私たちは今、歴史的な敗北を目の当たりにしました。それ以上に深刻なのは、日本共産党、私たちが「国民の前衛政党」と信じてきた組織が、自らの手でその称号を放棄した瞬間を目撃したことです。
今回の皇室典範改正を巡る一連の出来事は、党中枢の自己欺瞞と政治的無力を、あまりにも露わにしました。与党の暴走を前に、党が示したのは、形式的な「反対」という名の降伏でした。それは、綱領に掲げられた理想への裏切りに他なりません。
1.綱領と現実の断絶:理想はどこへ行ったのか 日本共産党の綱領は、天皇制について明確な立場をとっています。
「国政に関する権能を有しない」などの制限規定の厳格な実施を重視し、天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱を是正する。
今回成立した改正案は、まさにその「逸脱」の最たるものです。政治家が恣意的に旧宮家の男子を選び、皇統を操作する。これは、憲法が定める象徴天皇制の枠組みを、与党が自らの政治的利益のために利用することを意味します。綱領が「是正」を求めるその行為が、ついに成立しました。与党は、国民の総意を無視して、この憲法上の「逸脱」を制度化したのです。
にもかかわらず、党はその「是正」に向けた具体的な行動を、ほとんど何も取れませんでした。問責決議案の提出、記名投票の要求、牛歩戦術。いずれも実行されませんでした。憲法の条項と精神を守るために、どれだけの手段を尽くすことができたのか。その問いに、党は今、向き合わなければなりません。
2.マルクス主義の視点から見た失敗:行動なき言葉は空虚だ マルクスは『フォイエルバッハに関するテーゼ』でこう書きました。 「哲学者たちは世界を様々に解釈してきただけだ。しかし、重要なのは世界を変革することである。」
この言葉は、日本共産党の現状を、痛烈に批判しています。党は、世界を「解釈」すること、つまり、理論的に正しいことを言うことには長けています。しかし、肝心の「変革」、すなわち、実際の政治闘争において権力と対峙し、それを動かすことにおいては、あまりにも無力でした。
マルクスは『共産党宣言』で、共産主義者が「自分の見解や意図を隠すことを恥じる」ことはないと宣言しました。そして、革命は「ブルジョアジーを震撼させる」ことによってのみ前進すると述べました。今回の闘いで、私たちは「震撼」させるどころか、与党に「安心」を与えました。与党は、野党の抵抗が形式的なものに終わると見抜いていました。だからこそ、彼らは国民の怒りを無視して、法案を強行採決できたのです。
日本共産党は、綱領において「労働者階級をはじめ、独立、平和、民主主義、社会進歩のためにたたかう世界のすべての人民と連帯」すると謳っています。しかし、今回はその連帯の輪を国会内に広げることすらできませんでした。社民党やれいわ新選組、沖縄の風、立憲民主党といった護憲勢力と共同で、物理的な抵抗(問責決議案の発議や記名式採決の要求)を組織するという、ごく基本的な連帯行動すら、果たせなかったのです。
3.使われなかった手段と、その背景 もちろん、日本共産党が参議院でわずか7議席しか持たないという数的制約は、無視できない現実です。数的には、単独で抵抗を主導することは構造的に難しい立場にあります。しかし、だからこそ、問責決議案の提出や記名投票の要求といった、数の制約を補うための手続き上の武器が存在します。そして、今回の議論で問われているのは、そうした武器をどう使うかという戦術的な判断ではなく、なぜ使おうとしなかったのかという、より深い組織文化の問題です。議会での不作為は、問題の本質ではなく、その症状にすぎません。
問責決議案の発議は10名で可能でした。共産党(7名)に社民党(2名)と沖縄の風を加えれば、それだけで発議要件を満たせました。記名投票の要求も、共産・社民・れいわ・沖縄で16名おり、立憲民主党から協力を得られれば、十分に5分の1(50名)の要件を満たせたはずです。
