東条英機内閣は1942(昭和17)年、戦争による国内の人手不足を補うために「華人労務者移入に関する件」を閣議決定しました。これに基づき、1944年8月から1945年5月までの間に4万人近くの中国人が日本に強制連行され、炭鉱や工場等で過酷な労働を強いられたということです。 この強制連行に関わった日本企業35社のうちの1社「三菱マテリアル(旧・三菱鉱業)」が今年6月1日、3765人の中国人元労働者たちと和解しました。
和解合意のポイントは、次のとおりです。 � 〇杏�マテリアルの前身の三菱鉱業らは、強制連行された3765人の中国人労働者を受け入れ、劣悪な条件下で労働を強いた。三菱側はその歴史的責任を認め、痛切な反省と深甚なる謝罪の意を表明する。被害者らは謝罪を受け入れる。 �◆〇杏�側は本件の解決のため設立される基金に金員を拠出し、謝罪の証しとして、直ちに1人当たり10万元(約170万円)を支払う。 �� 三菱側は、日本国内で歴史を語り継ぐ慰霊追悼事業を実施し、日本での記念碑の建立に1億円拠出する。また、被害者・遺族が追悼行事に参加するための来日費用として1人当たり25万円支払う。 �ぁ〇杏�側は、所在不明の被害者・遺族を捜す調査のため2億円を拠出する。 �ァ]族鬚蓮⊇�局的・包括的解決を目的とする。
今回の三菱マテリアルとの和解が、過去の和解ケースと異なるのは、「元請け(=三菱鉱業)の事業所だけでなく、下請けの事業所で労働を強いられた人も含む」「1人あたりの和解金が、これまでの中国人強制連行問題における和解金より多い」「和解金の使用用途が明確に示されている」という点です。 こうした成果を導き出した内田雅敏弁護士に、和解に至るまでの苦労話などを伺いました。以下、内田弁護士のお答えです。
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<和解交渉が進み出したきっかけ> 当初、三菱マテリアルは「日本政府が賠償に応じるならば、我が社も応じる」という姿勢で、和解交渉はなかなか進展しませんでした。 その姿勢に変化が表れたのは、中国の康健弁護士が2014年2月、一向に進まない和解交渉を促進させようと提出した強制連行・強制労働に対する謝罪と賠償を求めた訴状を、翌3月に北京市第一中級民法院が受理してからでした。これがきっかけで、和解交渉が進み始めたのです。 今まで中国政府は、未解決の慰安婦、強制連行・強制労働、毒ガス兵器遺棄の各問題について、「然るべき解決がなされるべきである」と言うだけでしたし、中国の裁判所も訴状を受理してきませんでした。 なぜ訴状が受理されたのかは分かりませんが、尖閣諸島の領有権問題や安倍首相の靖国神社参拝問題などをきっかけとする中国国内の反日感情の高まりが関係しているのかもしれません。
<過去の和解を活かして> 私たちは和解交渉において、三菱マテリアル側に対し、�ー�島建設や西松建設がそれぞれ行った中国人元労働者との和解では(鹿島建設・花岡和解=2000年、西松建設・広島安野和解=2009年)、和解金が一括で支払われたために、被害者側がどの分野にどれだけのお金を分配するかで混乱が起きた、��一度支払われた和解金では足りず、追加資金を投入した、ことなどを説明しました。 それが功を奏したのか、三菱マテリアル側から、�]族魘發陵囘咾北礁椶鬚弔韻襦↓�一括支払いはせずに、ある程度の被害調査ができた段階で、まとまったお金を支払う、との提案を示してきました。 この提案に対し、「一括で支払ってほしい」という被害者もいましたが、用途に名目がつくことで基金の透明性が担保できることや、大金が一括で支払われれば被害者の間で無駄な争いが起きかねないことから、被害者の多くや支援者たちはこの提案に賛成しました。
<“付言”の効力> 三菱マテリアルとの和解は、西松建設強制連行訴訟・最高裁判決(2007年4月27日)の付言に基づいて和解ができたことが画期的だと言えます。 一般に、戦後補償問題に関わる裁判は、国内法でも国際法でも解決が難しいとされています。それは中国人強制連行・強制労働問題でも同様で、最高裁は、西松建設強制連行訴訟判決において「日中共同声明により裁判上の請求権は棄却を免れない」としています。 その一方で、最高裁は「被害の救済に向けた努力をすることが期待されるところである」という付言を導き出しています。三菱マテリアルも、和解金を支払う理由について「裁判で強制労働があった事実が認められている上、2007年の最高裁判決付言にあるように、解決に向けて企業が努力することが求められていた」と語っています。 2007年当時、この付言を書いた最高裁判事たちは、付言にどれほどの力があるか分かっていなかったでしょう。この他にも、日本での戦後補償問題に関わる裁判では、被害者の請求を棄却しながらも、被害回復のための措置を求める付言を付けた判決がいくつかありますが、私たちは、付言に基づいて和解へ向かっていくことが、被害者たちの望む判決を出せずに苦しんだ裁判官たちに報いることにつながるとも考えています。
