イラクへの軍事侵攻は米国にとって一体何をもたらしたか。イラク民主化の美名に隠された軍事侵攻の本音は、イラクの豊富な石油資源の確保にあったが、その思惑は外れ、挫折した。このことは軍事力行使によって石油資源を確保し、石油浪費経済の維持を図ろうとする「古いシナリオ」はもはや「変革の21世紀」にはふさわしくないことを物語っている。 今こそ中米の小国、コスタリカが実践しつつある「小さな国の大きな智慧」に学ぶときではないか。コスタリカは憲法改正によって軍隊を廃止し、反戦・平和路線を維持しているだけではない。温暖化対策にも熱心で、温暖化効果ガスの排出量ゼロを目指す国造りに取り組んでいる。世界における平和・環境のモデル国、コスタリカにもっと大きな関心を寄せたい。
▽ “石油戦争”の勝者はイラク国民
イラクにおける「石油戦争」にまつわる興味深い記事を紹介したい。中東ジャーナリスト、坂井定雄氏の「“石油戦争”の勝者はイラク国民」と題する記事(護憲・軍縮・共生を目指すインターネット上の市民メディア「リベラル21」に2010年1月10日付掲載)で、その大要は以下の通り。
2003年、ブッシュ政権の米国が開始したイラク戦争に対して、世界中の反戦デモは「No War for Oil !」を叫んだ。その通り、米軍のイラク占領後、さっそく米系メジャーが巨大な未開発石油資源の独占的開発権を狙って、バグダッドに押し寄せてきた。しかし、まもなく始まった反米武装勢力の攻撃・テロの激化で、米系メジャーは素早く撤退した。 それから6年半。治安も改善、政治体制もほぼ安定するなかで、09年6月、イラク戦争後、最初の小規模な新規油田開発の入札が行われ、皮肉にも米系メジャーではなく、中国国営石油公司(CNPC)との間で調印された。 そして、12月、イラク石油省は、世界最大規模の3油田を含む10の油田の新規開発・拡張プロジェクトの本格的国際入札を行い、以下のような契約が決定、調印された。
*英国シェルとマレーシア・ペトロナスの企業連合とのマジュヌーン油田開発=確認埋蔵量126億バレル、日産180万バレルが目標。 *中国のCNPC中心の企業連合とのファルファヤ油田開発=確認埋蔵量41億バレル、日産53.4万バレルが目標。 *ロシアのルクオイルとノルウエーの企業との西クルナ2油田開発=確認埋蔵量129億バレル、日産180万バレルが目標。 *日本の石油資源開発とペトロナスの企業連合との南部ガラフ油田計画=日産23万バレルが目標。
イラク石油省は、2回目の大規模入札を予定しており、6年後にはイラクの原油生産は日産700万バレルに達する計画だ。世界第3位の埋蔵量を持つイラクは、原油生産量でも世界1、2位のサウジアラビア、ソ連に迫ることになる。 宗派間抗争に加え、石油権益争いも大きな不安材料だが、石油開発の推進は国民的合意である。国際的入札で中国はじめアジア諸国やロシアが積極的に参加、契約調印したことにより、イラク政府は自主性、公開性を国民に示せたと自信を持った。石油戦争の勝者はイラク国民だった、といえよう。貧困対策、水道、電気はじめ生活インフラの改善など、石油の富を国民が実感できる施策を確実に実施できるかどうかが、プロジェクトを進めるカギになるだろう。
▽ 軍事力に頼る石油浪費経済に未来はない
もう一つ、以下のようなタイトルの私(安原)の記事を紹介する。 軍事力に頼る石油浪費経済に未来はない 今こそ「小さな国の大きな智慧」に学ぶとき
この記事は、『週刊 金曜日』(03年1月31日号)の連載記事「安原和雄の経済私考」欄に掲載されたもので、内容は以下の通り。
「日米運命共同体」がしきりに喧伝されたのは、1980年代の中曽根政権のときではなかったか。海上自衛隊のイージス艦(最新の艦隊防空用ミサイル護衛艦)の出航光景をテレビで見ながら、そのことを思い出していた。 インド洋へのイージス艦派遣は、アメリカがイラク攻撃を始めれば、それを支援するのが目的である。イラク攻撃の真の狙いは何か。「フセイン・イラク大統領を追放し、民主的政権を樹立させる」というブッシュ米大統領の意図の裏には石油がからんでいる。それをうかがわせるデータ、「主要石油産出国の石油の埋蔵量と採掘可能年数」(1999年、埋蔵量の単位=100万㌔㍑)を紹介したい。なお下記の数字は左欄が石油埋蔵量、右欄が採掘可能年数である。 サウジアラビア=41,499 ― 96.0 イラク =17,888 ―116.2 イラン =14,262 ― 71.0 ロシア = 7,723 ― 22.5 中国 = 3,816 ― 20.5 アメリカ = 3,344 ― 9.6
