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2023年03月15日09時46分掲載
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アジア
ミャンマー「夜明け」への闘い(21)子どもたちの未来を奪う愚民化教育の再開 西方浩実
5月1日。教育と、情報統制と、ワイロ。軍政時代を知らない私が「軍政になると何が嫌なの?」と、周囲の人に聞いたときのトップ3だ。「僕たちは、愚民化されていたんだ」。私が教育について聞くと、30代の友人は怒りに言葉を震わせた。ふだん穏やかで、ちょっと斜に構えたタイプの彼がこんな風に怒りをあらわにするのを見るのは初めてで、少し驚く。
▽若者に夢をあたえたNLD政権 「軍政時代、教育は常に一方通行だった。ただ決まったことを生徒にインプットするだけ。考えさせないんだよ」。いまいちイメージがつかめない私に、彼は語気を和らげて説明してくれる。「例えば、先生が『これは車です』と教えるよね。そしたら、生徒はそれが車だと『覚える』。質問の時間は一切ない。車がどんな乗り物なのか、どこでどう役に立つのか・・・そういうことはまったく習わないんだ。」
確かにミャンマーの小学校からはいつも、生徒たちが声を合わせて、ひたすら何かを読み上げる声が響いてくる。事情を聞くと、生徒たちは教科書の中身をリピートして、丸暗記しているらしい。「僕たちは、考えるということを知らなかった。言われるがまま、目の前のことを受け入れるだけの人間になった」。
だけどね、と彼は続ける。「NLD(国民民主連盟)政権が誕生してからのこの5年で、新しいカリキュラムがつくられて、ようやく変化が始まるところだったんだ。留学にだって行けるようになったしね。僕たちは、ようやく歩き出したところだったんだよ」。スタートしたばかりだった、これから変わるところだった、と彼は何度も繰り返した。
いつだったか、同僚3人と飲みに行ったときに、こんな笑い話を聞いたのを思い出す。
「私たち3人は、それぞれ4〜5歳離れているんだけど、大学に入るための試験科目が、みんな違ったの」。例えば、それまで1科目だった「理科」という科目が、ある年から何の前触れもなく物理や生物など数科目に分かれるのだという。「そのたびに勉強し直さなきゃいけないわけだから、自分の年に科目が変わったら、もう最悪よ」
なんでそんなコロコロ変わるの?と聞くと、想定外の答えが返ってきた。「軍政時代は、教育省のトップが交代するたびにいろんな制度が変わったの。新しく着任した人は、前任者の踏襲はしたくないわけ。だから、俺はドイツ式だ、とか、今度は中国式だ、とかいって」
えー、そんなむちゃな!と驚いていると、もう一人のスタッフが、ダメ押しのように言った。「それで、その人たちの子どもはどうすると思う?・・・外国に留学するのよ。教育省で制度をつくっている人が、国の教育を信じてない。それが軍政期のミャンマー」。
そうなんだ、終わってるね、なんてワイワイ言いながら、ミャンマービールを飲んでいたあの頃が、なんだか遠い昔に思える。あの時、これは「悪い時代の思い出話」でしかなかった。
「軍政下では、みんなたくさんのことを諦めてきた」。そう話してくれたのは、30代後半の友人。大学生のころ、彼女は海外留学を夢見ていたそうだ。「あの頃、私はエネルギーに満ちていたの。絶対に外国に行きたい!と思って、英語もすごく頑張ったんだよ」。コネもお金もなかった彼女は、どうすれば奨学金がとれるのか、どこに申し込めば留学できるのか、片っ端から先生や友人に聞いてまわったという。でも、道は見つからなかった。
「そんな情報は、どこにも公開されてなかった。インターネットもないから、調べる方法もなかったしね。やっと民主化して、ようやくみんな海外に行けるようになったとき、私はもう30歳だったの」。Too late(遅すぎた)、と彼女は寂しそうに笑った。
彼女がいちばんエネルギッシュで、夢に溢れていたころ。この国は軍政下で、夢に挑戦するチャンスは与えられなかった。軍幹部の子どもたちが海外留学に飛び立つ後ろ姿を、彼女はどんな気持ちで見ていたのだろう。クーデター以降、ミャンマー人たちがよく口にする「子どもたちの未来がなくなってしまう」という焦りは、こういうことなのか、と思う。
軍は、5月5日には大学を開校し、6月には通常通り新学期を始める、と宣言している。そして、CDM(市民不服従運動)に参加する教職員たちには「4月中に職場に戻らなければクビだ」と踏み絵を踏ませた。新聞に連日アップデートされる指名手配者の一覧には、今日から「先生」のリストが加わった。
教育は社会をつくり、国をつくる。愚民化教育がまた始まるのか。それとも市民が団結して拒否するのか。未来をかけた、静かな闘いがつづく。
