「資本金は500万円用意したんだ」
日本で事業を営むための在留資格「経営・管理」の取得を希望する外国人の中には、そう話す人もいるという。
しかし、この在留資格の許可基準 は2025年10月に大きく変わった。新規申請では、法人の資本金または出資総額の基準が500万円から3000万円へ引き上げられ、対象となる常勤職員を1人以上雇うことも必要になった。申請者本人か常勤職員の一定の日本語能力、申請者の経営経験や関連分野の学位なども求められる。 改定前から「経営・管理」で在留する人には2028年10月16日までの経過措置があるが、その後の更新では原則として新基準への適合が必要になる。
制度を扱う弁護士や行政書士は変更を知っている。一方で、その影響を直接受ける外国人本人の手元には、古い情報が残っていることがある。
こうした情報の行き違いを減らそうと、「入管を変える!弁護士ネットワーク」(変えるネット)は今年5月、YouTubeでの発信を始めた。動画制作を担う一人が、変えるネット所属の若松万里子弁護士(ボーダーフリー法律事務所) だ。同氏は、名古屋入管で2021年に亡くなったウィシュマ・サンダマリさんの遺族側弁護団にも参加している。
現在公開されているのは、通常動画7本とショート動画9本の計16本。約5分の「経営・管理ビザ要件変更へ|2025年10月から新しい基準に」では、新基準がすでに在留している人にも関係することを説明する。同じテーマを英語、フランス語、中国語、韓国語、アラビア語でも公開している。近く、在留手続きの手数料引き上げに関する動画も公開する予定だという。
また、 ショート動画には、裁判の日程を知らせる「ウィシュマさん裁判【結審予定】7月22日 名古屋地裁へ」や、ウィシュマさんの生前に踊る姿と収容後の衰弱した様子を伝える55秒の「笑顔で踊っていたウィシュマさん 収容から6か月後、その姿は大きく変わった」もある。制度解説だけでなく、裁判の傍聴案内や難民事件の紹介にも使うチャンネルだ。
なぜ弁護士が自分たちで動画を作り、発信するのか。若松弁護士に話を伺った。
【「専門家しか知らない」】
──なぜYouTubeを始めたのでしょうか。
◯若松氏 前々から、「変えるネットとしてYouTubeをやったらどうかな」「せっかくこういう媒体があるのに、もったいない」と思っていたんです。総会で提案したら、「ぜひやってみよう」となって、動画班ができました。
一番の目的は、外国人に外国語で、日本の入管制度の変化やニュースを伝えることです。 例えば、「経営・管理」の在留資格が欲しいという方が、「資本金は500万円用意したんだよ」と相談に来ることがあります。でも制度は変わっている。詳しい行政書士や弁護士は知っていますし、YouTubeで解説している人もいます。ただ、日本で見られる「制度系」の動画は基本的には日本語ですよね。
入管制度の変更で直接影響を受ける人たちが、せめて英語など、なじみのある言語で情報を得られるようにしないといけないんじゃないかと思ったんです。
−−−−− 出入国在留管理庁は、各省庁の多言語情報をまとめた「外国人生活支援ポータルサイト」を設け、生活・就労ガイドブックなども複数の言語で公開している。行政情報が外国語で存在しないわけではない。若松氏が気にしているのは、情報があることと、必要な人が日常の中で見つけ、理解できることは同じではないという点だ。
──入管庁も多言語で情報を出しています。
◯若松氏 そうですね。ただ、入管のホームページをずっと見ている人って、そんなにいないと思うんです。最近の情報源って、YouTubeとかInstagramとか、みんな使っていますよね。だから、普段使う媒体で制度や行政手続きの情報を伝えたい。裁判の日程などを知らせて、支援者に来てもらうためのチャンネルとしても使えたらと思っています。
【5分の動画に、最初は2時間】
若松氏によると、動画は少人数で制作しているという。変えるネット共同代表の駒井知会弁護士が主に台本を作り、若松氏が画像と読み上げ音声を組み合わせる。
──最初の動画には、どれくらい時間がかかりましたか。
◯若松氏 これまで動画制作の経験は全くなくて。5分くらいの動画を作るのに、最初は2時間くらいかかった気がします。 でも一度やってみたら、「もうちょっと効率化したら30分で1本くらい作れるな」と思って。同じ台本を英語やフランス語などに訳すのも、AIをうまく活用しています。