ここで注目すべきことは、イラクの石油埋蔵量が多いだけでなく、採掘可能年数が現在の採掘ペースを前提に計算すると、世界で一番長く、100年を超えていることである。一方、アメリカでの採掘可能年数はわずかに10年程度でしかない。 石油に関連してもう一つ、ブッシュ政権誕生直後にアメリカは地球温暖化防止のための京都議定書(97年12月採択)から一方的に離脱したことは周知の事実である。京都議定書の精神を守ることは石油浪費経済の抑制につながる。これに反し、京都議定書を拒否したことは、アメリカ流の石油浪費経済を今後とも持続させること、さらにそれに必要な石油を確保し、支配する意思があることを世界に向けて宣言したものと受け止めざるを得ない。こういう脈絡で見れば、石油埋蔵量、採掘可能年数ともにイラクはアメリカにとってまさに垂涎の的(すいぜんのまと)であるに違いない。
そこでアメリカの意のままにならないフセイン・イラク大統領を軍事力で追放するというシナリオが浮かび上がってくる。いいかえれば軍事力による石油確保と石油浪費経済の維持というカビの生えた古いシナリオである。日本がイラク攻撃を支援する含みでイージス艦を派遣したことは、日米運命共同体のパートナーとしてこのシナリオの実現に一肌脱ぐことを意味する。改めて指摘するまでもなく、日本は石油の9割近くを中東諸国に依存している。 しかし軍事力を振り回して石油浪費経済を維持するという路線は歴史の大道に沿った正しい選択といえるだろうか。答えは明らかに否である。21世紀の道理に合った選択は、地球環境の保全、石油浪費経済からの脱却、軍事力に頼らない平和の確立 ― 以外にはあり得ない。この3本柱の道理を踏み外した大国は、遠からず世界の中で孤立を深めていくほかないという予感がある。
孤立を避けたいなら、今こそ小国に学ぶときであることを強調したい。私は新年早々、「コスタリカに学び、平和をつくる会」の訪問団の一人としてコスタリカを訪ね、ジャーナリストたちと対話する機会を得た。「イラクへの攻撃と日本の選択についてどう考えるか」という質問にこう答えてくれた。「日本の賢明な選択を期待したい」と。これは日米軍事同盟が存在していても、アメリカに追随しない平和路線の選択が可能なはずだという趣旨である。 コスタリカは1949年の憲法改正で軍隊制度を廃止し、平和教育の徹底と自然環境の保全、いいかえれば石油浪費経済とは無縁の政策に国を挙げて取り組んできたユニークな実績がある。「小さな国の大きな智慧」と評価したい。ここに日本再生のヒントを求めることはできないか。
▽ 石油確保の思惑外れたアメリカの軍事侵攻 ― 世界の中で孤立
上述の2つの記事を今、重ね合わせて読んでみて私(安原)は共感を覚えると同時に感慨深い思いに駆られている。 その一つは、アメリカのイラク軍事侵攻の真の目的であった石油確保が思惑外れとなり、失敗に終わっていることである。坂井氏の記事「“石油戦争”の勝者はイラク国民」がそれを示している。
私は『週刊 金曜日』(03年1月31日号)掲載の記事につぎのように書いた。アメリカがイラク攻撃を始めたのは、03年3月20日で、その2か月前のことである。 アメリカの意のままにならないフセイン・イラク大統領を軍事力で追放するというシナリオが浮かび上がってくる。いいかえれば軍事力による石油確保と石油浪費経済の維持というカビの生えた古いシナリオである ― と。 この「カビの生えた古いシナリオ」がそのまま実現するようでは、この世に神も仏も存在しないという始末となるが、それが挫折していることは、慶賀に値するといえる。