▽「軍政下の教育は受けない」 5月5日から大学を再開する、と宣言していた国軍。さて、その思惑やいかに。
結論からいうと、再開は失敗した。生徒も先生も、ほとんど戻ってこなかったのだ。「軍政下の教育は受けない」という、ミャンマー人たちの確固たる意思表示。
この決意の代償は、出勤しなかった教職員の大量解雇、だった。ヤンゴン大学とマンダレー大学という、トップ1、2の大学では、教授から助手にいたるまで、実に731人が解雇された。公務員宿舎からも3日以内に立ち退かねばならないという。
5月9日。ヤンゴン郊外出身の友人は、こう嘆いた。「この2つの大学は、ミャンマー人みんなが憧れる、特別な大学なの。ヤンゴンで生まれ育った子は、誰もが一度は『大きくなったらヤンゴン大学に』と夢見て育つんだよ。そこの先生をクビにするなんて・・・みんなの夢や憧れの気持ちも傷つけられたみたい」
大学の先生は研究者でもある。様々な学問分野で研究成果を出して、国の方向性や土台をつくる人たちだ。軍は、代わりのいない人材を切り捨てた。ミャンマーの未来が死んでいく。軍事クーデターによってこの国が失うものは、計り知れないと、改めて思う。(ちなみにミャンマーの大学はすべて公立なので、ミャンマーにいる限り、国立大がダメなら私立大で研究を続ける、という選択肢はない。)
教育制度も大きく変えられようとしている。これがまた、まったく意味不明な改正だ。ミャンマーの学校は、11年制。一応、小学校(5年間)、中学校(4年間)、高校(2年間)に分かれているが、日本のように「中学1年」「高校1年」などとは呼ばず、「グレード1」から「グレード10」まで、1年=1グレードで、着々と進級していく。軍はこれを「1年=2グレード」にする、というのだ。つまり、進級のスピードを、これまでの2倍にするということになる。
え?何のために・・・?思わずミャンマー人の同僚を質問攻めにする。「みんな5年そこらで、アイウエオから高校卒業までの内容を終えるってこと?それとも、グレードを増やすの?今度は全部で何年?」。同僚は、困惑顔でこう答えた。「そういう細かいことは何も説明されてないんだ。目的もよくわからない。ただ、国営放送で『1年=2グレードにする』って放送されただけ」。
決まったことを一方的に伝えて、説明も質疑応答もない。これぞ、まさに軍政時代の教育そのものではないか。そして、そんな理解不能な状況の中、軍は、6月1日に小中高の基礎教育も再開すると宣言している。
いったいどういうことなんだ、と国営新聞に載っていた教育省のミーティングの記事を読むと、全生徒にノート12冊と鉛筆4本を支給し、中高生にはさらにペンも2本つけます、という超どうでもいい内容で、思わずため息が出る。何がどうなるのかわからないが、とにかく全ては軍の思いのままだ。
先生たちの訴追は、今日も続いている。国営新聞には、医療者10人と先生10人の指名手配リストが、毎日律儀にアップデートされる。罪状は、刑法505(a)(注)。クーデター後に軍はこの条文を修正して、CDMへの参加を犯罪と規定したのだ。
CDMを熱心にサポートする知人は、こう話した。「医師や教師は、この国で本当に尊敬されてきた職業なの。それが今や『犯罪者』にされて、逃亡生活をしてる。胸が痛い」。
彼女は、CDMへの決意と迷いについても語ってくれた。「公務員たちはみんな、絶対に軍政に抵抗すべきだと信じてる。非暴力で戦うには、もうCDMしかないのもわかってる。でも、いつも自分の胸に問うているの。クビになって、家や収入を失ってもいいのか?患者や生徒を見捨てることにならないか?本当にこれは正しいことなのか?って」
決意と迷いが、交錯する。苦悩しながら、それでも前に進む。静かな闘いが、決死の覚悟で続いている。
<注>第505(a)項はもともと、軍の士官や兵士が反乱を起こしたり義務を無視したりするよう扇動することを罪と定めた条項だった。しかしクーデター後に修正された条項は、軍人だけでなく公務員のモチベーションや規律などを妨害し、軍や政府に対する憎悪・不服従を扇動するようなあらゆる行い(つまり市民的不服従運動そのもの)をターゲットに含めた。最高で禁錮3年と定められている。
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軍政の教育に子どもたちも一緒にプロテスト(The Irrawaddyより)
若者たちのパフォーマンス。軍政下での教育の再開は、抑圧と脅しによるものだ、というアピールだ(The Irrawaddyより)
校門に「CDMに参加せよ」の文字。先生にしてみれば、CDMに参加すれば解雇され、出勤すれば市民に軽蔑される、という過酷な状況だ(The Irrawaddyより)





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