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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2012年10月07日11時28分掲載
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文化
【核を詠う】(69) ヒロシマの真実を追求し詠い闘った深川宗俊の歌集『連祷』を読む �ぁ崟鐐茲硫坦家鏗欧卜�ち会えり いずれを問うや戦争の罪」 山崎芳彦
深川宗俊歌集『連祷』の作品を読み続けるのだが、その前に、今回読む作品群と直接にはかかわらないが、深川さんの一篇の詩を記しておきたい。深川さんが精力を傾け取り組んだ三菱重工の広島工場に強行連行され兵器生産に従事させられた朝鮮人徴用工の指導員として働いていたとき、ともに原爆に被爆した朝鮮人徴用工246人(家族5人を含む)が、1945年9月15日に帰国の途についた(深川さんは広島駅頭まで見送った)にもかかわらず、その後祖国に帰り着いていないことを知った。
しかしその後、深川さん自身の生活やさまざまな条件、事情から、つねにこの問題を心にとどめ苦悩しながらも、その行方を本格的に調査することが出来ないでいたのだが、1973年に、韓国人を含む協力者も得て、彼ら246人の足取りを追い、山口県の港をはじめ九州の海岸、港湾、壱岐、対馬にまで足をはこび各地を訪ね、それぞれ現地の証言をあつめるなど、辛苦を重ねたが、遂に246人は帰国の途中、台風に遭い破船によって、命を失い、その死体は壱岐の海岸に打ち上げられた可能性にたどり着いたのであった。4ヶ月余をかけての調査の、無惨な結果であった。 その後、深川さんは「消えた被爆朝鮮人徴用工」の遺家族を尋ねて韓国に渡り、探し求め、出会い、その他の在韓被爆者との結びつきも深めた。
深川さんは韓国で三菱徴用工の遺家族と会い、祖国に帰りつけなかった行方も定かでない死者の遺骨を故国へ返すための新たな取り組みを決意しつつ、次のような詩を作ったのだった。
▼あなたの墓地はなかった あなたの ふるさとに/あなたの 墓地はなかった
低い丘陵のつづく/金泉(キムチョン)の まちのはずれ
茫々と起立するポプラの/冬枯の並木を道標(みちしるべ)として/あなたの ふるさとの径(みち)は/ そこにあったが
直指寺 黄岳山は/雪におおわれ/すでに 冬のたたずまい
ソニヨンもソニヨも/頬を紅く染めて/オンドルの焚(たき)木あつめに/けんめいである
肩までの髪をかきあげながら/李貞玉(チョンオク)も/つぶらな瞳をした/黄釆順も/あなたたちの死を聞いて/泣けてしかたがなかったと/片言のニホンのことばで/悲しそうな顔をする
あなたがたどりつかなかった/金泉に来て
今 私の心のなかに/すさまじく音をたてて/降りしきる雪を/見つめている 私
あなたの ふるさとに/あなたの 墓地はなかった (深川宗俊著『鎮魂の海峡』所載)
そして、その調査のなかで深川さんが各地で知り得たさまざまな、多くの、祖国に帰りつけなかった朝鮮人の実態と在韓原爆被爆者の生活の実情は、日本政府、大企業が敗戦後にもなお、朝鮮人に対して許し難い無責任かつ残酷な振る舞いを続けたことを明らかにする一端であった。全国各地で、形はさまざまであれ、同様な実態があったこと、そしてその責任を日本政府、大企業等が果たそうとしてこなかったことは、『朝鮮人徴兵・徴用に対する日本の戦後責任−戦後日本の二重基準―』(青柳敦子著、風媒社刊、2005年)、『ヒロシマを持ちかえった人々―「韓国の広島」はなぜ生まれたのか』(市場淳子著、凱風社刊、2005年新装増補版)、『ヒロシマ・ナガサキを考える』(石川逸子編、復刻版合本�機銑掘砲修梁召涼�作によっても明らかだ。
いま、この国の中で、とりわけアジア諸国に対して日本が行なった侵略と蛮行の歴史を改ざんし、現実の対外政策の危険な方向に向う土台作りを進めようとする動きが台頭しようとしているとき、歴史の真実に謙虚に学ぶことを忘れてはならないと思う。深川宗俊さんの後半生を捧げたといってもよい在韓被爆者・遺家族と共同しての日本政府と大企業に対する未払い賃金の支払い要求、被爆者対策の要求の取り組みは、忘れられてはならない貴重な成果の記録を遺している。 歌人・詩人・文学者としての深川さんの、人間性を、その作品群からしっかりと読み取りたい。
▼詩碑(抄) ヒロシマはすでに胎なす暁の刻碑(いしぶみ)に少年らこえあぐるなり
爆央の薄氷のごとき雲染めて円蓋はいまし炎ゆる暁
風花の眼には沁みつつ橋を越ゆ視点さだかなり原爆ドーム
われもまた隣人なりき原民喜の炎の街の跡たどりゆく
ふくらみて川は満ち潮となるものか三吉碑近く高校生を待つ
ヒロシマの碑あまた街に立ちビルを墓石となして雲昏る
被爆者の異形のさまもみとどけし わが歌多く川をうたいき
