1984年1月、『週刊文春』連載「疑惑の銃弾」で始まり、日本中のメディアが狂奔した「ロス疑惑」報道という名の人権侵害=メディアぐるみの報道犯罪が再現・再発した。
2月22日、米警察当局が米国自治領サイパン島を訪れていた三浦和義さんの身柄を拘束、翌23日、ロサンゼルス市警が「殺人容疑で逮捕した」と発表した。同日夜、テレビ各局は「三浦容疑者逮捕」と 速報、翌24日の各紙朝刊には一面トップで大見出しが躍った。
《三浦和義元社長逮捕/サイパンで米警察当局/81年、妻殺害容疑》(『朝日新聞』)、《ロス疑惑 三浦元社長逮捕/米当局、妻殺害容疑/サイパンで 事件から27年》(『読売新聞』)――以来2週間余、再燃した「ロス疑惑」報道は、海上自衛隊イージス艦の衝突事故、沖縄米兵性暴力事件などの重大事件を押しのけ、「最大級ニュース」扱いが続いている。
◆踏みにじられた「一事不再理」原則
発生からすでに26年余、日本で長期裁判の末に無罪が確定した人を、なぜ米国警察が同じ容疑で逮捕するのか。メディア各社は逮捕直後、《27年目の「新証拠」注目/「実行犯は誰か」カギ》(25日付『朝日』)、《FBI「新証拠ある」/一美さん銃撃 日本側に説明》(同『読売』)などと、米捜査当局が「新証拠」をつかんだかのように報じた。
ところが、26日(日本時間)に記者会見したロス市警の捜査官は、今回の逮捕が1988年5月に取った逮捕状に基づいて執行されたと言明、米捜査当局が入手したと報じられた「新証拠」については一切言及しなかった。
1988年当時、日米の捜査当局は緊密に連絡を取りあっていた。ロス市警は「目撃者の証言に基づく捜査報告書」や「現場の物証」などを警視庁に提供。警視庁は同年10月、三浦さんを「銃撃事件」の殺人容疑で逮捕した。
今回、サイパンで執行された逮捕状が、日本での逮捕の5か月前に出されたものだとすれば、三浦さんは同じ「容疑」、同じ「証拠」で二度逮捕されたことになる。しかも、その「証拠」に基づく「公訴事実」は、日本の裁判所で完全に否定されたのに、である。
これは、国際人権規約、憲法などで確立された刑事司法の原則「一事不再理」を真っ向から踏みにじる暴挙というべきだ。日本の最高裁の確定判決を米国警察が公然と無視し、再び立件しようというのだから。しかし、鳩山邦夫法相はこれに抗議するどころか、26日の会見で「日本での無罪確定は捜査協力を拒否する理由にならない」などと述べた。メディアはこの暴言を批判もせず、垂れ流した。
その後、サイパンでは身柄拘束の是非、ロスへの移送手続きをめぐり、米司法当局と三浦さんの弁護人の間で攻防が続いている。メディアはその経緯を逐一伝える一方、23年前の「ロス疑惑」報道で使い古した映像や無罪確定で「反古」になった資料を持ち出し、再び三浦さんを「疑惑人」に仕立てている。
かつての「ロス疑惑」報道における日米の「花形スター」たち――ジミー佐古田・元ロス市警捜査官、ルイス伊藤・元ロス郡検事局検事、安倍隆典・元『週刊文春』編集者、寺尾正大・元警視庁捜査一課長、その他「コメンテーター」らが、再びメディアの舞台に踊り出て、好き放題をしゃべり出した。
三浦さんを「犯人」と信じ込む「遺族」の言葉が、《一美の無念「光射した」》(2月25日『読売』)、《遺族「本当のこと言って」》(同『朝日』などの大見出しで、読者の感情を煽る。ワイドショーや週刊誌は、かつて「報道被害訴訟」で敗訴したことを忘れたかのようなプライバシー侵害を繰り返している。
今、これらの「疑惑報道」に携わっている報道関係者の中で、最高裁で確定した「銃撃事件」東京高裁判決(1998年7月)を読んだ人はいるのだろうか。記者たちは、新聞の縮刷版など「疑惑報道」で得た知識だけで、記事や番組を作っているのではないか。そう思わざるを得ないほど、この間の報道は高裁判決が指摘した重大な問題を無視している。
◆一審で破綻した検察の「事件の構図」
