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2012年02月03日20時31分掲載
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アフリカ
行方不明者が651人 モロッコ占領当局の西サハラ人に対する虐待 文:平田伊都子 写真構成:川名生十
「ラユーン暗黒監獄の西サハラ人政治囚が重態!緊急救出要請!!」と、2012年1月25日、モロッコ占領地.西サハラの首都ラユーンにあるASVDHから、SOSが発信された。 収監されている西サハラ人政治囚の内、5人が救急治療の必要があると囚人の家族が、ASVDHに駆け込んできたのである。 ASVDHは西サハラ人政治囚や行方不明者やその家族を支援する西サハラ人による人権擁護団体である。 正式名を「The Saharawi Association of Victims of Grave Human Rights Violation 人権侵害された犠牲者のための西サハラ人協会」という。 モロッコ占領地では、西サハラ人によるデモや集会や政治活動や平和活動や人権擁護活動にいたるまで、あらゆる活動が禁止されている
+ 漁港ダハラで起こった事
5人の緊急容態が分かったのは、その内の一人、アリ.サレム.ベッラを家族と友人が面会に行ったからだった。 逃亡しないようにとモロッコ占領警察はアリの足を滅多打ちにし、アリの足は膨張して歩けなくなっていた。 その時アリは、仲間4人の救出を彼の家族に訴えた。 アリの家族はアリに弁護士の電話番号を書いた紙切れをそっと渡した。 が、それを見つけたモロッコ人看守はアリの顔や頭や痛む足などところ構わず、家族や友人への見せしめだと、滅多打ちにした。 アリの家族はモロッコ当局の目を盗み、西サハラ人の家から家を辿って、ASVDHに駆け込んだのだった。 5人は他の12人と共に、2011年9月に漁港ダハラで平和デモをやり、モロッコ占領警察に逮捕された。 その時にモロッコ占領警察から受けた拷問や虐待で負傷し、全く治療をしてもらえず5ヶ月以上、劣悪な監獄に放置され症状が悪化した。 5人の重傷者: �.皀魯鵐泪鼻ゥ泪離蹇�長期間の目隠しと手錠で、耳が潰れ手首が腐り骨が出ている。 �▲Ε薀鼻ゥ泪魯献絅屐Ч虧笋慮絨箴匹杷愧罎坊稍法�結膜炎で目が開かない。 ��カマル.トライ:ぎゅう詰めにされ不衛生な獄中で気管支炎になり呼吸困難。 �ぅ汽譟ゥ好�ヤ;拷問で血尿症になり、排泄器官と性器が不全。 �ゥ▲蝓ゥ汽譽燹ゥ戰奪蕁Ч虧笋琶盥垪て颪覆Δ─⊃靴燭聞虧笋覗歓搬破个膿蠎紂�
5人重症者を含む17人政治囚は、モロッコ占領地.西サハラの首都ラユーンから約600 キロメートル海岸線を南下したダハラの漁民だ。 ラユーンがリン鉱石の積出港として、ダはタコや大西洋黒マグロなどの漁港として、モロッコ貿易を支えている。 しかし、国連がモロッコ占領地.西サハラを不確定地域としているいじょう、モロッコのリン鉱石採掘と漁業はまごうことなく国際法に違反する犯罪行為だ。 ダハラの漁民たちは、漁業権を西サハラ漁民に返還することと、モロッコ占領反対を訴えて今もデモを続けている。
+ ラユーンで起きていること
モロッコ占領地.西サハラの人口は約39万人と推定され、その内約31万人はモロッコ兵とモロッコ人入植者だと言われている。 彼らの大部分は、1991年に国連が西サハラ住民投票を提案してから、選挙人としてモロッコ王国が送り込んだモロッコ人たちだ 2010年10月10日、西サハラの首都ラユーンに住む5万の西サハラ人のうち2万が、ラユーン郊外の<グデイム.イジク>で8000個のテントを張りモロッコ占領反対の抗議運動を開始した。 しかし、約一ヶ月後の11月8日早朝に突然、モロッコ占領軍がヘリコプターと軍用車で攻撃を開始。 8000個のテントは焼き払われ、2万の西サハラ被占領民はラユーンに追い帰された。 