2026年7月10日、チャールズ英国王の次男ヘンリー王子が4年間の不和を吹き飛ばし、自ら画策した<家族ぐるみのお茶会>でマスコミ界に再登場しました。 2025年7月17日、ヘンリー王子はアフリカ・アンゴラの地雷原を歩きました。 母ダイアナ妃の遺志を継いで、地雷除去に取り組んでいます。 が、マスコミはあまり取り上げませんでした。 世間は、この母子の三面記事ネタにしか興味がないようです。
�仝離瀬ぅ▲僻泙梁仗傭詫覿愡潦萋亜� 1997年6月、ダイアナ妃はアフリカ・アンゴラの地雷原を歩いた。そして、視察後に、「こうした兵器を製造し、売買する国々は、どうすればこのような人間の悲惨さに対し良心を持つことができるのでしょう」と、その頃、地雷を兵器とみなしていた国際常識に疑問を投げかけた。 当時、イギリスの副国防相だったハウ伯爵は彼女を「何をしでかすかわからない危険人物」と呼び、地雷についての知識が足りないともけなした。保守党の国防特別委員会メンバーだったピーター・ヴィガースも「私たちは皆、地雷や他の兵器が危険でタチの悪いものであることはわかっている。問題は、将来は使われないようにするため、いかに交渉するのがベストかということだ。これに関して政府は非常に注意深い政策を行ってきたが、ダイアナ妃の声明はその政策に合致していない」と非難した。 「私は政治家ではありません。当時述べたように繰り返しますが、私は人道主義に関心があるのです。それが、この人間の悲劇に引きつけられた理由です」と、ダイアナ妃は政治的動機からこの問題に興味を持ったわけではないと強調した。 ダイアナ妃はアンゴラの地雷原を歩いた後、当時15才のウィリアム王子と12才のヘンリー王子を連れて、二番目の恋人エジプト人の大富豪ドディ・アルファイドと地中海クルージングを楽しんだ。そして、夏も終わりの8月31日未明、二番目の恋人と共に交通事故で亡くなった。因みに、一番目の恋人は、パキスタン人のハスナット・カーン心臓外科医だった。 ダイアナ妃に絡む報道は故エプスタインとの交際も含め、玉石混淆、、信じるか信じないかは、あなた次第です。 「In 1994, just at the moment when Prince Charles was on television acknowledging his love for Camilla, Epstein was sitting with his arm around Princess Diana at a dinner at the Serpentine Galley in London:要約−1994年、チャールズ皇太子がテレビでカミーラ夫人への愛を告白した頃、エプスタインはロンドン・サーペンタイン画廊の晩餐会で、ダイアナ妃に腕を巻き付け座っていた、、」(英国タブロイド紙の記事) ダイアナ妃と息子ドデイを失った大富豪で武器商人の父モハンマド・アルファイド氏はエプスタインの知人で、彼は、「二人の死は英国諜報機関が先導した政争絡みの暗殺だ」と、主張した。
�◆秣仗傭詫覿愡濔鯡鵝筺淵�タワ条約): <対人地雷禁止条約>の事を、外務省ホームページに問い合わせると 「特定通常兵器使用禁止制限条約に基づく部分的な禁止では対人地雷問題の抜本的な解決には至らず、使用、貯蔵、生産、移譲の全面禁止が必要であるとする国際世論を踏まえ、地雷廃絶国際キャンペーン(ICBL:International Campaign to Ban Landmines)をはじめとするNGOと、対人地雷全面禁止に賛同する諸国の協力により、対人地雷禁止条約への道が開かれた、、、 いわゆるオタワ・プロセスを通じて作成された対人地雷禁止条約(オタワ条約、正式名称は「対人地雷の使用、貯蔵、生産及び移譲の禁止並びに廃棄に関する条約)は、1997年12月のオタワでの署名式において署名のため各国に開放され、1999年3月1日に発効した。」とある。 ダイアナ妃の衝撃的な事故死から3か月、世界はやっと彼女の遺言に耳を傾けた。 ICC(国際刑事裁判所)に参加していないアメリカは、APMBC(対人地雷禁止条約)にも加盟していない。再び外務省ホームページのお世話になる。「現在、対人地雷禁止条約の締約国数は164か国・地域であるが、米国、中国、ロシア、インド、韓国、北朝鮮等11か国は未加盟だ。 日本は、1997年12月3日に署名し、1998年9月30日に締結した。2024年11月に、第5回運用検討会議がカンボジア・シェムリアップで開催され、市川とみ子軍縮会議日本政府代表部大使が第22回締約国会議(2025年開催)議長に就任した。」と、外務省は2026年6月 17日付けで報告している。 アメリカはバイデン政権下の2022年に地雷製造を停止したが、トランプは製造を復活させている。ルビオ米国務長官が日本を始めとする友好国に、ICC (国際刑事裁判所)からの脱退を強要したのと同様、APMBC(対人地雷禁止条約)からの撤退も加盟国に強要しそうだ。
