14回目を迎えた恒例の西サハラ夏季大学が、今年もアルジェリアのリゾート地ブーメルデスで、8月11日から20日まで開催されました。 リゾート地とは言え、地中海の熱風は容赦なく吹き付け、日中は50度近く気温が上昇します。 筆者が夏季大学を取材した数年前の8月15日の午後には、みんな昼寝をしていました。 が、夜の講演を準備していたモロッコ占領地・西サハラからの人々が、作業の手を休め、モロッコ占領地の厳しい日常生活を話してくれました。
��2026年8月15日の西サハラ夏季大学: 西サハラ夏季大学は開校以来、午前に2講議、夜に2講議、毎日違ったテーマを学んできた。受講者はポリサリオ戦線と西サハラ政府の幹部たちで、一般の難民は招待されていない。2026年8月15日のテーマは<国際法と西サハラ問題>が、テーマだった 最初の講演者はポリサリオ戦線の国連常駐代表でMINURSO(ミヌルソ国連西サハラ人民投票監視団)の調整役を務めるシディ・オマル博士だった。オマル代表は、<国連における西サハラの大義>と題する講演で、「西サハラ人民は不可侵の自決権を確保するため戦い続ける」と、決意を表明した。 そして、西サハラ問題は、紛れもなく1960年以降、国連総会と安保理が繰り返してきた<国連脱植民地化>問題であると強調した。そのうえで、「第一に、西サハラの人々が不可侵の自決権を行使できるよう、両当事者が合意し安全保障理事会が承認した選択肢を含む、自由で公正な人民投票を早急に実施する必要があること。第二に、人民投票の結果、独立が認められた場合、西サハラ共和国はモロッコ王国と、両国間の戦略的かつ互恵的な関係の構築、および重要な分野における保証に関し交渉する用意があること。」と、2点を強調した。 2番目の講演は、アルジェリア人オマル・ベン・モハメド教授による<現在の国際情勢の変化と西サハラの脱植民地化への影響>という表題だった。教授は、「現在の国際情勢は、世界の将来に対する不確実性、国際法と国際慣行の間の亀裂の拡大、倫理と国際法を無視した武力による平和構築の概念、そして国際機関への信頼の低下、などによって特徴づけられる」と、解説した。 3番目の講演は、<西サハラの人権状況:アフリカ最後の植民地>と題され、西サハラ囚人・行方不明者家族協会の会長であるアブデッサラム・オマル氏が行った。同氏は西サハラの人権状況について語り、それを悲劇的だとし、すべての人権侵害は民族自決権の要求と結びついていると強調した。 4番目の講演は、アルジェリアのバクリ・ヌール・エディン博士で、特にサヘル諸国における国境を越えた組織犯罪とその近隣諸国への影響について語った。これらの国々間の協力と、この現象に対処するための戦略策定の必要性を強調した。
�∪哨汽魯蕾撞�大学に並行して進行するセウタ領土問題: 2026年7月30日と31日、モハンマド六世モロッコ国王即位27周年記念に、7万2千人のモロッコ人老若男女が人口85,244人のスペイン領セウタへ泳いで、不法越境した。8月4日、EU加盟国内務大臣会議で、スペインのフェルナンド・グランデ=マルラスカ内務大臣が、「その後、不法移民約7万人がモロッコに送還された。現在まで75人の死者を数えた」と、報告した。 扇動者のモロッコ王室は沈黙し、モロッコ法務当局は「このような大量の不法移民発生を我々は知らなかった」と惚け、死者数も11人と小さく報じ、早期鎮圧を図った。 が、モロッコのSNSでは、若者たちの投稿が爆発した。モロッコ国王万歳の記事を載せるMWN(モロッコ世界ニュース)でも、<セウタ危機>と題して、「どこで人生を築くことができるのか?」「前進を続けるモロッコ、取り残される若者」「喪失、不一致、そして責任の危機」、、と、行き場を失くした絶望的な若者たちの思いを紹介した。 元モロッコ首相で公正発展党(PJD)の事務総長であるアブデリラ・ベンキラン氏は、モロッコ国民のセウタへの大規模な移動の背景にある状況について国王に説明を求める書簡を送り、この危機を機に異例の王政批判をした。「王室からの返事はまだない」と、長い眠りから覚めたベンキラン氏は、勇気あるモロッコ王室政治批判を続ける。 一方。セウタ危機は本国スペインで反モロッコ感情に火をつけ、スペイン在住のモロッコ移民に対する虐めが横行してきた。 スペイン公共放送RTVEの番組「ラ・オラ・デ・ラ・1」に出演したモニカ・ガルシア・スペイン保険相が、「セウタ危機では、141人が死亡し、さらに20人が蘇生措置を受けた」と、犠牲者の数を訂正し、移民急増を予測できなかったというのは<モロッコの詭弁>とモロッコを糾弾した。さらに彼女は、モロッコの責任について調査するよう求めた。