モロッコ軍は36人の西サハラ人を殺し723人に重傷を追わせた。 モロッコ当局は159人を逮捕したが、23人は裁判なしでモロッコ暗黒監獄に繋いだままにしている。 2011年末の第13回全西サハラ民族大会で西サハラ独立運動路線を確認した西サハラ被占領民はラユーンやダハラやスマラなどの町で、モロッコ占領反対と西サハラ独立を求めるデモを激化させていった。 しかし、デモそのものを禁止しているモロッコ占領当局はデモ参加者のみならず、その家族までしょっぴいていった。 2012年1月13日のラユーンで「デモをする権利を求めるデモ」を女性たちが立ち上げ、 モロッコ占領当局の前で座り込みをやった。 モロッコ警察は80才の老婦人をごぼう抜きにし、デモ参加者の前で辱めたのだった。 1月27日、それでもめげない西サハラ女性たちは「西サハラ人の政治的な社会的な正当な権利を求める」座り込みを、モロッコ占領当局局長ハリル.デイルの事務所前でやった。 すぐに私服と制服のモロッコ警察が飛んできて、デモは解散させられた。 が、デモに参加したララ.アラムは家の前で警官の急襲にあい、殴る蹴るの暴行を受けた。
+ ラユーン暗黒監獄
居心地のいい監獄なんてこの世にあるはずがない。 が、ラユーン暗黒監獄に収監されていたラルーシの話は、痛々しく身の毛がよだつ。 「逮捕されて2,3日は拷問つきのきつい取調べが続き、その間は食事抜きで一畳ぐらいの狭い房に目隠しと手錠つきでほり込まれる。<モロッコ王万歳と言ったら釈放してやる>と、モロッコ警察は持ちかけてくるのだが、おれはきっぱり断った。とたんに殴り飛ばされ、気がついたら仲間が折り重なっている雑居房で呻いていたんだ」 日本では一畳に一人とされているが、ここでは一畳に3人以上押し込まれている。 拷問の廃止と獄生活の改善を求めて、西サハラ政治囚たちは何度もハンガーストライキをやった。 40日間、頑張ったこともあった。 が、「さっさと餓死しろ!」というのがモロッコ当局の回答だったそうだ。 現在判明している西サハラ人政治囚は、ラユーン暗黒監獄に約145人、モロッコ本土のサレ監獄に約20人いるといわれている。 モロッコの他の監獄にも収監されているそうだが、モロッコ側が公表しないので数も明らかではない。 大部分は裁判なしで長期収監されている。 その裁判も公平で公正なものではなく、一方的に刑を宣告する簡易軍事裁判にすぎないのだ。
+ ASVDH:Saharawi Association of Victims of Grave Human Rights Violations
ASVDHは、<人権侵害された犠牲者のための西サハラ人協会>という名称のとおり、モロッコ占領地.西サハラで不法に逮捕された西サハラ人政治囚やいまだに行方不明の西サハラ人や、彼らの家族を救援するために西サハラ被占領民がみずから立ち上げた組織である。 西サハラ紛争そのものが36年間も国際社会から置き去りにされているなか、西サハラ内でモロッコ占領当局から虐待され続けている西サハラ被占領民のことなど、ほとんど知られていない。 しかし、モロッコ占領当局による西サハラ被占領民に対する迫害は日々酷くなり、このままでは西サハラ人政治囚は皆殺しにされると恐れた元政治囚たちがASVDHを立ち上げたのだった。 綿密な会合を重ねてモロッコ占領当局からつけ込まれないような基本綱領を作り上げ、2005年5月7日にASVDHは産声を上げた。 その基本綱領とは、「正義なき真実はない。 完全な解決なしに和解はありえない」としている。 ASVDHが工夫しただけあって、非常に抽象的でなんとでも解釈できそうだが、<解決>が西サハラの最終地位決定で<独立>を意味し、<和解>がモロッコと西サハラ両当事者の対等な<和平>を表している。 モロッコ占領当局はASVDHを厳重な監視下に置き、ASVDHのメンバーやシンパのみならず、彼らの家族まで拘束逮捕していく。 ASVDH本来の目的を、以下に列挙する。 �々塋�不明者の捜索、�◆ゝ樟啓圓琉簑里醗簓覆料楮�、�� 政治犯の釈放要求、�ご胴�内での西サハラ人収容者に対する虐待を止めさせる、�ダ哨汽魯虍鐇衫僚嗣韻紡个垢覽埖圓篷週圓筌札�ハラを止めさせる。 正式な極秘メンバーは51人で、その内15人は執行部として公に顔を出している
