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2020年05月12日09時50分掲載
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教育
コロナ禍と大学(2)9月入学と新自由主義 教育を受ける権利より市場原理優先の危うさ 石川多加子
9月入学を巡っては、これまでも幾度か検討されて来ている。古くは中曽根政権の臨教審の提言、新しくは東京大学の秋季入学構想が議論を呼んだ。それらは大学の入学期を対象とするものであったのに対して、コロナ禍の中での提言は小中高校を含めた9月入学制である。このような違いがあるものの、背景には通底する流れが見てとれる。それは、新自由主義にもとづく市場原理の導入、競争の論理、グローバル化への対応を教育にも持ち込もうとするものである。
▽教育の自由化と市場原理 1982〈昭和57〉年11月に発足した中曽根康弘内閣下、内閣総理大臣の諮問機関として総理府に臨時教育審議会が設置された(臨時教育審議会設置法1984〈昭和59〉年8月8日法律第65号)。臨教審の「教育改革に関する第4次答申(最終答申)」(1987〈昭和62〉年8月7日)は、学校教育の秋季入学制への移行を提言した。 「より合理的な学年暦への移行と学校運営上の利点」(最も暑い夏休み時期を学年の終わりにする、夏休み期間に人事異動や新年度の準備を行える)、外国との教員・学生の交流拡大、帰国子女の受入れの円滑化)・「国際的に開かれた教育システム」(外国との教員・学生の交流拡大、帰国子女受入れの円滑化)・「生涯学習体系への移行」(家庭や地域社会での交流や自然とのふれあい促進)等を目的としており、今日の議論と粗方変わらない。
イギリスでは、「戦後政治の総決算」を叫んだ中曽根首相(当時)とほぼ時を同じくしてマーガレット・サッチャー政権が誕生している。「小さな政府」を理想として電信電話や社会保険、医療等を民営化する傍ら社会保障費を削減するといった新自由主義政策を強行し、「揺り籠から墓場まで」の諸制度を打ち砕いたのは既知の通りである。中曽根内閣も、“増税なき財政再建”を旗印とする第2次臨時行政調査会(臨時行政調査会設置法1980〈昭和55)年法律第103号)の四つの答申(「教育改革に関する第一次答申〈1985年6月26日〉・「同第二次答申〈1986年4月23日〉・「同第三次答申〈1987年4月1日〉・「最終答申〈1987年8月7日〉)に沿い、日本国有鉄道・日本専売公社・日本電信電話公社の民営化、高齢者医療費の有料化、土地の規制緩和等を実施していった。
中曽根首相が構想した“教育臨調”が臨教審であり、従って教育の自由化と市場原理を取り込むべきとの思想が通底する。第2次臨調は教育に関して、教科書無償制の廃止、私学助成の縮減、教職員の増加抑制、育英奨学金事業における有利子制度導入等を示していた。今日ではこれらの多くが現実化してしまっているが、いずれも「教育公費の削減を主張し、受益者負担の原則の教育への徹底的適用をせま」るものである(鈴木祥蔵「臨教審の動向と教育改革の課題―第1次答申をよんで−」(部落解放研究1985年9月号)。
その後は、大学審議会「21世紀の大学像と今後の改革方策について─競争的環境の中で個性が光り輝く大学─」(1998〈平成10〉年10月)を皮切りに、競争原理、グローバル化促進を趣旨とした報告書等が相次いで大学の秋季入学移行を求めるようになる。同「大学入試の改善について」(2000〈平成12〉年11月)・教育改革国民会議報告「教育を変える17の提言」(2000年12月)・教育再生会議「社会総がかりで教育再生を(第2時報告)─公教育再生に向けた更なる一歩と『教育新時代』のための基盤の再構築─」・グローバル人材育成推進会議「グローバル人材育成推進会議中間まとめ」(2011〈平成23〉年6月)等である。
▽東京大学の秋季入学構想 そして2012年1月、東京大学の濱田純一総長(当時)が春季入学を廃止して2017年頃に秋季入学制実現を目指す計画を明らかにし、論争を引き起こした。同大に設置された入学時期の在り方に関する懇談会による「将来の入学時期の在り方について─よりグローバルに、よりタフに─(中間まとめ)」(2011〈平成23〉年12月)は、社会・経済のグローバル化や国際的な大学間競争の活発化といった環境の中で日本の大学には、グローバル人材の育成や国際的学生・教員の流動性向上が求められているとする。
前年6月に経団連が、秋季入学制の促進を提言したのは先にみた通りである。同提言では、海外からの優秀な留学生の受け入れを拡大する為には、「グローバル30」(「国際化拠点整備事業」)に採択された13大学が実行する方策─「英語による授業のみで学位を取得できるコースの設置、海外共同利用事務所を通じた留学生受入れのワン・ストップ対応、優秀な外国人教員の採用拡大、大学教職員のグローバル化への対応力の向上、9月入学の推進─」を、他大学でも進めるべきとしていた(前掲「グローバル人材の育成に向けた提言」。
同大は、よりグローバルかつタフな(!)学生像に近付けるべく、2012年11月に入学直後1年間休学してボランティアや世界旅行等を行う「FLY Program(Freshers' Leave Year Program初年次長期自主活動プログラム)」を決定し(2013年4月から実施)、次いで翌年3月には後期入試を廃して推薦入試を導入する旨発表しており(2016年度より実施)、秋季入学制の土台を着々と整えつつあるように思えた。
