日刊ベリタに掲載された大野和興氏の「あのコメをめぐる右往左往は何だったのか」(上・下、2026年9月16日)は、令和の米騒動を、農村と都市に同時に広がった二つの貧困から読み解いた。本稿は、その問いを受け継ぎ、もう一本の軸として「時間」を置いてみたい。米はなぜ足りなくなり、今度は余るのか。犯人を探す前に、数字を見る。
1. 二つの貧困と、一つの揺れ
大野氏の論考は、米価の長い下落から書き起こされている。60キロの玄米を農家が売り渡す値段は、ピーク時の2万円台半ばから1万2000円ほどまで落ち、そこへコロナ禍の需要減が重なって、1万円そこそこになった。米づくりから離れる農民が相次ぎ、村には貧困が広がった。都市の側では、非正規で働く人たちが、低い賃金でも米だけは気にせず買える、という状態に支えられていた。それは裏を返せば、それだけ米が安かったということでもある。
大野氏たちが立ち上げた「農と食の貧困研究会」で、非正規労働者の暮らしの実態を聞いていた上越の稲作農家、峯村正文さんが「あ、それで分かった」と声を上げた場面は、とりわけ印象に残る。食べる側が買えないのだから、農産物の値段が安くなるのは当然だ、と。かつて「低賃金低農産物価格」と呼ばれた構造である。農産物の値段は労働者の再生産費であり、それを安くすれば賃金も安くて済む。大野氏は、農民の貧しさと労働者の貧しさを、一つの構造の表と裏として捉え直した。
筆者は、資本主義を時間の構造から読む映像のシリーズを作っている。大野氏の論考を読んで、米をめぐる一回を作った。本稿は、その内容を文章に書き直したものである。
大野氏が照らし出したのは、両端の貧しさの「水準」だった。筆者はそこに、もう一つ、「揺れ」を重ねてみたい。この6年、米は余り、足りなくなり、また余り始めている。その揺れには時間の構造があり、揺れは、余裕のない両端から人をふるい落としていく。まず、その揺れを確かめるところから始めたい。
2.六年で、一往復
二年前の夏、店の棚から米が消えた。翌年の春、ようやく並んだ米の値札は、前の年のおよそ2倍になっていた。2025年5月のことである。 それがいま、倉庫には、この20年余りで最も多い米が積まれている。民間の在庫は、2025年6月末の155万トンから、1年後の2026年6月末には243万トンに膨らんだ。統計のある2004年以降で最多である。1年で、「足りない」から「余る」へ振れたことになる。 あのとき、私たちは犯人を探した。買い占めた業者、米を出し渋った誰か、見通しを誤った国、作らなかった農家。ニュースにも店先にも、犯人の名前があふれていた。本稿は、その犯人を確かめに行く。ただし、米の値段がこれからどうなるかという予想はしない。どの政策が正しかったかという判定もしない。見るのは、数字である。
時計を6年巻き戻す。2020年、コロナで外食が止まった。業務用の米が売れなくなり、在庫が積み上がり、値段が下がった。2021年、米は安かった。農家は作る量を減らし、国の見通しも同じ方向を向いていた。米の消費は、何十年も減り続けてきたからである。2022年、主食用米の生産は前年より31万トン減った。 2023年と2024年の夏は、記録的に暑かった。コロナが明けて外国からの旅行者が戻り、家庭で米を買う量も増えた。そして2024年の夏、南海トラフ地震の臨時情報や台風を前にした備えの買い物が重なった。冒頭に書いた、棚が空になった夏である。2024年産の米の相対取引価格(産地と卸のあいだで取引される値段)は、前年産より6割以上上がった。
値段が上がれば、農家は作る量を増やす。2025年、主食用米の作付けは前年より1割近く増え、収穫量も1割増えた。それでも、その秋、値段はさらに上がった。なぜか。これは後で確かめる。 そして今年、2026年。夏の日差しに恵まれた田んぼは、過去30年で最高だった前年に次ぐ量を返してきた。農林水産省が10月に示した見通しでは、生産量は見込まれる需要を30万〜48万トン上回る。相対取引価格は、9月には前年同月より4割下がった。
余る。足りない。また余る。6年で、一往復である。では、どこで、誰が間違えたのか。
3.全員が、正しかった
一人ずつ見ていこう。米が売れない年に、農家は作る量を減らした。正しい判断である。国は、何十年も続いてきた消費の減り方をそのまま先へ延ばして、需要を見通した。筋の通ったやり方である。米が足りなくなりかけたとき、卸や業者は手元に在庫を置こうとした。値上がりが見えているなら、商売としては当然だ。値段が上がった年、農家は作る量を増やした。これも正しい判断である。 誰も、おかしなことはしていない。それでも米は消え、そして積み上がった。 経済学には、これに似た図がある。「蜘蛛の巣」と呼ばれる図だ。今年作る量は去年の値段を見て決まり、今年の値段は今年とれた量で決まる。その一年のずれのせいで、値段と量が交互に揺れる。
ただ、この図だけで今回を説明しきることはできない。日本の米は、市場だけで動いているわけではないからだ。国が需給の見通しを出し、それをもとに各地で作付けの目安が決まる。市場の値段と国の見通しという、二つの別々の仕組みがあった。それなのに、二つとも同じように外したのである。なぜだろうか。(「中」に続く)
本原稿は動画にもしています。(10月31日公開) 令和の米騒動に、犯人はいなかった──なぜ米は高騰し、今度は暴落したのか
https://youtu.be/KynF41e826U
主な資料 大野和興「あのコメをめぐる右往左往は何だったのか(上)(下)」日刊ベリタ、2026年9月16日
農林水産省『令和7年度 食料・農業・農村白書』米価高騰の検証、2026年5月29日公表
農林水産省「令和8年9月の米の相対取引価格について」2026年10月16日
農林水産省「公表内容の見直し(作況指数から作況単収指数への移行)」
農林水産省 食料・農業・農村政策審議会 食糧部会「政府備蓄米の運営について」
JAcom「26年産主食用米 741万t 需要見通し30〜48万tオーバー」2026年10月14日
先端農業マガジン「米の需給と価格2026」
『精選版 日本と国語大辞典』「篩」
|