2021年3月に名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)の収容施設で亡くなったスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんの遺族による「ビデオ開示請求訴訟」の第1回口頭弁論が30日、東京地裁で開かれた。 この裁判で遺族は、ウィシュマさんが亡くなるまでの様子を記録した監視カメラの映像295時間分を全て開示するよう国に求めている。「死の真相を明らかにするためには全ての映像が必要だ」と主張する遺族に対し、国は「映像には職員らの個人情報や収容施設の保安情報が含まれている」として争う姿勢を示した。(岩中健介)
【訴えの経緯】 遺族はこれまでも、名古屋地裁で係争中の国賠訴訟で映像の開示を求めてきた。国は裁判所の勧告を受け、295時間のうち5時間分のみを提出。その映像にはウィシュマさんが必死に点滴を求める姿や苦しむウィシュマさんの横で職員らが談笑する様子などが記録されており、国会でも物議を醸した。 ウィシュマさんの妹のポールニマさんは今年2月、残りの290時間を含む全ての映像を求めて個人情報保護法に基づく開示請求を実施。ビデオを握る名古屋入管は「収容施設の警備・保安体制に影響する」などとして全てを不開示とする決定を下した。これを受けポールニマさんは5月、「遺族には開示してもらう権利がある」として今回の提訴に踏み切った。
【「入管にとって不都合な真実がある」】 開廷前、東京地裁の沿道には「事件の真相解明のためビデオの全面開示を!」と横断幕を掲げた市民らが集まった。ポールニマさんはウィシュマさんの遺影を抱え、緊張した面持ちで法廷へと足を運んだ。午後2時30分、開廷。100近い傍聴席はほぼ満席となった。
法廷では、原告側代理人の指宿昭一弁護士が訴えの要旨について説明。名古屋入管の不開示決定は取り消されるべきと主張した。 また、ポールニマさんは意見陳述で「国がかたくなにビデオの開示を拒むのは、そこに入管にとって不都合な真実があるから」「姉の最後の姿を映したビデオは私たち遺族のもの」と訴えた。
【国「開示には10,000時間が必要」】 2月の開示請求に対し、名古屋入管が不開示とした理由は2つある。
1点目は、ビデオにウィシュマさん以外の特定の個人の顔や音声が含まれており、これらは個人情報保護法(個情法)で定められた不開示情報(請求者以外の個人情報)に当たるというもの。 2点目は、ビデオに収容施設の保安・警備体制が映っており、開示に応じれば収容業務などの適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるというものだ。
これに対して原告は「ウィシュマさん以外に映っているのはほとんどが入管職員であり、個情法上、公務員の職務遂行の内容に関わるものについては不開示情報に当たらない」「すでに5時間分のビデオが公開されているが、これによって被収容者による逃走や暴動など、収容業務に支障が及んだ事実は全くない」と反論している。
個情法第97条第1項では、請求する個人情報に何らかの不開示情報が含まれる場合、不開示情報とそれ以外とを区分して容易に除くことができるのであれば、その不開示情報を除いた部分を開示しなければならない旨が定められている。いわゆる、部分開示というものだ。
少し分かりにくいが、これをウィシュマさんのビデオに当てはめた場合、映像中の入管職員や被収容者の顔・音声または保安情報などにマスキングを施すことが可能であれば、ウィシュマさんの様子を映した部分については開示すべきということになる。実際、すでに出ている5時間分のビデオは、入管側が必要な処理を加えた上で裁判所に提出したものだ。
しかし、名古屋入管はポールニマさんに通知した不開示決定の通知書の中で、残りのビデオに対してそうした処理を加えることは「技術的にできない」と述べ、同条の適用を事実上否定している。これはどういうことなのか。
国側は答弁書で「マスキング等の技術的処置を行なってもなお、保安上の支障は存在するが」と前提を述べた上で、次のように説明する。
・国賠訴訟ですでに提出した5時間分のビデオのマスキングには、約171時間を要した。そのため、295時間分のビデオを同様にマスキングするには約1万89時間を要する。 ・名古屋入管にはマスキングを行うための編集ソフトが導入されたパソコンが1台しか配備されていない。そのため、職員1人が作業を行うほかなく、休日等を加味すれば開示のために必要な期間は優に5年を超える。
つまり国側は、時間と労力が膨大なために「ウィシュマさんの映像と不開示情報を”容易に区分して除くこと”ができないのは明らか」として、97条1項は適用されない(部分開示も不可)と主張しているのである。
【母親「苦しんでいる姿を直視するのは辛いけど・・・」】 弁護団は弁論後の報告会で、こうした国側の主張を厳しく批判した。
「今は21世紀、それも四半世紀を過ぎている。かつては技術立国といわれた日本において、国がこうした主張を行うとは噴飯物だ。この状況が国際社会の知るところとなれば一体どうなってしまうのか」(指宿昭一弁護士)
「国家機関においてすら技術力がそこまで落ちているということか。名古屋入管がウィシュマさんに心ない言葉を浴びせていたことは入管庁も認めている。残りのビデオにもそうした映像が多く含まれているのだろう」(駒井知会弁護士)
「名古屋入管が使用している編集ソフトは2万円程度のもの。これが1台しかないから情報が出せないと言っている。個人情報の開示という国民の権利と比べてよいものではない。国には真摯な姿勢を求めたい」(加藤桂子弁護士)
報告会ではこのほか、スリランカにいる母親のスリヤラタさんと妹のワヨミさんからのメッセージが読み上げられた。
スリヤラタさん 「入管が映像を渡さないのは、そこにあまりにも残酷な場面が映っているからでしょう。私にとってウィシュマが苦しんでいる姿を直視するのは辛いことです。しかし、ビデオを諦めないことが、母として娘にしてやれる最後の愛情の示し方だと信じています。家族の愛が日本の裁判所で尊重されるよう願っています」
ワヨミさん 「最初にビデオを遺族に渡すよう求めてから4年以上の月日が流れました。今さらビデオを手に入れてもウィシュマの命が戻らないことは分かっています。せめて、ウィシュマの最後の日々が映った映像を見て、心だけでもウィシュマを抱きしめてあげたいです」
また、この裁判をめぐり国際人権NGOのアムネスティ・インターナショナルが30日に声明を発表。ウィシュマさんの全映像を速やかに開示するよう国に求めるとともに、国際基準に沿った入管制度への改革を訴えた。
遺族が求めるのは単なる映像ではなく、そこに映っている真実そのものである。この裁判では、行政の透明性と人権保障のあり方を改めて問うことになりそうだ。
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アムネスティ・インターナショナル日本支部の声明文はこちら
日本:ウィシュマさんの動画開示請求に対し国際人権法の遵守を強く求める
https://www.amnesty.or.jp/news/2025/0930_10750.html
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