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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2018年02月02日19時11分掲載
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文化
【核を詠う】(256)『角川短歌年鑑平成30年版』から原子力詠を読む「トン袋五段に積まれ汚染土は海までつづく野ざらしのまま」 山崎芳彦
今回は角川『短歌年鑑(平成30年版)』(平成29年12月7日、角川文化振興財団発行)の「自選5首作品集」、「特選作品集・年間ベスト20」、「題詠秀歌」に収載された作品から、筆者が原子力詠として読んだ短歌作品を抄出、記録させていただく。本連載ではこれまでも毎年の角川『短歌年鑑』から原子力詠を読み続けてきたが「平成30年版」についても読ませていただく。「自選5首作品集」には約600人の歌人の作品約3000首と厖大な作品が収録されており、そこから原子力にかかわる作品として読んだ歌を抄出したので、読み誤り、作者の意に添わない抄出になっていることがあればお詫びを申し上げるしかない。
核兵器、核発電をめぐっての内外情勢はまことに容易ではない緊張を人びとに強いていると言わなければならないが、そのような時代を生きる短歌人がそれぞれ、さまざまな「核を詠う」衝迫を持ちながら作品化した歌は、その歌を読む人びとに少なくない思い、生き方を問うほどの意味を持つに違いないと思う。「詠う」は「訴う」ことでもあると、筆者にとっての師であった、今は亡きある歌人に教えられたことがある。
いまこの国で、福島原発事故のあれほどの危機を経験し、今も収束せず多くの人々を苦しめているにもかかわらず、原発エネルギーを欠かせない「ベースロード電源」とする国策によって原発の稼働が促進されているとともに、政府が主導し、あるいは強力にバックアップして原発設備・技術を海外への輸出商品にしている。これは「核拡散」、核兵器開発国の拡大にもつながる。さらに原発事故の危険に他国民をさらすことにもなるに違いない。
原発と裏表の核兵器の保持について「自衛のための最小限の核兵器を持つことは憲法上禁じられていない」と公言する政治家や軍事専門家(自衛隊幹部であった者を含む)が大手を振っている。そして特定の国を「仮想敵国」として「自衛のため」の軍事力強化をとめどもなく進めている。「核の傘」から「核の保持」へのステップ・ジャンプへの助走を見逃すことはできない。安倍政権とこの国の大企業集団との、あられもないと言えるほどの蜜月密着のもとで、原子力・核、軍事力の強化が進んでいること、そして憲法改悪へのさまざまな策動が強まっていることを思わないではいられない。
そのような思いを持ちながら、角川『短歌年鑑』(平成30年版)から、原子力詠を読んでいく。(なお、末尾に前回の「遠藤たか子歌集『水のうへ』の原子力詠を読む」に関して「注記」を付記していますので、お読みいただければ幸いです。)
*「自選作品集」の原子力詠* ◇波汐國芳 福島を起(た)たさん力ありありと野馬追の野馬反(そ)りのたしかさ
被曝地に五年過ぐるを葉牡丹の巻き戻しても尽きぬ渦ぞや
大津波来れば如何にと問いながら聴きしか海のグランドピアノ
薇蕨(ぜんまい)の音符起(た)て起て傾(なだ)りよりセシウム奴(め)等に負けぬ歌こそ
復興へ力借りたし蟻の列 瓦礫より出(い)で瓦礫に入るを
◇相澤東洋子 願はくば夢の国には浄土あれメルトダウンの町 蝉しぐれ
原爆忌 被爆のいたみなほ続くま昼(ひる)の空に白き月あり
◇井上美地 今もなお即死値を吐く原発デブリ 作業員らのその後は告げず
活断層ひしめく国に使い得ぬ使わせぬ炉の巨費喰いつづく
芽吹くもの散るものなべてうるわしき国を為す術なきものの占む
放たれし核は登りて集(よ)るという大空(そら)にきらめく北極光(ノーザン・ライツ)
自転する愛(かな)しき国の極北に到り降りいむ 福島の塵
◇江流馬三郎 いつの間にか核保有論者となりてゐし友の一人にも年賀状書く
テポドンの海を回巡(めぐ)りて来しならむハタハタまつ赤な卵はらめり
◇志垣澄幸 いくつもの原子炉のなれの果てをみる後世(のち)の人思ふ夕空あふぎ
原発を作らざりし串間のあをき海野生の馬が崖よりのぞく
◇四元 仰 真珠湾の鎮魂も広島の鎮魂もいま一幕の喜劇のごとし
◇相原由美 早逝せし原爆詩人のデスマスクわずか口あけケースに眠る
◇梓 志乃 平和な歳月と言えるかこの国は テロも核実験もいまだ無いが
◇伊藤宏見 私には原爆投下の前日に戻るまで戦争をはらずにゐる
◇川井盛次 吟友は津波に呑まれ逝きたればフクシマの地に吟心のこす
