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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2025年07月24日19時55分掲載
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欧州
サトゥルニア温泉にて思うこと~チャオ!イタリア通信(サトウノリコ)
先日、家族とサトゥルニア温泉に行ってきた。温泉の名前の由来は、サトゥルヌス。ローマ神話に出てくる農耕の神で、スペイン画家、ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」という絵画でも有名である。
サトゥルニア温泉は、人の手が加えられていない自然のままに残された温泉で、私はすでに数回行ったが、行く度に言葉に言えない不思議な感覚を持つ。それは、古の時代から延々と流れ続けている、この川が描く風景に、何千年という人々の呼吸まで感じとれるからかもしれない。この温泉はどうやってできたのかにまつわる農耕の神、サトゥルヌスの言い伝えを、私は思い描いてみる―――。
サトゥルヌスは、大きな麻袋を担いで歩いていた。自分の息子、ユーピテルから神々の国を追われたのだ。サトゥルヌスは歩きながら、自分が父親ウーラノスの男性器を切り落とし、その地位を奪ったことを思い出し、この世の因果応報に思いを馳せていた。そして、自分の罪深さが今の自分の運命を定めていることの不思議さをしみじみと感じ入っていたのだ。自分を追放した息子、ユーピテルを恨んでいるわけではない。恨めるはずもない。自分がしたことを考えると。サトゥルヌスは、自分の子どもら、つまりユーピテルの兄弟姉妹5人を食い殺すという罪を犯したのだから。
何と恐ろしいことをしたものだ。
あの予言が自分を狂わせた。「将来、自分の子どもたちに殺され、権力を奪われる」殺されるのが怖かったのか、権力を失うのが怖かったのか。今になって見ると、恐怖とは「死」や「権力喪失」ではなく、自分の中に内在する「狂気」なのだとはっきり分かる。 気が付くと、森の中を歩いていた。繁みの中には、川とも言えない細い水の流れがあった。サトゥルヌスは顔を洗おうと、麻袋を置いて両手で水をすくった。今までに感じたこともない、突き刺すような水の冷たさに、サトゥルヌスは小さな悲鳴を上げた。
ここが人間というものがいるところか。
天空から覗き見ていた人間界に降りてきてしまった実感をやっともてた。さらに森の中を歩くと、小さな村に着いた。そこには、荒れ果てた土地が広がるばかりであった。食べ物もろくにない人間たちは飢えでやせ細っていたが、僅かに残された食料を奪い合う力は残っているようで、大人たちは髪をむしり合って争っていた。その傍では、骨と皮だけになっている子どもたちが泣いていた。僅かな力がある子どもは泣き声をあげ、力のない子どもはただ横になっているだけだった。
「聞いて下さい。争うのはやめて下さい。」
人間たちより頭一つ上に突き出ている、上背のあるサトゥルヌスの登場は、人間たちを驚かせた。そして、頭からかぶったマントをひるがえし、何かしら威厳のある、その様子は人間たちの注目を集めるのに十分だった。
「争うよりも、土地を耕しましょう。」
サトゥルヌスは担いできた麻袋から鍬や鎌などの道具を次々と出した。
「土地を耕し、植物を育て、食べるものを作るのです。争いや妬み、嘘や暴力、盗みをやめましょう。お互いを助け合って生きていくのです。」
サトゥルヌスは、自分のこの言葉に自分で驚いていた。保身のために自分の子どもたちを殺めた、罪深い自分が発した言葉なのだろうか。でも、これが今の自分の思いなのだ。 人間たちは、威厳のあるサトゥルヌスの言葉に正気を取り戻したようだった。争いをやめ、土地を耕し始めた。サトゥルヌスは、麻袋から次々と植物の種を取り出した。そして、人間たちにどうやって植物を育てるかを教えていった。
こうやって、人間界には神々の国に勝るとも劣らない豊かな植物が育っていった。人間たちはサトゥルヌスを称えて、祭りをするようになった。その祭りの時だけは、王様も奴隷たちもなく、白人も黒人もなく皆が一緒のテーブルで食べたり飲んだりしたのだ。サトゥルヌスは、この光景を見て自分の罪を償うことができたような気がした。人間たちは、この幸福な時代を「黄金時代」と呼び、豊かさを享受したのだ。
どれぐらい時間が経ったのだろう。不思議なことに、人間たちはすべてのものが満たされているのに、何か退屈になってきた。食べるものもたくさんある、素晴らしい家も建てた、子どもたちもよく育っている。これ以上、何が必要なのか。なのに、何か物足りない。
そうだ、もっと自分の土地を広げて、もっとたくさん植物を育てよう。
人間たちは自分の土地を広げて広げて、他人の土地まで奪うようになっていった。再び争いが始まったのだ。今度は飢えのための争いではない、もっと豊かになろうと争っている。
「争いはやめましょう。やめて下さい」
サトゥルヌスの言葉はもう届かない。人間たちは豊かさを求めて、自分たちを見失うほど争っている。サトゥルヌスの怒りは頂点に達した。持っていた鍬を振りかざすと、そこから稲妻が発し、雷が轟き渡り、それは地下まで響き、地球の底から熱い水を噴出させた。地中から噴出する熱い水は、トクトクと流れ出し、そして山を下り、滝を作り、大きな川となっていった。
人間たちは、サトゥルヌスの怒りによって吹き出し続ける熱い水に驚き、争いを止めた。その大きな川は冷たい水の川と一緒になり、程よい温度の水となった。人間たちは、初め恐る恐るその水に手や足を入れた。その程よい温度の水は、不思議と人間の怒りを和らげた。そうして、人間たちは体すべてをその水に浸し、ゆっくりと体を温めることを覚え、その水のおかげで争いを止めることができた。
その水は、イタリア、トスカーナ州のサトゥルニアで今でも脈々と流れ続けている―――。
サトゥルヌスが今、戦争が続いているこの世界を見れば、どんな思いを抱くだろうか…。
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サトゥルニア温泉





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