警視庁は88年10月、三浦さんと「実行犯」とされた米在住の知人Oさんを殺人容疑で逮捕した。89年から東京地裁で始まった一審公判で、検察は「事件の構図」をこう描いた。
〈会社が経営難に陥っていた三浦は、妻に保険金をかけて大金を入手しようと計画。米在住のOと共謀し、1981年11月18日、ロス市内の駐車場に写真撮影を装って車を停め、Oに妻を銃撃させた。三浦は、自分への嫌疑を避けるため、Oに自分も撃つよう指示、左足を銃撃させた。妻は一年後に死亡、三浦は約1億5000万円の保険金をだまし取った〉
検察が起訴の「決め手」としたのは、事件当時、現場で目撃された「白いバン」。銃撃前に三浦さんたちが撮った写真にも「白いバン」の一部が写っていた。日米捜査当局は事件の前日、Oさんが「白いバン」をレンタルしていたことをキャッチ、それをほぼ唯一の証拠として、Oさんを「銃撃実行犯」と断定した。
しかし、現場で目撃・撮影された「白いバン」はOさんがレンタルしたものではないことが、一審審理で明らかになった。Oさんが借りたバンにはアンテナがついていたのに、写真のバンにはそれがなかったのだ。
94年3月、一審・東京地裁はこれを認め、Oさんを無罪とした。「動機」とされた「経営難」についても、会社は黒字で金に困っていなかったことが立証され、判決はそれも認めた。「実行犯」が消え、「二人の共謀」が否定され、「動機」もなくなった。にもかかわらず、一審は検察が主張もしなかった「氏名不詳者との共謀」説を打ち出し、実行犯不明のまま、三浦さんに無期懲役の有罪判決を言い渡した。
一審判決に三浦さんは控訴、検察も「実行犯はO以外にいない」と控訴した。控訴審で検察は「氏名不詳者との共謀という一審認定には著しい事実誤認がある」とし、「事件前後、三浦と電話や送金などの連絡があったのはOだけ」と立証した。逮捕時の捜査責任者・若林忠純警部は法廷で「マスコミ報道で『殺人を依頼された』と証言した人物、ロスで接触したと思われる人物などについて残らずアリバイを調べたが、容疑者と思われる形跡は、O以外にだれもいなかった」と証言した。
◆二審判決が示した明快な「無罪の根拠」
98年7月1日、東京高裁(秋山規雄裁判長)は、Oさんに一審と同じく無罪、三浦さんについても「氏名不詳者との共謀」を認定した一審有罪判決を破棄し、無罪を言い渡した。
判決は検察の基本的主張をすべて退け、三浦さんの無罪の根拠を明らかにした。
Oさんとの「共謀」に関しては、�仝従譴婆楫發気譴拭崘鬚ぅ丱鵝廚硲呂離丱鵑亙霧弔亮屬反簀Г垢戮�根拠がある�■呂砲枠塙圓鵬鍛瓦垢詁圧,�全く見当たらない�K楫鐐阿法■呂隼葦困�謀議した痕跡が見当たらない�と塙圓悗硫鍛瓦亡悗垢詈鷭啓�受の事実がない。
一審が認定した「氏名不詳者との共謀」については、�‐攀鮠紂�共犯者が特定されていないというだけでなく、全く解明されていない��日本にいた三浦が、アメリカにいたと想定するほかない氏名不詳の共犯者を見つけ、銃撃事件について謀議する機会はほとんどなく、現実に謀議した痕跡も全く見当たらない�0貳�さんを連れて渡米した経過には、むしろ犯行計画を否定しているような事情が認められる�と塙垈鍛瓦紡个垢詈鷭兄拱Гい了�実が全くない――と認定した。
「氏名不詳者との共謀」は、何よりも検察側によって「ありえない」と立証されていた。
また、銃撃事件立件のための「別件」として作られた「殴打事件」は、疑惑報道のさなかに登場した「元女優の供述」を唯一の証拠に有罪が確定したが、この「供述」についても、二審判決は「供述内容と供述経過を点検してみると、女友達の供述は直ちに信用できず、そのような方法で依頼されたとの事実までは認定できない」と疑問を呈していた。