ASVDH書記局長ブラヒム.サッバルは人生の大半をモロッコの監獄で過ごしてきた。 「モロッコ人は我々西サハラ人を人間とは思っていない。我々が、職や医療や教育など人間として当然の権利を要求すると逮捕する。2006年12月10日に生活権改善を求めて座り込みをした時には、メンバー全員がしょっぴかれた。西サハラの独立や国連住民投票実施を主張したりしたら、有無をいわさず政治囚として監獄にぶち込まれる。我々を拷問する彼らの形相は悪魔そのものだ。 私自身、1981年から1991年まで約10年間、行方不明者だった。ラユーンの暗黒監獄に収監されていた。1991年に国連が<国連西サハラ住民投票>を提案し、それを受けて国際 アムネスティーと国際赤十字がモロッコ監獄を検証し、行方不明になっていた我々を発見した。421人の収監者の内42人は既に死んでいた」と、ブラヒムは筆者に語った。
+ 西サハラ人権問題に国際社会の目を
2012年1月21日、アメリカHRW(ヒューマン.ライト.ウォッチ)が人権侵害をしている世界90箇所の年次報告を発表した。 その中にあるモロッコ占領地.西サハラの項の概要を紹介する。 「*モロッコ占領当局の、住民投票と独立を求める西サハラ住民デモに対する迫害をHRWは非難する。 *2010年11月8日のテント抗議デモに対して行ったモロッコ治安当局の破壊行為と平和抗議者への暴行と、その後の大量逮捕を非難する。さらにこの事件以降収監している23人の西サハラ人政治囚の不当な扱いを深く憂慮する。 *モロッコ占領当局に120人以上にのぼる政治囚を釈放することを求める。 *モロッコ占領当局は西サハラ占領地に於ける人権擁護組織や平和活動団体などの活動を妨害すべきではない。
1月27日、西サハラ国連事務総長特使クリストファ.ロスは国連本部で記者会見をした。 「*西サハラ人全員が基本的人権と表現の自由を謳歌できるようにしなければならない。 *国連安保理は国連主導の和平解決に期待している。近々にロングアイランドで非公式 両当事者交渉を再開する。 *これまで残念ながら世界の耳目を集められなかったが、これ以上放置しておくと軍再編や住民蜂起を招き、北アフリカの不穏化につながっていく恐れがある。」
そして1月30日、アブドル.アジズ西サハラ亡命政府大統領は、アジスアベバで開か れたアフリカ連合首脳会議で、モロッコ占領地.西サハラに残っている西サハラ被占領の 窮状と、裁判もなしにモロッコ監獄につながれている約600人の西サハラ政治囚の即時釈 放を訴えた。 さらに、いまだに651人もの行方不明者がいることを付け加えた。
アルジェリアの西サハラ難民キャンプに約20万、モロッコ占領地.西サハラに約9万、 西サハラ亡命政府解放区に約1万と、約30万の西サハラ民族は一丸となって国連住民投票 実現を促し、西サハラ独立を目指して動き出した。 国際社会は、日本は、どう対応していくのだろうか? 文:平田伊都子
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2011年末、モロッコ占領警察の拷問で負傷した被占領民.西サハラの人々
面会にきた家族と友人の前で、モロッコ占領警察から虐待を受けたアリ.ベッラ
モロッコ占領地.西サハラの首都ラユーンで平和デモに参加した後モロッコ警察に襲われたララ
2005年5月7日、ASVDHがラユーンで被占領民.西サハラ人の手によって立ち上げられた。最初の集会
2011年12月、第13回西サハラ民族大会でインタヴューしたASVDH局長ブラヒム.サッバール


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