��西サハラ難民夏季大学はセウタ領土問題を学んだのか?: 夏季大学プログラムは「市民社会とその役割と重要性、国民国家と解放運動との関係、近代国家と正統性、、」と、昔ながらの言葉がクドク続いた。モロッコ側から、「マンネリ化した革命用語が飛び交う自己満足劇」と、嘲りが飛んできそうだ。さすがに飽きてきた8月16日の夕方には、アルジェリア・チームと大学参加者の西サハラチームによるサッカーで気分を晴らし、大学寮では、西サハラ難民バンドによる演奏で気を紛らわせたりした、、が、 その頃、モロッコ当局はセウタとの国境の町フニデクを取材していたスペイン通信社EFEと公共放送TVEの記者に退去を命じていた。記者たちは、ホテルのスタッフから「直ちに市を離れるよう当局の指示があった」と告げられ、「命令に従わない場合は報道関係者の身分証明書や機材は没収される」と、脅され退去した。国境を越えたスペイン領土セウタでも、モロッコ人記者がスペイン当局から国外退去を命じられた。セウタ危機は、移民と国境の危機から、モロッコVSスペイン両国の領土問題、さらに報道の妨害にまで飛び火した。 アブドラ・アル・アラビ駐スペイン・ポリサリオ代表は、8月18日のスペイン・オンライン新聞<インフォ・リブレ>に投稿した論説で、「スペイン国民の間で広く懸念されているのは、主にモロッコがセウタとメリリャの両都市に対する拡張主義的な野望を続けていること、国境管理、そして両都市を支配しようとしていることに起因する」と、書き、「セウタ危機の解決は、表面的な政治分析を脱却し、根本的な問題を覆い隠すことを避ける必要がある」と、強調した。アラビ西サハラ・スペイン代表は、夏季大学に参加していない。 結局、西サハラ夏季大学では、将来の西サハラ独立運動を左右する重大な<セウタ危機>を取り上げなかった。 セウタとメリリャはモロッコの北にあるスペインの飛び地領土で、どう見てもモロッコ領土内にある。が、スペインは両地域の領有権を離さない。一方、西サハラはモロッコ南端と国境を接しているが、どう見ても西サハラ領土だ。西サハラは元スペイン植民地だったが、スペインは1975年に西サハラ領有権を放置したまま、モロッコとモーリタニアに西サハラを分譲処分した。そして、無責任にも、スペインは国際的書類上、西サハラの植民地宗主国という位置をそのままにしているのだ。 2018年に右派から政権を奪還した左派社会労働党党首ペドロ・サンチェスは、初めの頃、西サハラ領有権の正当な法的解決を目指していた。が、2021年にモロッコ国王からセウタに14,000人以上のモロッコ不法移民を送り込まれると、2022年3月にはモロッコ国王の足下に跪き、「西サハラはモロッコ国王のもの」との、書簡を送った。 ところが2026年7月20日にW杯男女優勝という偉業を遂げて以来、サンチェス・スペイン首相はかっての強さを取り戻した。その勢いで、2022年に脅迫されて書かされたモロッコ国王への<西サハラは国王のもの>という承認状を握り潰して欲しい。 <西サハラは西サハラ人のもの>です!
<セウタ危機>を巡って争うモロッコとスペインが、<領有権と植民地>という問題を、日々展開してくれるという、願ってもない状況の中で西サハラ夏季大学は8月20日に閉校しました。 が、最後の最後まで、力強く魅力的なシュプレヒコールは聞こえませんでした。 「研修イベントを実現させてくれたアルジェリアとその人民に深謝」と、夏季大学学長を務めたファトマ・エル・メフディ西サハラ協力大臣が終辞を述べました。 ぶっちゃけた話、場所も費用も制作も、アルジェリアのお世話になりっぱなしなんです、、絶句。
「サラー西サハラ難民アスリート」の出版情報です。 著者:平田伊都子、写真構成:川名生十、画像提供:アマイダン・サラー 定価:本体1,800円+税、 発行人:松田健二、 発行所:株式会社 社会評論社、東京都文京区本郷2―12―9、クランデイ―ルお茶の水201電話:03-3814-3861 同じ「社会評論社」が出版してくださった「ラストコロニー西サハラ(2015年)」、「アリ 西サハラの難民と被占領民(2020年2月)」にも、お目を通してください。 ―――――――――――――――――――― Youtube2018年7月アップの「人民投票」(Referendum)もご案内。 「人民投票」日本語版 URL :
https://youtu.be/Skx5CP3lMLc
「Referendum」英語版 URL:
https://youtu.be/v0awSc25BUU
Youtubeに2018年4月アップした「ラストコロニー西サハラ」もよろしくお願いします。 「ラストコロニー西サハラ 日本語版URL:
https://youtu.be/yeZvmTh0kGo
「Last Colony in Africa] 英語版URL:
https://youtu.be/au5p6mxvheo
WSJPO西サハラ政府・日本代表事務所 所長:川名生十2026年8月22日 5 SJJA(サハラ・ジャパン・ジャーナリスト・アソシエーション)代表:平田伊都子
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