この被害も敗戦国の悲劇かとビキニの灰の記事を読みをり (島村初男)
感情的になるを抑へて黒板に水爆の灰の解説を書く (吉村睦人)
新潟に「死の灰」降りし報道を寄りあへばみな話す暗き面持 (間 定夫)
オセアニア珊瑚島嶼(さんごたうしょ)の名をひとつ心にとどめ新聞を閉ず (沢辺元一)
水爆完成をききし日よりの憊(つか)れにて人を厭へり昨日もけふも (森泉園子)
灰降らし人を死なしめしは誰ぞ今宵はげしく地球儀を廻す (来嶋靖生)
◇放射能雨◇(同) じとじとふりそそぐ雨石はぢつと怒りに堪へてただ光るのみ 重き歴史の灰色の空の奥ふかくつきささりたる日本の怒り (2首 加藤克己)
にはかに降り過ぐる雨放射能の不安かすかに濡れし髪ふく (大庭新之介)
雨降れば赤き旗立ち校庭に出てはならぬと教へらるる児ら (浜元 要)
アメリカ製の古服古靴古オーバー放射能の雨に濡れつつ行けり (渡辺久二郎)
放射能持ちてわが家を振りつつむ声なきものの声迫りくる 放射能の雨に怯(おび)えて家籠(いへこも)れば見ゆる毒さへ食へ食へと強ひらる (植松寿樹)
にはか雨に濡れてきし子がしよんぼりと放射能雨かも知れぬといへり (広瀬すみ子)
放射能に汚染せられし空中を飛びて燕は海渡るとぞ (久保 実)
放射能雨など考へてをれば百姓はできぬと怒り含みし弟の声 (神倉 佐)
放射能含みておらんじめじめと雨降りしきる街濡れてゆく (中下煕人)
雨に濡れた野菜は洗って食えという田植最中に死の雨が降る (多田藤次郎)
放射能雨に濡れたる学生服を脱ぎ明日のため眠らむとして怒あり (重政省三)
白き人間まず自らが滅びなば蝸牛幾億這ひゆくらむか 人間の恐るる雨の中にして見る見る殖えゆく蝸牛幾百 (土屋文明)
次回も『昭和萬葉集』から原子力詠を抄出する。 (つづく)
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