新制高校創立に際し、女子の進学者を一定数以上確保することで男女共学の趣旨を実現すべく導入されたのが男女別定員制であることは、先に述べた。共学制開始から3年後の「東京都の教育」は、都立高校について「普通科は男女同数校もあるものの、男女別定員で募集しているところも多く、男女比が3対1、あるいはその逆が目立っていた。職業高校は男女枠がないのだが、商業高校に相当数の女子が入学、工業・農業高校は女子が極めて少なかった」と記している。また、共学制に関する生徒の意識調査結果では「賛成派の方が多く、とくに女子のその傾向が強かった」とし、「優秀な女生徒は、周囲の反対をおさえてまでも旧男子系のいわゆる優秀校に入りたがるものだ。しかし、施設、能力の差で男子校、女子校の歴史をもつ都立高は必ずしも共学を喜ばないところがある」と記している(松田宣子「学ぶ 女性の解放と教育」財団法人東京女性財団編著『都民女性の戦後50年−通史』1997年232頁)。 その後、全国的に女子生徒の入学希望者が増加したにも関わらず、比率を低い儘にするといった差別的取り扱いが問題視されるようになっていった。 折しも国連は、1975年を「国際婦人年」にすることを宣言し、女性の地位向上に向け世界各国が取り組むべき10年間の指針「世界行動計画」を採択した。1985年には日本も、“世界女性の憲法”と評される「女子差別撤廃条約」(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)を批准し、効力が発生した。 同時期、公立高校の入学者選抜に係る差別撤廃の運動が、「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」を前身とする「行動する女たちの会」を中心とし活発になっていった。
▽「韮山高校入試女子差別事件」 1988年3月に明らかになった「韮山高校入試女子差別事件」は、その代表例である。 113回国会で民主党(当時)の江田五月議員が、「静岡県弁護士会の福地絵子という弁護士さんが静岡県弁護士会人権擁護委員会に申し立てをいたしました。その申し立て書によりますと、韮山高校では理数科、これは特に優秀な生徒を集めて小人数でどんどん教育していくというようなことでつくられたエリート養成コースということなのだと思いますが、その理数科で家庭科をやらないで済むように、女子がおりますと家庭科をやるということになっているが、女子の人数が非常に少ない場合には特例として家庭科をやらなくていいことになっているわけで、これを逆手にとって家庭科をやらなくて済むように、定員40人のところを女子の合格者を5名未満、4名に抑えた。そのため女子の中の5位の生徒の成績は男子で合格した36名のうちの3位の生徒と同じ成績なのにその女子は不合格となった、こういうことなのですね・・・韮山高校では入試の事前選抜の問題と理数科の男女差別の問題、それから県立高校における実質的な男女不平等定員制、こういうことがあるわけですね。 私もいろいろな資料をいただいておりますが、どうも静岡県の各高等学校進路指導の中身などを見ますと、ここの学校は男子はここまでの点数は入れるけれども女子はここまで点数がなければ入れないということがずっと並んでいるのですね。こういうものは明らかに男女差別 だと思います」(「第113回国会衆議院文教委員会議録第4号」1988〈昭和63〉年10月21日、3頁)等と質問している。 「行動する女たちの会」の坂本ななえ氏は「家庭科の男女共習をすすめる会会報」で、当時放映されたNHKのテレビ番組を紹介し、「韮山高校の女子制限は、近くの進学校に理数科設置された翌年から始められたこと。すなわち入試競争への危機感から生じたこと。事前選抜・男女差別は県内8校の理数科すべてで行なわれていたこと。それだけではない。男女別の定員はないはずの普通高校で、女子を制限するための「ウラ定員」が公然と実施されていること。例えば定員約四百人の静岡高校には、男3、女1というワクが高校から指定されているという。 そして中学の教師はワクに合わせた合格ラインを算出し、男女生徒に進路指導する!」と実態を明らかにしている。 併せて、「甲子園行きたさに40人の女子を門前払いにした秋田の例」・「公然と男女別定員ワクを温存させている東京」では「旧男子校に今も残る3対1の男子偏重。静岡と同じだ。全国をおおう入試差別。韮山高は顕著な一例にすぎない。」だがそこで、男女差別と進学競争が家庭科の排除という事実で表れたのはなんとも象徴的だ」と批判したのであった(坂本ななえ「女子だけは狭き門?静岡高校入試をめぐって」家庭科の男女共習をすすめる会会報1988年夏号、6〜7頁)。 1988年10月には、「都立高でも旧ナンバースクールでは男女の募集定員が2対1の割合で決められている」ことを疑問視する「女子中学生を持つ親がこれを人権侵害であるとして東京弁護士会に救済を求め、弁護士会も『募集定員を男女同数にするように』と東京都教育長に勧告した」(中嶋里美「都立高の男女定員差別を問う集会」家庭科の男女共習をすすめる会会報1989年春号、6頁)。前年の12月には、都議会に於いて三井マリ子議員が、「都立高校の募集人員は依然として女子が少ないことを」指摘し、「憲法、女子差別撤廃条約、特に国際人権規約13条に違反しているのではないかと質問し」た。これに対し水上忠都教育長は、「『都立高校男女別定員検討委員会』を11月に発足させ、努力しているところであると」説明したものの、「国際人権規約13条は教育の機会の保障の理念や方法を一般的に規定したもので、現行の都立高校募集人員の決め方がただちに抵触するものではない」 等と答弁したとのことであった(「東京都議会から」家庭科の男女共修をすすめる会会報1988年冬号、9頁)。三井議員は翌年の集会で、同委員会の期限が1989年3月末であることを挙げ、「真剣に検討する姿勢がないことを指摘し」ている(中嶋「前掲書」6頁)。