−−−−− 若松氏によると、日本語のほか、英語、フランス語、中国語、韓国語、アラビア語などの動画を制作している。AI翻訳のため「厳密で正確な翻訳ではない」と断ったうえで、各言語で制度変更やニュースを積み重ねたいという。人が顔を出して話す動画も否定しておらず、弁護士同士の対談などは今後の企画として構想している。ただ、撮影や編集の手間を考え、まずは継続して出せる作りを選んだ。
【論破ではなく、「一緒に考える」】
発信の相手は外国人だけではない。外国人の犯罪や生活保護などをめぐり、SNSでは根拠の乏しい情報も広がる。若松氏は、日本人向けにも事実関係を伝える動画を作りたいと考えている。ただし、強い言葉で相手を言い負かす形にはしたくないという。
──誤った情報に、「それは違う」と強く反論する動画もYouTube上には多く見られます。
◯若松氏 確かに「それは間違ってるんだ!」という動画を作りたい人もいると思うんですけど、私はちょっと一歩引きたいんですね。最近流行りの「論破する動画」じゃなくて。 外国人に対しても、「こんなことを日本政府がやろうとしてるんですよ。一緒に反対してください」と強く呼びかけるものではなくて、必要な情報提供という側面を重視したい。「まずは一緒に考えましょう」という温度感にしたいんです。
──投稿された動画には「なぜ難民が携帯電話を持っているのか」という趣旨のコメントも寄せられていますが、これをどう受け止めましたか。
◯若松氏 難民というもののイメージが、あまりついていないのかなと思ったんです。もし、「ベトナム戦争の時にボートで命からがら逃げてきたような人以外は難民じゃない」と思っているのであれば、それは違いますよ、と。難民にはいろんな人がいて、いろんな経緯があります。
例えば政治活動をしていて、ある時突然、逮捕状が出て、「逃げなきゃ」と逃げることになる。その時に、「あなただったら何を持ちますか」と。お金ももちろん持つでしょうけど、一番大事なのは、連絡手段であるスマホじゃないですかね。
相手を「論破」するのではなく、その人の立場をいったん想像してもらう。そういう「理解を深める、知ってもらう」ための動画を作っていきたいんです。その想像をしてもらうっていうのがいいかなと思っています。
【「弁護士になるまで、声明を見たことも聞いたこともなかった」】
弁護士会や弁護士団体が法改正、人権、司法制度などについて出す声明や意見書は、社会や行政に見解を示し、記録として残す重要な手段だ。若松氏も、その意義を否定しているわけではない。声明を出すことに加えて、普段それを読まない人に届く別の経路も必要ではないかと考えた。
──声明だけでは届かないと感じたのでしょうか。
◯若松氏 私自身、弁護士になるまで、声明を見たことも聞いたこともなかったんです。 変えるネットでも、「声明を出しましょう」「どういう内容にしましょう」と話し合います。すごく時間をかけて、一語一語にこだわって、しっかりした声明を出すんです。でも、それが一人一人にきちんと届いているのかなという不安がありました。 もしかしたら一般の人には届きづらいのかもしれない。だったら、もっとダイレクトに届く媒体がせっかく無料で使えるんだから、それを上手に使ったらいいんじゃないかな、と。
──メディアを通すのではなく、弁護団が直接考えを出すことにどのような意味があるのでしょうか。
◯若松氏 メディアの方はすごくしっかり取り上げてくださってるんです。でも、弁護団自身が出してもいいんじゃないの、と思ったんです。 記事の材料を渡して、「好きなように調理してください」とやってももちろんいい。でも、「こっちが言いたいのはこれなんですよ」というものは、そのまま出してもいいんじゃないかと。
【何を、どう伝えるのか】
YouTubeを使えば、どの問題でも簡単に理解してもらえるわけではない。若松氏が例に挙げたのは、送還される外国人の代理人弁護士への事前通知だった。
この通知制度は、日弁連と法務省入国管理局(当時)の2010年の合意に基づき、希望した代理人弁護士へ送還予定時期をおおむね2か月前に知らせる運用だった。ところが、出入国在留管理庁は2026年2月1日にこれを廃止した。日弁連は、訴訟や執行停止申し立ての準備に影響し、裁判を受ける機会を損なうとして抗議している。