さらにつぎのようにも書いた。 軍事力を振り回して石油浪費経済を維持するという路線は歴史の大道に沿った正しい選択といえるだろうか。答えは明らかに否である。21世紀の道理に合った選択は、地球環境の保全、石油浪費経済からの脱却、軍事力に頼らない平和の確立―以外にはあり得ない。この3本柱の道理を踏み外した大国は、遠からず世界の中で孤立を深めていくほかないという予感がある ― と。 ここで強調したいのは「道理を踏み外した大国は、遠からず世界の中で孤立を深めていくほかないという予感がある」という指摘である。この予感も数年を経て否定しがたい現実となった。だからこそ道理を踏み外し、孤立を深めていたブッシュ米大統領が退陣に追いつめられ、変革(チェンジ)を旗印として掲げるオバマ米大統領の登場となるほかなかった。歴史の変化は速い。そこに共感と感慨を覚えないわけにはいかない。
▽ 「小さな国の大きな智慧」に学ぶとき ― 日本・コスタリカ同盟を
私(安原)は上述の『週刊 金曜日』(03年1月)掲載の記事でつぎのようにも指摘した。 コスタリカは1949年の憲法改正で軍隊制度を廃止し、平和教育の徹底と自然環境の保全、いいかえれば石油浪費経済とは無縁の政策に国を挙げて取り組んできたユニークな実績がある。「小さな国の大きな智慧」と評価したい。ここに日本再生のヒントを求めることはできないか ― と。
その中米の小国・コスタリカが大手紙でも大きく取り上げられるようになった。毎日新聞(2010年元旦)は正月特集「生命の宝庫 中米・コスタリカ」を3頁にわたって組んでいる。さらに1月11日付で環境特集「生命の宝庫~コスタリカの挑戦」は「森林保護へ報奨金 20年で国土の5割に回復」、「ホルヘ・ロドリゲス環境エネルギー相に聞く」を載せている。 コスタリカは環境対策では世界の最先端を走っている国で、温暖化効果ガスの削減目標として「2021年までに排出量ゼロ」を表明している。「環境エネルギー相に聞く」の内容を以下に紹介する。
森林が失われると水源も守れず、水が不足し、水質も悪化する。国民の健康や生活、産業活動に悪影響を及ぼす。自然保護に消極的だった国では今、水不足と温暖化の影響で深刻な事態が起こりつつある。コスタリカは80年代半ば、国連食糧農業機関(FAO)や世界銀行、国際NGOからの忠告を受け入れ、森林政策を転換した。つまり「森林=木材」ではなく、エコツーリズムや水力発電を振興するための資源と位置付けた。 現在のコスタリカの二酸化炭素(CO2)排出量は年約800万トン。2021年までに(排出量を吸収量で相殺して実質ゼロにする)カーボンオフセット国家を目指している。環境技術を導入し、産業や交通部門からの排出を減らす。同時に森林による吸収を増やす。吸収量はほぼ目標に達した。企業の意識も高まっている。 昨年9月の国連気候変動サミットで、複数の首脳が温暖化対策はお金がかかりすぎると述べていた。アリアス・コスタリカ大統領は、世界の軍事費(注)の1%未満で対策はできると訴えた。お金の問題ではない。 (注)世界の軍事費は年間総額100兆円超で、うち約半分をアメリカ一国が占めている。日本の軍事費は5兆円弱である。
コスタリカの軍隊廃止や環境保全対策についてわが国では「小国だから可能だ」という根拠なき反論もあるが、そういう思いこみは捨てて、変革の時代だからこそ「小さな国の大きな智慧」にも学ぶときではないか。「日米同盟の深化」が民主党鳩山政権の合い言葉になっている。しかし21世紀の歴史の進む方向を洞察し、同盟を結ぶとすれば、日米軍事同盟に見切りをつけて、むしろ環境、平和を軸とする日本・コスタリカ同盟に転換するという選択肢もあり得る。日本国憲法9条の本来の理念、「戦争放棄、非武装、交戦権の否認」を国を挙げて実践しているのが実はコスタリカであり、それに学び、提携を進めることが智慧に富む選択といえよう。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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