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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2011年12月24日23時17分掲載
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検証・メディア
日本のメディア・出版界に聞く�◆檻押|羝�選書・編集長が語るーどんな企画を探しているのか
横手拓治・中公選書編集長に、前回は出版事情と選書シリーズ創刊の背景を聞いてみた。今回は、どういう企画を選書シリーズに入れようと思っているのかについてうかがった。(日刊ベリタ=小林恭子)
―今度は編集者に関する質問をします。横手さんは選書の編集者ですが、書き手が横手さんに出版を考えてアプローチした場合、どういった展開になりますか。気になる人は多いと思います。「こういう企画が欲しい」という方向性が先にあるのでしょうか? 刊行したいと思ってもらえる本は、どういう基準で選ばれるのですか?
横手氏:正直にいいます。公的には「編集方針」みたいなことを言う場合はありますが、究極は主観というか、カンですね。答えになっていませんか?
―その「主観」っておっしゃったのは、いままでの経験則から判断する、という意味ですか?
経験則は大きい。それがないと素人と同じになります。それから情報、そしてデータです。とりわけ数字のデータ。これは営業関係者など、会社の他の人間に説得するためです。ただ数字というのはあくまで近過去のもの。本は将来の読者に向かって出すのですから、数字は判断材料の、多くのもののうちの一つに過ぎません。
その上で決定的に重要なものとして、「なにか惹かれる」というニュアンスがあります。これも「好きだ」といった、趣味的な、アマチュア的なレベルに過ぎないと、説得力、パワーを持ちません。やはり何らかの、プロフェッショナルな知見に基づき、その上で、動物的なカンを働かせるのです。「説明しろ」と言われれば、苦し紛れに理屈を出せるのですが、どうもウソっぽくなる。「何か」を感得した、それはカンであり、主観だ、と言いきるほうがむしろスッキリしています。
カンというのは、答えになっていない答えのようですが、今回の小林さんの本『英国メディア史』の中で、「同じジャーナリストとして、すごくシンパシーを感じた人がいる」と書かれていましたね。あの感覚とよく似ています。人だったり、活字だったり、作品だったり。たくさんある中で、特定の一つに強いシンパシー感じる、というのは、私のいうカンとか、主観というのと、かなり似ていますよ。
―主観というと誤解があるかもしれませんね。
主観という語は誤解がありますね。訂正します。感覚的なものも含めての、経験の総合力だといったほうが正確でしょう。そこには、ある種の客観性みたいなものが宿されます。そして「何か」を直感的に把握するきっかけが、そこからもたらされます。
―すると、つまるところ、このシリーズで出版される本というのは、個人的趣味嗜好ではなく、プロ編集者としての横手さんが選んだ本、ということですね?
経験による総合力ですから、個人の好みだけではないのです。経験を積ませてくれたすべての人や会社に感謝しつつ、その総合力を、価値ある本の制作を行うことで、業界にフィードバックしたいわけです。
―話題を転じますが、日本の出版社との交渉で驚いたのは、編集者と遣り取りしているとき、お金の話が一切出てこないこと。お金を稼ぐ仕事とは思っていない、という印象でした。
商業出版ですから、お金の話は欠かせないのですが、著者の方とは普通、その話はしません。海外ではビジネスとしてきちっとやるようですね。お金の話をツメてから、編集活動をはじめる、といったシステムだと聞いています。その点、日本はまだのんびりしていますね。
―コストがいくらかかるとか、そういうことは別に置いておいて、考えていないように見受けましたが。
いつも考えていますよ。そればっかりです。ただ、著者の方との話では出てこないだけで。
―ビジネスの考えを持ち込むと、何かが失われてしまう、と日本の出版社人は考えているのかな、と思いました。
そう思ってくれて、こそばゆいような、複雑な気持ちです。根本はビジネスなのですが、確かに、少なくとも私は、取引相手となる著者とはビジネス的な話はあまりしない。考えてみれば不思議ですね。信頼関係で成り立っている、といえばそうでしょうが。ただこれで、30年近く、無事にやってこられたわけです。
―中公選書は今後、どういったペースで出していかれるのでしょうか?
最初からガツガツやらないようにしよう、とは思っています。現時点では、2か月に2冊程度のペースでやっていくつもりです。定期刊行物という位置付けはずっと変わりません。
―書き手は、ふだんどうやって探すのでしょうか?
基本的にはものすごくアナログ的、かつ原始的です。論文をひたすら読み、人の評判を聞き、の繰り返しです。
―シリーズの狙いとして、やはり、質の良いものを出してゆきたい、というのがあるわけですよね? 「知は自在である」というキャッチコピーが、選書創刊時のシリーズ紹介文には入っていましたけれども。
そうです。質というのは、これまた論議のあるテーマですが、端的にいえば、中公の教養書の基本路線でやります、ということです。新しい時代に、中公の教養書の基本を踏まえて本を出していく、ということになります。その意味では原点回帰、コンサバティブでしょう。ただし、守旧ではない。「知は自在である」としたのは、「知」とか「教養」を、なにか固定的な、堅いものと考えないようにしよう、という意味です。柔軟にみていこうという、こちらの心構えでもあるのです。
著者も、大家・中堅の方々とお付き合いするのは当然ながら、一方で新人発掘を必ずやります。小林さんもその一人で、今回ご一緒に仕事ができて、ほんとうに光栄でした。それから旧人の新才能発掘。これもやります。編集者をやっていて最も面白いのは、わくわくするのは、やはり新人発掘と旧人の新才能発掘、この2つですから。
中公新書ラクレのとき、まだ京都大学の院生だった中島岳志さんを著者に迎え、『ヒンドゥー・ナショナリズム』を作りました。その後、中島さんは、大佛賞をとり、研究者のみならず、論壇人として大きな存在になったのですが、いまだに最初、電話を掛けて、「書きませんか」と話したときのことを覚えていますよ。
やはり、デビューを手伝った新人著者がのちのち偉くなるのは、嬉しいのです。子育てと同じ。またやりたいですね。いや、きっとやります。中公選書でデビューした新人はみんなすごい存在になる、という、「伝説」を作りたいですね。もちろん、旧人に新しい方向性でものを書いてもらう、というのも、必ず、そして頻度多くやりますよ。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
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