しかしながら東京大学の秋季入学構想は、2013年6月に学内の「秋入学等の教育基本問題に関する検討会議」が当面見送ることを提言し、実現しなかった。但し、対案として示された4ターム(学期)制は「秋入学構想の実現に向けた重要なステップ」(学事暦の多様化とギャップタームに関する検討会議「よりグローバルに、よりタフに─東京大学の総合的教育改革への取り組み─」2013〈平成25〉年10月)と謳われており、2015年度から採用されている。今日4学期制を採る大学は他にも、早稲田大学・立命館アジア太平洋大学(2013年度〜)、東京外国語大学(2015年度〜)、明治大学(2017年度─)等々、枚挙に暇が無い。
なお、経団連は、「グローバル人材の育成に向けた提言」以降も、秋季入学への移行に関連する報告書等を数回公表している。「今後の採用と大学教育に関する提案」(2018〈平成30〉年12月)では、日本人学生の留学奨励と共に外国人留学生の受入れ拡大の為、「海外の大学と整合性のある学事暦の導入」を検討すべきとする。採用と大学教育の未来に関する産学協議会 中間取りまとめの共同提言」(2019〈令和元〉年4月)及び「Society 5.0に向けた大学教育と採用に関する考え方」(2020〈令和2〉年3月)は、「Society 5.0が実現した2030年の社会」では、9月入学の外国人留学生、海外留学経験者、ギャップイヤー取得者等が増え、卒業時期や在学年数も多様化している」と夢想している。
▽研究者らが指摘する9月入学制の難しさ 上にみたように、これまで多くなされて来た議論の多くは、あくまで大学の入学期を対象とするものであった。大学に限って言えば、春季と共に秋季入学等も導入している学校は増加傾向にある。文科省「平成28年度の大学における教育内容等の改革状況について」によると4月以外の入学時期を設定している大学は、国公私立776大学の内、学部が265大学で全体の36%、大学院が318大学で52%に及んでいる。
しかし、コロナ禍の中で提示されているのは、小学・中学・高校も含めた9月入学制で、国民民主党ワーキンググループは、2020年9月に現在の学年を再始動させる案と、2021年9月に学年を開始させて2020年度を17箇月にする案を示している。
多くの研究者や市民が山積する課題を指摘しているが、一つは、卒業時期と授業料等の問題である。卒業が5箇月引き延ばされて国際基準から終生1年遅れることとなり、しかもその分の学費は家庭が負担しなければならないのか、それとも学校には納入されないのか。二つ目は、入学試験や採用、各種公務員試験等である。入試時期と卒業時期が変われば、学校や企業は混乱し、受験生徒は不利益を被ろうし、先ず以って例年6〜8月頃に実施されている教員採用試験はどうするのか。三つ目は、教職員・学校は、4月開始を前提として組み立てている時間割、授業計画、行事等の変更を迫られ、心身の負担が重くなる。そして何より、会計年度との齟齬をどうするのか。
9月入学制の導入は、教育制度全般に留まらず、労働や財政といった様々な制度の大規模な変更が必要となり、多大な困難を伴う。仮に一旦全てを成し遂げ、9月に新学期を迎える準備が出来たとしても、例えば夏に大きな台風に見舞われたらどうするのであろうか。
主唱者の城井崇議員は、超党派の「ICT議連」が開催した2020年度第2回総会席上、新型コロナウイルス感染症の長期化や他の災害が発生するかもしれない中では「従来型の学校教育」を前提にはし得ず、「ホームスクーリング」を中心にするべきとし、「学習指導要領と照らし合わせて、ホームスクーリングでEdTechを活用して成立するよう内容につくりあげる」こと、「紙の教科書とデジタル教科書の並列から、デジタル中心にシフトすべき」こと等が必要と述べている。 同議連は、「IT教育のインフラ整備と、先端的なAI・IoT教育の開発」に取り組む為2018年に設立された「超教育協会」と関わりを有しているようである。同協会の会長は、三菱総合研究所理事長の小宮山宏氏、会員には、グーグル合同会社・株式会社内田洋行・株式会社DNA・株式会社ベネッセホールディングス、各教科書の出版社等が名を連ねている。(超教育協会ホームページhttps://lot.or.jp/about/ )。
日本経済新聞社が行った世論調査では、学校の入学・始業を9月にする案に賛成との回答が56%にも上っているが(日本経済新聞デジタル2020年5月10日20時22分)、56%もの人は、今制度を変える必要性をどの程度認識しているのであろうか。
コロナ禍の中で今為すべきは、改正新型インフルエンザ特別措置法による緊急事態宣言下で休業を已むなくされ収入減少に苦しむ保護者や学生の生活を支え、長期に亘り対面式授業を受けられず、図書館等の附属施設利用が制限されている児童・生徒・学生の教育環境を可能な限り整備することである。それと共に、通常の学校生活の再開に向け、不足する授業時間と教育内容を精査した上具体策に付き鶴首協議し、かつ、感染を防ぐ対策を講じなければならない。国・公権力は挙げて、市民の生存権、教育を受ける権利の保障に、労力、知力、財源を注ぐ時である。現段階で、「9月入学・新学期制」導入の議論を急ぐ必要は無いことを強く訴えたい。
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