▽男女別定員制と内申書点数 多くの女性、市民等が、公立校で女子生徒の定員や合格者数を不当に低くするといった不合理な差別への闘いを続け、今日に至っている。男女同数定員を要求した1980年代の運動があって、男女別定員制を維持する都立高では現在、都内公立中学校卒業生の男女比率に応じた数が設定されるようになったことは先に述べた通りである。 男女別定員制は、「憲法26条1項、教育基本法4条1項、憲法14条1項等に違反し許されない性差別であるから、都は、すみやかに同制度を廃止」(「意見書」)すべきなのであろうか。 2021年4月末、参議院文教委員会において共産党の吉良よし子議員は「2021年度の都立高校の募集人数を調べてみますと、女子の定員は男子よりも989人、1,000人も少ない募集になって」いること、「合格ライン、合格に必要な点数が男女で異なってしまって、女子の方が高くなる傾向にあると。模試を行う会社の試算によれば、その点数差というのは35から40点にもな」り、「男子の最下位合格者と同点を取ったとしても、女子だという理由でその子は落ちるという結果になるということ」を示し、「これは性差による、性別による差別に当たるのではないか」と質問した上で、「同じ人間だから、性別関係なく学力レベルで見てほしいと思う、男女じゃなく実力で平等に選んでほしい」と当事者の女子中学生が訴えているのは「当然の声だと思う」と述べている(「第204回国会参議院文教科学委員会会議録第10号2021年4月27日」15〜16頁)。 男女別の合格点に差が生じている(女子生徒の合格点の方が全般的に高い)点だけを見ると、性差別に当たるとみえるかも知れない。実際に、株式会社創育/新教育吉野教育図書の「Wもぎ 校長会予備調査による《最新合格基準》」によれば、例えば男子と女子ではそれぞれ、駒場高校は830点と865点、大森高校は360点と390点、深沢高校400点と430点になっている。 但し、女子の点数の高さは概して、内申(調査書)点が影響している事実に注意する必要がある。都立高の一般入試において、学力検査を5教科(国語・数学・英語・社会・理科)で実施する学校の場合の配点は、学力検査の得点が700点、内申点が300点の合計1000点である。日比谷高は、男子が655点・270点、女子が650点・275点、同じく西高は645点・260点と635点・275点、戸山高が635点・265点と630点・270点、竹早高は575点・245点と575点・265点である。日比谷・西・戸山高校はいずれも旧ナンバースクールのいわゆる難関校であるが、学力検査の得点は男子の方が高い。一方、大森高は225点・135点と240点・150点、桜町高は345点・170点と355点・185点、練馬高は265点・160点と280点・170点といったように、中堅校では女子の方が学力検査の点数も高い場合がある(創育/新教育Wもぎ校長会予備調査による《最新合格基準》2021年1月」https://www.schoolguide.ne.jp/news/upload/202101kocho01.pdf 2021年7月26日取得)。 都立高の一般入試で内申点は、学力検査のある国語・数学・理科・社会科は5段階評定の数値、音楽・美術・技術/家庭・体育科はそれを2倍した数値で計算され、内申点満点300点に、評定合計数値を評定の満点65点で割った点数を乗じて算出される(東京都教育委員会「入試Q &A」https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/admission/high_school/qa/qa.html#q41 2021年8月11日取得)。 そもそも内申書に付いて学校教育法施行規則は、「中学校卒業後、高等学校、高等専門学校その他の学校に進学しようとする生徒のある場合に」その他の必要書類と共に、中学校校長が「生徒の進学しようとする学校の校長に送付しなければならない」(調査書を入学者の選抜のための資料としない場合を除く。78条1項)とし、高校校長は「送付された調査書その他必要な書類、選抜のための学力検査・・・の成績等を資料として行う入学者の選抜に基づいて」、入学を許可する(90条1項)と規定している。 現在内申点は、「知識・技能」・「思考・判断・表現」・「主体的に学習に取り組む態度」(!)という「観点別評価」(文部科学省「中学校 学習指導要領(平成29年告示)」19頁。なお、「東京都立高等学校入学者選抜実施要綱」の「第4 成績一覧表及び調査書第4―6調査書」を参照されたい。https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2020/09/24/documents/05_02.pdf 2021年8月15日取得)によるもので、担当教員の主観に左右されがちであろう。また、1や5といった評定の数値が現わす「力」は学校、地域によっても異なり、均しい点数として扱うべきか疑問である。この極めて不透明な数字は、受験生の「実力」を正しく計っていると言えるのであろうか。 世田谷区長の保坂展人氏が中学生時代に原告となった「麹町中学内申書事件」に於いて内申書の公平性・公正性へ疑義が呈されたことは、既知の事実である。志望する私立4高及び都立高校第26群(当時)全てに不合格となった原告は、内申書に原告が政治的活動を行なっていたこと等を記載した内申書の作成・提出行為が教員の教育評価権限の限界を超え若しくは濫用に当たること、思想・信条による教育上の差別的取り扱いであり憲法19条・教基法2条に違反すること等を主張したのであった(最判1988〈昭和63〉年7月15日判時1287号65頁)。けれども、都立高入試の男女別定員制を女性差別として廃止を求める論者の中に、内申書・内申点を疑問視する意見は見られない。平等な入学試験を訴えるなら、あやふやな内申点を廃し学力検査の点数のみで合否を決定する方が、未だしも公平なのではないだろうか。筆者は実に不思議な気持ちでいる。 なお、2013年度から男女別を廃し合同定員制を導入した大阪府では、いわゆる難関府立高で男子生徒の割合が高くなったことが報じられている(毎日新聞2021年7月13日12時https://mainichi.jp/articles/20210713/k00/00m/040/003000c 2021年8月29日取得)。 (つづく)
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