��2,500キロメートルの地雷原・砂の壁: モロッコ軍はイスラエル軍高官の指導で、1987年に<砂の壁>と呼ばれる西サハラを縦断する瓦礫でできた防御壁を7年かけて完成させた。悪質なのは、その長〜い壁に沿って6,000,000個以上の地雷を埋めたことだ。 ポルトガルのウェブサイト<フリー・サハラ>は、第一次サハラ戦争(1975年〜1991年)中にモロッコ占領軍によって埋められた対人地雷や爆発物の危険性を取り上げた記事を掲載し、この種の静かで目に見えない兵器の危険性を警告した。 ニュースサイト<フリーサハラ>は、モロッコが戦争中に占領地を分断する壁の周辺に数百万個の対人地雷を敷設したと報じた。さらに、「数十年経った今でも大部分の地雷が残っていて、羊飼い、ベドウィン、子供、動物たちは、爆発の犠牲になり、負傷したり死亡したりしている」と述べた。 情報や物資不足にもかかわらず、SADR(西サハラ・アラブ民主共和国)がこれらの地雷やモロッコ占領によって残された戦争の残滓と戦う努力をしていることを特筆した。さらに、命を危険にさらしても地雷除去のために働く西サハラの女性たち<地雷関連作業の支援を専門とする西サハラ女性チーム>にも言及した。彼女たちは毎日、人々に安心感を与え平和を取り戻すために、これらの爆発物を発見し除去し続けていると述べ、「彼女たちの仕事は仲間の命を救い、希望を取り戻す」と付け加えた。 外務省の対人地雷概要は冒頭に、「カンボジア、アフガニスタン、アンゴラ等の紛争地域を中心に埋設された地雷は、」と、あるが、西サハラの地雷を忘れている。埋蔵地雷数はアンゴラと同様に600万個以上だ。外務省はぜひ、西サハラ占領国モロッコに確認し て、西サハラの名を地雷地域に加えて欲しい。 西サハラの2,500キロ<砂の壁・地雷原>は、元西サハラ宗主国のスペインでもあまり知られていない。2010年1月、スペイン映像作家ヤゴは西サハラ解放区に入り、西サハラ難民軍の援護を受けながら、西サハラ砂漠の地雷を記録し、<Territorio Liberado(解放区)>と題した1時間25分の作品を仕上げた。そして、毎年東京で開催される<国際難民映画祭>へ出品した。が、落とされた。理由は「政治的すぎるから(?)」だそうだ???
7月15日から米上院の<トランプ大統領私設秘書ブランチを司法長官にするかどうかを図る諮問委員会>で、トランプ氏の故エプスタインとの共犯関係が再び再燃しました。 ブランチ秘書が服役中のエプスタイン秘書と直接取引をしたり、トランプが絡むエプスタイン文書を廃棄したり、事件のもみ消しを画策したことが、問題になっています。 イギリス・タイムズは3月14日に、エプスタインからモハンマド・アルファイド氏を紹介され1997年に性的暴行を受けたと告発する元モデルの女性を記事にしました。 故モハンマド・アルファイドは2023年に老衰(94才)で亡くなっています。 が、昔の性犯罪に加え、400名以上のハロッズ高級百貨店従業員からも性暴行の訴えが英警察当局に出され、捜査中です。 事実はいつまでも事実です。
「サラー西サハラ難民アスリート」の出版情報です。 著者:平田伊都子、写真構成:川名生十、画像提供:アマイダン・サラー 定価:本体1,800円+税、 発行人:松田健二、 発行所:株式会社 社会評論社、東京都文京区本郷2―12―9、クランデイ―ルお茶の水201電話:03-3814-3861 同じ「社会評論社」が出版してくださった「ラストコロニー西サハラ(2015年)」、「アリ 西サハラの難民と被占領民(2020年2月)」にも、お目を通してください。 ―――――――――――――――――――― Youtube2018年7月アップの「人民投票」(Referendum)もご案内。 「人民投票」日本語版 URL :
https://youtu.be/Skx5CP3lMLc
「Referendum」英語版 URL:
https://youtu.be/v0awSc25BUU
Youtubeに2018年4月アップした「ラストコロニー西サハラ」もよろしくお願いします。 「ラストコロニー西サハラ 日本語版URL:
https://youtu.be/yeZvmTh0kGo
「Last Colony in Africa] 英語版URL:
https://youtu.be/au5p6mxvheo
WSJPO西サハラ政府・日本代表事務所 所長:川名生十2026年7月18日
SJJA(サハラ・ジャパン・ジャーナリスト・アソシエーション)代表:平田伊都子
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