しかし、党は問責決議案すら提出しませんでした。これは決定的な失敗です。問責決議は、法案の採決に優先して審議されるため、複数の問責決議を連続で提出することで、採決そのものを大幅に遅延させることができる戦術です。記名投票の要求は問責とは独立した手続きであり、承認されればその後の牛歩戦術(採決時の物理的遅延)が可能になるという手続き的な道筋も存在しました。しかし、党はこれらの手段を組み合わせて使うことをせず、戦術的な選択肢を自ら狭めてしまいました。
なぜ党はこれらの手段を取らなかったのか。いくつかの仮説が考えられますが、いずれも内部文書や公式声明として確認できるものではなく、過去の行動パターンから推察される傾向に過ぎません。 • 長年の議会活動を通じて、「対決」よりも「協調」を優先する文化が党内に浸透しているのではないか。 • 党が「議会制民主主義の枠内で責任ある行動」を重視するあまり、徹底抗戦の選択肢が視野から外れたのではないか。 • 綱領に掲げられた「民主共和制」への展望が、現実の政治においては優先順位の低いものとして扱われているのではないか。 これらの問いは、党自身が答えを出すべきものです。
ここで、マルコムXの鋭い比喩を思い起こす必要があります。彼は、アメリカ社会における人種差別の構造を「狼」と「狐」の関係で表現しました。狼は、明らかな差別主義者、暴力や憎悪をあからさまにする者たちです。しかし、より狡猾で危険なのは狐です。狐は、優しい言葉をかけ、同情を示し、被抑圧者の言葉に「耳を傾ける」ふりをしながらも、差別の制度的な枠組みそのものを変えようとはしません。
これは日本共産党が「狐」だと言っているのではありません。党は、綱領に明確な理想を掲げ、過去には命を懸けた闘争の歴史を持っています。しかし、マルコムXが警告したのは、善き言葉を語りながら善き行動を起こさないことの危険性です。党は、その「危険な近さ」に自らを置いていないか、問われるべきです。
4.見逃されたチャンス:左・中・右を超えた「階級的連帯」の可能性と、その歴史的失敗 今回の皇室典範改正が、単なる「護憲対改憲」の対立軸だけでなく、イデオロギーを超えた国民的怒りを喚起していたことは、看過できない重要な事実です。保守層の多くは、伝統を「守る」という観点から、与党案に強い懸念を示していました。無党派層や中道層は、プロセスそのものに不信感を持っていました。そして左派は、憲法の平等原則や戦後民主主義の観点から、この改正が本質的に「象徴天皇制」を骨抜きにするものであると見抜いていました。
つまり、この問題は、左・中・右を問わず、多くの国民が「これはおかしい」と感じた、極めて希有な案件だったのです。マルクスは『共産党宣言』の中で、共産主義者が「プロレタリアートの一般的な利益を代表する」と同時に、「さまざまな民族的、地域的な階級闘争を、プロレタリアートの共通の利益に従属させる」ことの重要性を説いています。今回の皇室典範改正は、まさにその「共通の利益」、すなわち、権力者による恣意的な政治操作から国の根幹制度を守るという点において、イデオロギーを超えた階級的な連帯が可能なテーマでした。
しかし、ここで歴史的な反省が必要です。日本の左翼運動は、このような「統一戦線」の機会を、何度も自らの手で逃してきました。1960年代から70年代にかけての新左翼運動は、安保闘争や全共闘運動を通じて大衆的な反戦・反権力のうねりを生み出しましたが、イデオロギー的な純粋性を追求するあまり内部分裂を繰り返し、結果として大きな政治的なうねりを組織的な政治力に転換することに失敗しました。戦前の日本共産党も、コミンテルンの影響下で「二重革命」論争などを通じて党内で激しいイデオロギー対立を繰り返し、弾圧に対して脆弱になりました。
今回の皇室典範改正は、戦前・戦後の左翼運動が学び、そして繰り返し失敗してきた教訓を、再び私たちに突きつけました。それは、「理論的な正しさ」に固執して、現実の政治的な力関係を動かすための行動を取らなければ、どれほど正しい主張でも、歴史を変える力にはなりえない、ということです。