<三菱マテリアルとの和解をモデルケースに> 鹿島建設や西松建設との和解は、裁判所を介しての和解であったため、会社から被害者への明確な謝罪を得ることはできませんでした。謝罪という言葉があっても、謝罪の中身は曖昧にされてしまいました。被害者たちが和解文に署名することもできませんでした。 しかし、三菱マテリアルとの和解では、三菱マテリアルが「歴史的事実を率直かつ誠実に認め、痛切なる反省の意を表す」と事実関係を認め、謝罪して責任を取るという、謝罪のあり方としては1番良い形を採ることができました。また、三菱マテリアルの代表者が中国まで行って被害者に直接謝罪し、和解文に双方が署名することができました。 私たちは、加害企業と被害者が和解する方法として、三菱マテリアルとの和解方法を今後のモデルケースにしたいと考えています。そのためにも、今後は和解内容をしっかりと実行していく必要があります。
<急遽決まった和解調印式での黙祷> 今年6月1日に北京で行われた和解調印式では、亡くなった被害者たちへの黙祷を行いました。この黙祷は最初から計画されていたものではありませんでした。我々の方で「亡くなった被害者たちへの追悼をした方がいいんじゃないか」と調印式当日の朝に思いつき、三菱マテリアルに提案したことがきっかけでした。 この提案に、被害者や支援者の中から「会社にも立場があるのだから、追悼まで求めるのは酷ではないか」という声も上がりましたが、三菱マテリアル側に提案すると意外にもすんなりと受け入れてくれて、調印式での追悼を実現することができました。 三菱マテリアルからは「あなたが言い出したんだから、あなたが取り仕切ってください」と言われたので、調印手続きを終えた後、私がマイクを握って司会を務め、この日を生きて迎えられなかった人たちに思いを馳せつつ、出席者全員で黙祷を行いました。
<和解は安全保障にもなり得る> 日中間の戦後補償問題を解決することで、中国の人たちに対し、“日本国内にも戦後補償問題を解決しようと行動する人たちがいる”ことを示すことができます。 今日、日本政府は「安全保障のため」と言って安保関連法を成立させ、近隣諸国との緊張を高めています。私は、そのようなことをしなくても、戦後補償問題を解決していくことで日中間の安全保障環境をプラスに転じさせることにつながると思っています。
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日本政府が「既に解決済み」と言って取り付く島もない中、中国人強制連行・強制労働問題における三菱マテリアルとの和解を成し遂げた被害者、遺族、支援者の方々の長年の努力には頭が下がる思いがしました。 なお、月刊誌「世界」2016年7月号において、内田弁護士が今回の和解内容を詳述していますので、そちらもご参照ください。内田弁護士による講演会も9月30日に予定されています。(高木あずさ)
日中国交回復44周年講演会「日中友好の展望 ― 三菱マテリアル中国人強制連行事件の和解を経て」 講 師 内田雅敏弁護士(戦争をさせない1000人委員会事務局長) 日 時 2016年9月30日(金)18時30分〜 場 所 連合会館 2階 201号室 〒101−0062 東京都千代田区神田駿河台3−2−11 TEL:03−3253−1771(代) 会場費 500円(日中労働情報フォーラム会員は無料) 主 催 日中労働情報フォーラム 協 賛 フォーラム平和・人権・環境(平和フォーラム)
<「日中労働情報フォーラム」連絡先> (住所)〒144−0052 東京都大田区蒲田5−10−2 全港湾気付 (FAX)03−3733−8825 (Eメール)info@chinalaborf.org (WEB)http://www.chinalaborf.org/
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