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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2010年08月17日08時04分掲載
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語学に再挑戦2 村上良太
何年か前、取材でワシントンDC郊外のホテルに宿泊しました。その時、衝撃を受けたのはホテルのスタッフが掃除のおばさんから、レストランのシェフ、給仕、フロントまで、ほぼ全員スペイン語を母語とする人々だったことです。その多くはエルサルバドルなど、中南米から働きに来ている人々でした。そこで、こう思わざるをえませんでした。
「あと20年もしたら、スペイン語ができなかったらアメリカの取材は難しくなるだろう・・・・」
そういうわけで、スペイン語をやろうと思うに至りましたが、中高年者の語学習得は覚えてもすぐに忘却してしまい、決してラクではありません。しかし、英語だけで知ることができるアメリカの領域は少しずつ狭まってきているように思います。NHKスペイン語講座のテキストでもスペインや中南米が舞台の会話だけでなく、フロリダ半島が舞台になっているものが最近登場しています。
アメリカの新聞を読んでいるとブロードウェイの演劇にも中南米発のものが増えています。たとえばチリの女性作家イサベル・アジェンデの小説「精霊たちの家」をニューヨークで舞台に載せる試みも行われました。この小説は南米を舞台にしていますが、ずっと以前に一度ハリウッド映画になり英語で演じられたことがあります。しかし、出来は芳しいものではありませんでした。スペイン語圏の文化を英語に移し替える時、文化の違いがマイナスに出たとしかいいようがありません。しかし、今回のアメリカでの公演はスペイン語を話す演出家や脚本家がコラボレートしたものです。
スティーブン・ソダーバーグ監督がエルネスト・チェ・ゲバラを描いた2部作の映画でも、メインはスペイン語になっていました。かつてのハリウッド映画なら考えられなかったことです。マーロン・ブランドがサパタを演じた「革命児サパタ」でもブランドは顔こそメキシカン風にメークをしていましたが、英語をしゃべっていました。
この変化は単に理念の問題だけでなく、ハリウッドの映画産業がスペイン語を母語とする観客の動員数を意識し始めた結果ではないかと思います。そうであればアメリカ映画の中にも、これまでと違ったテーストを持つものが増えていく可能性があると思います。
ギジェルモ・アリアガ(Guillermo Arriaga 1958- )という名前のメキシコ出身の脚本家がいます。今をときめくアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の出世作「アモーレス・ペロス(犬の愛)」の脚本を書いていますが、メキシコ映画ばかりでなくハリウッド映画「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」の脚本も書きました。この映画は缶コーヒー「BOSS」のCMでもおなじみの男優トミー・リー・ジョーンズが監督・主演をつとめ、カンヌ映画祭でも注目を集めました。
テキサスの国境地帯で不法就労のメキシコ人メルキアデス・エストラーダをあっけなく射殺した国境警備隊員に、エストラーダの友人(トミー・リー・ジョーンズ)がメキシコの町まで彼の遺体を運ばせる物語です。遺体を運ぶのは「俺が死んだら故郷ヒメネスに埋めてほしい」と生前エストラーダが友人に告げていたからです。この越境の旅を通して、男たちは今まで目を向けなかった真実に直面することになります。それは自分がどこにも根をもたない人生を送ってきてしまった、という苦い自覚に結びつきます。
これも新しいテーストのアメリカ映画です。脚本家のギジェルモ・アリアガは以前、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙に寄稿していました。自分がなぜ不法就労の話を脚本にしたのか、についてです。メキシコから国境を越えてアメリカに出稼ぎに行ったまま、帰ってこない人々が多数に上ります。アメリカに渡った恋人や家族をずっと待ち続ける人々がメキシコにいます。彼の身の回りにもそうした人々がいました。越境労働は家族が崩壊する悲劇でもありました。アリアガはその物語を労働者の心の内側から描いたのです。そのことによって「越境労働者に関する社会派の作品」という枠組みを超えた、普遍的な人間の物語となったのだと思います。それは日本の「無縁社会」にも通底する物語だと思いました。
ギジェルモ・アリアガやアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥのようなスペイン語圏の映画作家がハリウッドでも活躍し始めているのはアメリカの変化の兆しのように思えます。
村上良太
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