野党全体の失敗と、日本共産党の固有の責任 ここで、重要な点を一つ付け加えなければなりません。今回の失敗は、日本共産党だけのものではありません。れいわ新選組や社民党は、数の上で限界がありました。沖縄の風も同様です。
しかし、日本共産党には、他の野党とは異なる固有の責任があります。それは、日本で最大の左翼政党として、憲法擁護の旗頭として、そして「国民の前衛政党」として自らを位置づけてきた政党として、戦術的なリーダーシップを発揮する義務があったということです。
他の野党が消極的であったなら、それこそ、日本共産党が先頭に立って、「問責決議」や「記名式の要求」といった具体的な戦術を提案し、実行に移すことで、野党全体の士気を高め、与党に圧力をかけることができたはずです。しかし、党はそのリーダーシップを発揮せず、結果として野党全体の弱体化を招きました。これは、単に「他の野党も悪い」と言い訳できる問題ではありません。日本共産党は、その規模と歴史的責任において、他の野党とは質的に異なる役割を担っていたのです。
党は、この問題に対して「憲法違反だ」「護憲の立場だ」という理論的な正しさを主張することに終始し、その主張を現実の政治的な力に変えるための戦術を、ほとんど実行しませんでした。問責決議案の提出も、記名投票の要求も、牛歩戦術も。それらはすべて「正しい」主張を具現化するための手段だったにもかかわらず、党はそれらを回避しました。
しかし、革命運動の歴史が教えているのは、リスクを取らなければ何も変えられないということです。もし党が、この広範な国民的怒りを組織化し、左・中・右を超えた「階級的連帯」を呼びかけることができていたならば、与党はより強い政治的圧力を感じ、あるいは少なくとも、その暴走をより明確な形で国民に示すことができたはずです。
しかし、党は自らのイデオロギー的な「正しさ」の檻に閉じこもり、結果として、この広大な「連帯の可能性」を自ら閉ざしてしまいました。これは、党中枢が「敵と味方」を固定化し、流動的な政治状況の中で臨機応変な統一戦線を組むことに対して、極めて消極的であることを示しています。綱領が掲げる「統一戦線」の精神は、まさにこうした局面で発揮されるべきものだったのです。
5.いま、私たちは何をすべきか:教訓と展望、そして自己批判 今回の教訓は明らかです。理念や綱領がどんなに正しくても、それを行動に移す政治的意思がなければ、歴史は動かないということです。しかし、この「行動」の欠如は、特定の指導部の過失というよりも、党文化そのものに深く根付いた問題のように思えてなりません。
ここで、私たちはイタリアのマルクス主義思想家アントニオ・グラムシ(1929‒1935、『獄中ノート』)の概念を想起する必要があります。グラムシは、国家権力を直接的に掌握する「機動戦」の前に、市民社会の中で大衆の文化的・道徳的な支持を獲得する「陣地戦」の重要性を説きました。これは、一方的な理論の押し付けではなく、対話と教育を通じて、大衆の「常識」そのものを変革する、長期的かつ根気強い闘争です。今回の皇室典範問題は、グラムシが言う「陣地戦」の絶好の機会でした。
グラムシの思考と密接に関連する概念として、「戦術的妥協」があります。これは、最終的な目標を達成するために、一時的な譲歩や妥協を行い、より幅広い支持層を取り込む現実的なプロセスを指します。今回の闘いにおいては、「伝統を守る」という保守層のナラティブを受け止めつつ、「だからこそ、今の政権のやり方は伝統を破壊する」というフレームで対抗する、そのような「戦術的妥協」が可能だったはずです。
党の文化は、外部への批判と同じくらい、自己批判に対して厳しくなければなりません。不破哲三氏は、『スターリンと大国主義』(2007年、新日本出版社)において、ソ連型社会主義の誤りを「人間の自由と権利を抑圧した官僚的専制主義」として厳しく批判しました。また、志位和夫氏は、2017年の党大会で野党共闘を成功させるために、すべての英知と力を結集すると訴えました。その言葉通り、この皇室典範問題は、まさにその「国民的な大義」の体現でした。しかし、その「英知と力」は、結集されませんでした。