◇久保美洋子 原爆忌ことしも過ぎて秋霖の日々をかそけく老猫と居り
◇関場 瞳 これ以上場所がないから汚染土を各戸に配ると暁の夢
◇中西洋子 視ゆる眼を視えぬ眼も射る 熱線に黒焦げの少年 木炭なす母子
積みあげて天空邃くいたるなり。長崎原爆死没者名簿
雨晴るる敷石の坂 ゆらぎ顕つ、殉教者あまた牽かれゆく影
瓦礫より掘り出さるるマリア像被爆の頬の、ほほえみながら
踏み絵なす千の敷石 わが裡の何ためさむと踏みしめきたる
◇藤川弘子 比喩としてのチェルノブイリにあらずして春日野の芝の上の石棺
◇古谷智子 原爆忌のあしたフォーレの〈レクイエム〉ながれて時の裂け目に沈む
うら若き父さまよひし広島の空の奥処にたつきのこ雲
ただひとり聞くコンサート両脇の空席に亡きひとを座らせ
生まれたる意味などなくて意味ありて夏の真中のこころ宙づり
◇恩田英明 福島産干し柿あれば手にとれりすなはち買へり白き粉吹くを
◇紺野裕子 国道より見のつづく限り黒き袋はち切るるまで汚染土詰まる
トン袋五段に積まれ汚染土は海までつづく野ざらしのまま
廃校の体育館の高窓に褪めたカーテンはためきてをり
後部席に線量計はふり切れぬ原発へ一・五キロの辻に
夜の森のさくら裸木を見上げたりすれ違ひゆきし警察車両
◇武下奈々子 八月(はちぐわつ)の六日九日十五日(むいかここのかじふごにち) 死者をして多弁ならしめよ
◇立花正人 フクシマを逃れしひとは甲府にて野菜と森と子らを育てる
星ぼしのこぼす涙を浴びてより水母のごとく闇をたたよふ
鳩小屋に飼はれしハトは朝ごとに放射線量(せんりやう)高き廃屋をみる
黒々とそびゆる森に放ちたるみどりのさなぎを語り継ぐべし
なにもなく土を耕し種子を蒔き死者を祀りて一日をへる
◇西王 燦 秋楡に蟻這ひ上る、おそらくは原爆投下の日も這ひ上りけむ
◇藤原龍一郎 愚者の方舟―暗喩ならざる荒涼の国、汚染せる山河よ永久に
◇間瀬 敬 けふか明日核戦争が始まるとさうであつてもそれだけのこと
東京が廃都に至るメルトダウン我は疑ふこののちのこと
◇�法\觜� 水槽に眼の飛び出たる金魚ゐて原爆忌あり原発忌なし
節電をしたつていいししなくても大丈夫といふ説を信じる
ゴキブリの死後硬直を広島忌掃きつつ思ふ次はどこだろ
◇久葉 堯 夾竹桃今年も咲けどヒロシマの死者二十万死に続けをり
核のゴミ苔生(む)し残ってをりませう地球に人がゐなくなるころ
◇大口玲子 子が不意に原子爆弾の大きさを問ひたる夜の侘助の白
◇田中 濯 天井を燻蒸したるセシウムがほとばしり落つ弥生のうちに
「サソリ型ロボット」にかく感情をゆさぶられるは昭和の男
聴覚は付与されずしてたちつくす旧炉心へとカメラを向けて
*「角川歌壇・特選作品集年間ベスト20」の原子力詠* 「よい子でもみんな死んでゆきました」原爆絵本の朗読に子ら押し黙る 東京都・波多野浩子 (来嶋靖生選)
原発に人ひとりなき浪江町の家並照らすビッグムーンは 福島県・大槻 弘 (古谷智子線)
生きること、それだけ思い家を出た うっすら白さ残す山道 福島県・遠野かなみ (花山多佳子選)
原発に逐はれて六年新築の家の木目にはつか安らぐ 福島県・吉田信雄 (花山多佳子選)
夜の森のさくらトンネルをお骨抱き密かに歩み行く家族連れ 福島県・安保武志 (三井ゆき選)
母の納骨を漸くなせり原発に逐はれて建てたる新たな墓所に 福島県・吉田信雄 (三井ゆき選)
*「題詠秀歌」の原子力詠* 福島市を避難の地とせるわが兄は恙なきやと林檎送り来 福島県・吉田信雄 (久々湊盈子選)
除染にて池より水槽に移したる金魚はわずか二匹となりぬ 福島県・安倍美智子 (楠田立身選)
原発の核捨てられず氷山の溶けて消えゆく未来が見える 宮崎県・黒木直行 (遠役らく子選)
・・・・・・・・・・・・・・・………………… (注記)前回(255)の「遠藤たか子歌集『水のうへ』から原子力詠を読む」において、同歌集の「あとがき」を抄出した部分に、「『水のうへ』は『千載和歌集』の紫式部の一首からとりました。…このような中で、歌いつづけて来られた私自身の、また不安な社会の象徴として考えるとき、千五百年前に紡がれた言葉はまさにぴったりなのでした。」とありますが、作者の遠藤さんから、「『日本文学の始まりが(同歌集刊行の)2010年時点では約1500年前、『千載和歌集』は約827年前の和歌集』であることを注記することで、『千載和歌集』が編まれた年代についての誤解が生じることのないようにしたい」、旨の申し入れがありました。筆者の抄出にあたっての不注意をお詫びするとともに、この「注記」をいたします。(筆者)
次回も原子力詠を読んでいく。 (つづく)
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