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2010年03月23日12時26分掲載
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文化
【パリの散歩道】(4) 「パリは死につつある」と語るパスカル・バレジカ氏(著述家) 村上良太
「中世のパリ」「パリ 首都の物語」「図像で見るパリの歴史」などパリの都市史を多数執筆しているパスカル・バレジカさん(Pascal Varejka 1952-)を訪ねました。バレジカさんの本は日本の大学でも教科書として使用されています。文章が簡潔でわかりやすいだけでなく、写真や美術が多数使用されていて初心者にも読みやすいのです。パリの著述家はどんな暮らしをしているのでしょうか。
バレジカさんから待ち合わせに指定されたのはセーヌ河畔でシテ島の北側にあるtheatre de la villeという劇場の玄関です。夜8時、180cm近い長身のバレジカさんが現れました。
「ここで待ち合わせたのはすぐそばにビール専門のいい居酒屋があるからです」
チェコの地ビールで乾杯しました。バレジカさんの祖父の代に家族がチェコからパリに移り住んだと聞いたからです。それは20世紀の初めのことで、当時、チェコはハプスブルグ家を冠するオーストリアに併合されていました。バレジカさんはプラハの歴史についても本を書いています。 1968年、ソ連の戦車が「プラハの春」を押しつぶした時、バレジカさんは16歳でした。その頃、パリでは五月革命が起き、世界中騒然としていました。
「当時まだ高校生で政治をまじめに考えるよりはお祭り騒ぎの日々でした。」
バレジカさんはパリ大学に進み、その後、1981年から82年にかけてプラハに10ヶ月滞在します。チェコ語を習得し、チェコ文化に触れ、自分の根を見つめたのです。
「チェコで僕はこう思うに至りました。僕はフランス人にもなれなければ、チェコ人にもなれない。強いて言えば欧州人だろう。多少その地域の言語が話せれば欧州のどこででも暮らせると思いました。フランス人は認めたがらないですが、今、欧州の実質的な共通言語は英語です」
バレジカさんには「欧州の奇妙な象」という風変わりな本があります。象が野生に生息していない欧州人にとって象は日本人にとっての龍のように想像をかきたてる未知の存在でした。 バレジカさんは古代ローマから今日まで欧州で描かれた様々な象の絵を集め分類して書き上げたのです。バレジカさんはこの活動を「エレファントロジー」と名づけました。 バレジカさんが欧州の象に注目したきっかけは、パリの町かどに残るフリーメーソンの史跡を調査していた時のことだそうです。
「ライオンや馬の彫像はよく見ていましたが、象に気付いたのは初めてでした。欧州人は驚くようなものを描いていました」
象を見た事がなかった昔の画家たちは、鼻をクラリネット状に描いたり、背中に城を背負わしたり、猪のような獰猛な体形であったりと、奇想天外な象を描いています。 バレジカさんは国立図書館で資料を集めたほか、意外にも絵葉書から多数の絵を入手しました。さらにウェブのデータベースからも集めました。国境と時代を縦断する自由な感性を持つバレジカさんならではです。それがよく理解できたのは、後日バレジカさんの自宅におうかがいした時でした。
パリ北東部に位置する19区の団地でバレジカさんは暮らしています。教えられた道順をメモを頼りに尋ねました。夕食の準備中でバレジカさんはニンジンの皮を剥いており、娘の帰宅を待っていました。バレジカさんは料理を自炊しているそうです。
バレジカさんの家族は欧州連合のようでした。最初の奥さんはポーランド人、二番目の奥さんはイタリア人で、それぞれ娘を一人ずつもうけています。バレジカさんは娘たちとフランス語、英語、イタリア語の3ヶ国語で会話ができます。長女のミレナさんはフランス、カナダ、英国と3ヵ国の大学で物理と化学を学びました。国際社会で生きていけるように努力した結果だろうと推察しますが、そのバレジカさんはこうも言います。
「僕の人生は偶然に身をゆだねてきた歴史です」
イタリア人の女性とプラハ滞在中に出会って恋に落ちたバレジカさんは彼女の帰国にくっついてジェノバに行き、結婚します。今度はイタリア語を学び、イタリア語の翻訳家になります。
「イタリア語で最初に読んだ本がナイジェリアの作家エイモス・チュツオーラの小説「やし酒飲み」でした。奇妙な物語でとても面白かったのを覚えていますよ。原文は英語ですが、イタリア語訳で読んだのです」
バレジカさんはムール貝とアンチョビの入ったシーフードパスタをご馳走してくれました。 数年前、イタリア人の奥さんと離婚したバレジカさんですが、本場仕込みの見事な味です。
「20年前、僕は欧州がアメリカ合衆国のような1つの国に統合されればいいな、と思いました。しかし、それは不可能だと悟りました。国も政治家も自分の利益に走るからです。欧州連合は1つの巨大なマーケットではあっても、政治や軍事ではバランスを欠いた小人であり、そこに未来はありません」
バレジカさんはパリを愛しながらも、パリが死につつあると感じていると言います。
「ロンドンの方がはるかに活気があります。長女がロンドン近郊に住んでいた頃、よくロンドンに行きましたが、素敵な町です。一方、パリは観光の中心というだけになりつつあります」
フランスで本の執筆だけで食っている人はほんの一握りで多くの作家が別に仕事を持っています。バレジカさんの場合は翻訳業です。芸術、歴史、旅行ガイドブックの翻訳が多いそうです。 欧州を越境する著述家のバレジカさんに、過去に読んだ小説の中から、ベスト10を挙げてもらいました。
アレッサンドロ・バリッコ「絹」 アンドレ・ブルトン「黒いユーモア選集」 アレホ・カルペンティエール「バロック協奏曲」 ドストエフスキー「白痴」 ガルシア・マルケス「百年の孤独」 ヤロスラフ・ハシェク「兵士シュベイクの冒険」 ルイス・セプルベダ「ラブストーリーを読む老人」 エイモス・チュツオーラ「やし酒飲み」 ボリス・ヴィアン「日々の泡」 オスカー・ワイルド「ドリアン・グレイの肖像」
しかし、とバレジカさんはつけ足しました。
「もし無人島に持っていくとなったら、迷わずシェイクスピアの戯曲全巻です」
*補足
バレジカさんはパリ大学で学んだ後、伝統のある東洋語学校で チェコ語を学んでいた。東洋語学校というと、中国語やタイ語などのアジア言語のような印象を持つが、「フランスの東」に位置する言語はすべて「東洋(オリエンタル)語」になるらしい。だから東欧であるチェコ語も東洋語になるというのである。
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パスカル・バレジカさん
著書「図像で見るパリの歴史」
「欧州の奇妙な象」より、15世紀の1枚。大英図書館所蔵
バレジカさんと長女ミレナさん





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