党が「リスクが高い」と判断したという証拠はありません。しかし、過去の行動パターンを見れば、そのような傾向が今回も作用したと推察することはできるでしょう。問責決議は、与党にとって政治的ダメージを与える手段であり、リスクを伴うことは確かです。しかし、革命運動の歴史が教えているのは、そのリスクを取らなければ、何も変えられないということです。
私たちは、ここで厳しい自己批判をしなければなりません。党は、綱領に掲げられた理想を、現実の政治で具現化する勇気を欠いていました。それは指導部だけの問題ではなく、党員一人ひとりが、自らの組織文化の硬化に対して無自覚であったことの表れでもあります。
しかし、私たちは闘いをやめません。なぜなら、私たちは党の綱領に掲げられた理想、搾取と抑圧のない社会、真の民主主義と平和の可能性を、まだ信じているからです。不破哲三氏が、ソ連型社会主義の誤りを厳しく批判しつつも、マルクスの思想を未来への展望として持ち続けたように、私たちもまた、党が本来持つ可能性を信じたいと思います。
その信頼は、次なる闘いで示される行動によって、再構築される必要があります。私たちは、言葉ではなく、行動で示すことを、党に、そして私たち自身に求めます。
6.おわりに:私たちの失望と、それでも闘い続ける理由 私たちは深く失望しています。党が、この歴史的な機会を活かせなかったことに。党が、綱領に掲げられた理想を、現実の政治で具現化する勇気を持っていなかったことに。党が、国民の期待を、裏切ったことに。
私は党員ではありません。しかし、だからこそ言えることがあります。党の内外を問わず、多くの人々がこの闘いを見守っていました。彼らは、党が与党の暴走を食い止める最後の砦になることを期待していました。しかし、その期待は裏切られました。私は、党が本来持つ可能性を信じています。しかし、その可能性は、今回の対応によって大きく傷つけられました。
私は、党が変わることができると信じています。しかし、その変化は、内部からの自己批判と、外部からの厳しい問いかけによってのみ、もたらされるでしょう。私たち外部の者も、ただ失望して終わるわけにはいきません。私たちは、党に対して、言葉ではなく行動で示すことを求め続けなければなりません。
今こそ、歴史の転換点に立ち会っていることを自覚し、私たち自身が、党員であろうとなかろうと、行動の主体となる時です。この国会での不作為は、教訓として刻み込まれなければなりません。そして、次こそは、私たちは「反対」を超えた「連帯」と「行動」を、あらゆる手段をもって築き上げていかなければなりません。
「哲学者たちは世界を様々に解釈してきただけだ。しかし、重要なのは世界を変革することである。」
このマルクスの言葉を、私たちは決して忘れてはなりません。
寄稿者:YouTube「Red & Rising」チャンネル運営者。日本共産党の党員ではなく、批判と連帯を両立する立場から執筆。https://www.youtube.com/@RedAndRising
引用・参考文献 • カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルス『共産党宣言』(一八四八年) • カール・マルクス『フォイエルバッハに関するテーゼ』(一八四五年) • カール・マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(一八五二年) • カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』(一八四五年〜四六年) • アントニオ・グラムシ『獄中ノート』(一九二九年〜三五年) • 日本共産党綱領(二〇二〇年改定) • 不破哲三『スターリンと大国主義』新日本出版社、一九八二年 • 志位和夫 第二十七回党大会中央委員会報告(二〇一七年)
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