──入管制度の問題なら、どんなテーマでも動画にするのでしょうか。
◯若松氏 そこは考えながら発信しないといけないと思っています。 例えば、送還の際の事前通知の廃止など、オーバーステイになっている人への不利益な制度変更について、「これは大変なことなんですよ」と指摘するのは大切なことです。ただ、マジョリティの人からすると、「そのまま帰ったら良いじゃないか」となる。 一方で在留資格を持っている外国人に対する手数料の引き上げなら、「それは確かにひどい」と受け止めてくれる人は多いかもしれない。 オーバーステイの人の問題になると、同じようにはいかない。そこがこの取り組みの難しい点だと思っています。 −−−−− 在留手続きの手数料は2026年10月1日から大きく上がる。在留資格の変更・更新は、許可される在留期間に応じて窓口申請で1万円から7万5000円、永住許可は20万円になる。生活への負担は数字で示しやすい。一方、送還前の通知がなくなることが司法へのアクセスにどう影響するかは、前提から説明しなければ伝わりにくい。若松氏は、正しいと考える内容をそのまま出すだけでなく、誰に、どんな言葉で届けるかを考える必要があると話す。
【「本当は入管に置いてほしいですけどね(笑)」】
──このチャンネルが、1年後にどうなっていれば成功だと思いますか。
◯若松氏 そこはよく考えた方がいいですよね。まずはそれぞれの言語で、ニュースや制度変更についての動画をコツコツと積み上げていきたいと思っています。それぞれの言語の人がちゃんと見てくれる、情報収集の一つにしてくれるというのが、一番の目標だと思います。あとは動画を見た人が、外国人の知り合いにチャンネルを伝えてくれれば嬉しいですね。
あと、チャンネル宣伝用のステッカーや名刺大のカードも作りました。今後はチラシを用意して、外国人が利用する施設などにも置いてもらいたいと考えています。本当は入管に置いてほしいですけどね。
──入管に頼んでみるのは。
◯若松氏 多分、「この人は何を言ってるんだろう」という感じになりますよね(笑)。
──そうかもしれませんね(笑)。
【「まだ語るべき言葉がない」】
若松氏は、もともと弁護士を目指していたわけではない。サブサハラ・アフリカの貧困や教育に関心を持ち、国際協力の道へ進んだ。研究者としてアフリカで生きることも考えたが、結婚や出産を経て日本に残ることを考えるようになった。東日本大震災後、岩手県でボランティアをした経験も進路を変えるきっかけになった。
──なぜ弁護士になろうと思ったのでしょうか。
◯若松氏 国際協力を学びながら、先進国の人間が現地の状況を問題だと考えたとしても、本当に必要なことと合致しているのだろうか、論文を書いても現場へのインパクトってあまり大きくないんじゃないか、と葛藤していたんです。 岩手で泥を掻き出す作業をした時に、泥を一掻きしたら、その分だけ人が助かる。「直接人の役に立つっていいな」「日本で役に立つっていいな」と思ったというのもあって。父が弁護士だったので、それまで法律を全く知らなかったんですけど、一から勉強しようと思いました。
──大きな決断ですね。
◯若松氏 1日じっくり考えたんですけど。
──1日ですか。
◯若松氏 そこで、やってみようと思ったんですね。
──若松弁護士が直接カメラの前に立って、制度について解説することもあるのでしょうか。
◯若松氏 顔を出すこと自体にも抵抗はあるんですけど、それよりは、「今は語るべき言葉がない」というか。 今、台本を駒井先生にお願いしているのもそうで。ちゃんとした知見に基づいて、今のニュースをどう解釈して、どういう言葉で表現するのか。そのあたりには、まだ自信がないんです。経験が少ない中で、何かを直接語れる立場じゃないと思っていて。
──いつかは。
◯若松氏 10年、20年経ったら、もう少し勇気が出るかもしれません。しっかりとした知見を今後も身につけていきたいです。
−−−−− 入管を変える!弁護士ネットワーク YouTubeチャンネル:
https://www.youtube.com/@kaerunet
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