判決は直接言及しなかったが、控訴審では、三浦さんが事件当時から一貫して訴えてきた「緑色の車に乗った二人組の強盗に襲われた」との証言を裏付ける目撃者の存在も明らかになった。この目撃証人(駐車場管理人)は、弁護団が米国で雇った私立探偵が見つけ出したもので、事件後、日米の捜査当局に「緑色の車」の目撃について供述し、調書も取られていた。検察は弁護側が開示請求するまで10数年間、その調書を隠していたのだ。
高裁判決には、「疑惑報道」に影響された一審判決の「予断」を批判する、概略以下のような異例の指摘もあった。
《本件は、ロス疑惑銃撃事件として、激しい報道合戦が繰り広げられた。マスコミ報道が先行し、これが引き金になって警察の捜査に発展した。報道する側において、報道の根拠としている証拠が、反対尋問の批判に耐えて高い証明力を保持できるかどうかの検討が十分でないまま、総じて嫌疑をかける側にまわる傾向を避けがたい》
《報道に接した者が最初に抱いた印象は簡単に消えるものではない。最初に抱いた印象を基準にして判断し、逆に公判廷で明らかにされた方が間違っているのではないかとの不信感を持つ者がいないとも限らない》
《そうした誤解や不信を避けるためには、公判廷での批判に耐えた確かな証拠によってはっきりした事実と、報道はされたがついに証拠の裏付けがなく、いわば憶測でしかなかった事実とを区別して判示し、その結果、証拠に基づいた事実関係の見直しを可能にすることの重要性が痛感される》
これは、一審判決だけではなく、「疑惑報道」に対する重大な「警告」でもあった。
2003年3月、最高裁は検察の上告を棄却し、三浦さんの無罪は確定した。 だが、「疑惑報道」で捜査をあおり、逮捕=犯人断定報道を繰り広げたメディアは、裁判・判決において、「公判廷での批判に耐えた確かな証拠によってはっきりした事実」、つまり自分たちがやった犯人視報道を否定する事実が明らかになっても、それを報じなかった。
それどころか、二審無罪判決を「灰色無罪」であるかのように描き、数々の誤報の検証も、三浦さんへの謝罪もしてこなかった。その延長に、今回の「報道犯罪の再犯」がある。
三浦さんは1985年9月、別件「殴打事件」で逮捕されて以来18年間、「メディア主導・日米警察合作の冤罪」と闘い抜き、勝利した。彼はその経験をもとに、報道被害、冤罪をなくすために闘い、「恵庭冤罪事件」「和歌山カレー事件」など、無実を訴える人たちの声に耳を傾け、その支援活動に取り組んできた。
今回の逮捕は、それに対する報復なのか。3月3日『中日新聞』朝刊によると、《2003年に最高裁で無罪が確定した後、日本側に提供されていた「重要証拠」が米捜査・司法当局に返却され、ロサンゼルス市警による再捜査に道筋を付けた》という。その間、日米の警察の間でどんな「密約」が交わされたのか。
ロス市警の逮捕状は「実行犯」を特定していないという。では、日本の検察が懸命に否定し、裁判所も認定した「氏名不詳者との共謀」を、米国で立証しようというのだろうか。
リーガル・サスペンスの巨匠ジョン・グリシャムが初めて取り組んだノンフィクション『無実』の翻訳版(上下巻・ゴマ文庫)が、この2月に出た。作品は無実の青年二人を死刑執行寸前まで追い込んだ冤罪の全過程を克明に記し、冤罪を量産する米国の捜査・裁判の恐るべき実態を徹底的に暴露している。
死刑制度をもつ二大冤罪大国。その捜査当局が「日米同盟」を組んで標的にした三浦さんを、一日も早く救出しなければならない。
◇ ◇
<a href="http://www.jca.apc.org/mumia/2008/080320miura.pdf"> 「三浦和義氏の逮捕に怒る緊急集会」</a>が3月20日午後2時から、東京・水道橋の「ハロー会議室水道橋1」で開かれます(参加費無料)。青山大学大学院の新倉修教授が「司法の正義と一事不再理の原則」と題して講演、冤罪・報道被害に取り組んできた多くの人たちが発言します。ぜひ、ご参加ください。
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