ひろしまの水上の砂州まぶしきに晩夏立ちかえる死者の幻
火ぶくれてヒロシマの川を埋めゆきしあわれうつつを水母つらなる
川分かれ分かれてデルタの街をぬいひろしまの水底に眠る幾骨
▼葦群(抄) 少女らは風見にゆびをかざしつつ川辺に立てりヒロシマは舞う
わが裡にことば束ねて喪にふしぬひろしまの花に水は滴る
ヒロシマの死者を撃ちつつ右翼らの戦時うたいし歌流しゆく
偽被爆者なぜにうみしやこのくにの貧しきまつりいずれくるいし
ちちははをはるかにこゆるわが加齢ヒロシマの炎のいのち静かに
爆心の夕渚辺にくぐまりて一羽の鳩の散らす茜は
ヒロシマに降りかかるビラ雪のごと沁みゆくなかのわが詩ひとつ
デパートの窓窓祷り(いの)りのふぶきともビラ散りゆけり核ゆるすまじ
笹舟を浮かべし少年に川ありきヒロシマの死夜流燈燃ゆる
河口すべて資本に押さえられし景ケロイドの陸(くが) 死にゆける海
ひろしまに銃火器を造る工場あり無力のわれの対峙いくねん
洋子ここに二日過ごしし川辺にて春を芽生ゆる葦群の風
ヒロシマに裂かれし汝の息ある間渇望の水わが滴らす
▼水底のうた(抄) 血液を採られしゆらぎわずか見す被爆汝が少女となりて
結滞の長くつづけば不意の死を怖れつつヒロシマ詩魂のつぶて
核めぐる戦危うき一画にアジアありわれの生きの問われる
公園の樹樹めぐりつつ三吉忌 碑(いしぶみ)の詩に君とあいにき
被爆者ら幾たりか炎のがれしと楠の若葉に風鳴りひびく
夾竹桃の白花咲き初むひろしまに何にせかれてわれのあゆみは
てのひらに掬いし水やヒロシマの死の貌 瞬時炎あぐるも
初雪は幾日早しと聞くものか爆心の川に雪は降りつつ
川砂の嘆きうたいて戻りしがいつまでも昏らし冬の水底
硝煙の臭いふたたびわれを生みし国を祖国と呼ぶには遠く
風はしり耀う水面ヒロシマの葬い終えきてかざす挽歌は
冬枯れの茅野一点に翔ちしかぜさだかならねどかまきり眠る
からたちの黄の実指さす少女いき憲吉終焉の家につづく道
▼春潮(抄) 帰りきていつまで香る柑橘を病む手にむきしそのおゆびさえ
戦争の時代互みにうら若く命ありしこといつくしみ生く
春潮のさきぶれの海きらめけば椿一花の芯透きとおる
ひろしまの川は初夏いずくにか暗渠の水の流るる韻き
戦争に入る前夜とも身に近く地鳴り鋭し核の脅威は
霜降りの真夜きらめけばわが裡に眠る少女よ被爆の日より
ヒロシマの意味を問いつつ生きて来しわれの戦後よ貧しかりける
▼太田洋子の死(抄) 雪渓の鋭き磐梯の窓に見ゆ君この部屋に死にて眠りき
君のため一夜過ごすべし紫のスターチスの花壺に満たせり
残雪の径をたどれば落葉松の天を指しつつ枝さき萌ゆる
▼少女と鳩笛(抄) 戦争の加害被害に立ち会えり いずれを問うや戦争の罪
火ぶくれし瓦礫一片を濯ぎおり灼かれしことの幻ならず
真実はいずれ証さるるものと知るたとえば虚構の中のヒロシマ
炎の中の川にのめりつつヒロシマに一瞬あげし声を聴きたり
われとともにあの日灼かれし瓦片河床に拾いつつ泪ぐましも
ばら垣をめぐりゆくとき三吉の英訳詩朗読の少女の声は
あまたの碑祀る広島に雪降れりビルのかげさえ墓標のごとく
ヒロシマに火刑となりし二十万その後の命われは生くるも
<少女と鳩笛>の絵は日日を育めり四国五郎の絵をかかげいて
息絶えし一羽の鳩を抱きつつ少女はヒロシマに泪しており
風花のしるき川いくつかわたりきて君をいざなうヒロシマの碑に
雪の炎の無数は川に降り注ぎヒロシマの死者の声をわが聴く
原爆に灼かれ裂かれしクスノキの芽をふきし秋一樹はありき
水あれば水に声ありヒロシマの死者流燈となりて炎えゆく
爆心の川砂の上にやさしかり微光放ちつつ骨はありしも
死者の骨水に鳴る音ひろしまの未明の河畔に聴きいたりける
▼輪燈(抄) 満ち潮の水位にあおさひかるなり爆心示す赤き球みゆ
原爆に熔けし瓦の一片を川に濯げば潮香りつつ
その武器は何れわれわれにも向けらるる危うき時代に生きてゆく意味
その行方さだかならずというきみのいまに少女なりヒロシマの忌に
輪燈に火を点しゆく幾人か少女のごときまなざしをして
▼共感(抄) 原爆に灼かれし夏のひろしまをつぶさに視つつ生き来し戦後
行き昏れし川辺に潮のかおりおりひとりならぬに沁む寂しさは
川わたる火は屍の上を走りつつ幻ならぬヒロシマは炎ゆ
火ぶくれて岸辺ただよう屍の無数の中の君の死ひとつ
熱線に灼かれ沈みし水底の瓦礫のいくつとよむ炎は
冷えきりしわが手のひらにおく瓦礫灼かれしものの死の声あぐる
ひろしまの街あるいは爆心にともない雁木くだりゆく泉君は
川はしり耀う川をわたりきてわがうたかざす三吉の碑に
宣言はあまたつぶてと翔ちゆけどおぞましきかな核保有国
学生らいちずに問いきヒロシマの碑にありてわれの戦後を
幾たびか学生にヒロシマを語り来てつねにあたらしわれの主題は
身を走り汗いずるなりヒロシマを共感として学生とあり
(つづく)
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